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第三十五話

 波紋は穏やかに広まっていった。小さな小さな滴が、やがて大きな輪を描いていくように、カナデという不老の少女は有名になっていく。

 反応はその翌日からあった。

 保安部の元にカナデは何者なのか、という問い合わせが殺到したのである。どうやら彼女が所属していることが明るみに出たらしい。僕らは対応に忙殺され、一日を無駄にしたが、彼らの好奇心が収まることはなかった。

 なんとか沈静化しようと思い、幾つものカバーストーリーや尾ひれなんかを付け足してみたりしたが、情報源が保安部からだとわかると、返って騒ぎ立てる始末。火に油を注いだだけとなった。

 こうして僕らが失態を犯すと同時に、噂は本当らしいという根拠のない自信が生まれ、彼らの行動が日に日にエスカレートしていく。

 例えば、関係者以外立ち入り禁止であるというのに、無断で侵入してこようとしたり、中には傷害沙汰を起こす輩も出てきた。あまりのことに驚きを隠せないが、彼ら曰く、僕らの対応が胡散臭いらしい。次第に暴徒と化しつつあった。

 事態を重く見たグリット保安部長は緊急会議を開き、護衛課と秘密を知る数人を集め、「これが今までの経緯だ」と、椅子に深くもたれかかりながら、小さく息を吐く。

 僕らの間にため息が連鎖する中、デミアンはグリットに向け、

「質問宜しいですか」と、聞いた。良いとわかるなり、「そもそも、この少女は居るんですか」

「噂となった少女、カナデならば確かに居る」

 秘密を知らない者たちからどよめきがあがった。フォルドはこれを無視して更に、

「では部長。この噂は本当なのでしょうか」

「内容による」

「彼女は本当に、不老なのでしょうか?」

 グリットから聞かされただろうに、護衛課長は皆に聞かせるためか、白々しく質問する。

「まったく老いないということはない。しかしそれを除けばある程度は事実だ。だが君たちはこれ以上知る必要がない。むしろ知らない方が身のためだ」

「教えて頂けないのでしょうか……」デミアンが横から割って入る。

「年輪にも影響のあることだ。これは安易に知るべき情報ではない。そのため、共有すべきとは思われない」

 アリアとヴァンがちら、と僕を見つめるのがわかる。けれど、目を合わせようとは思わなかった。どうするのが正しいのか、僕にはわからない。グリットのように情報を統制し、できる限り秘匿させた方が無難ではある。知られては余計な混乱を招くだけだろうからだ。

 また、問題はほかにもある。つまり、どこまで皆を信頼できるか、ということ。誰かしら秘密を漏らさないとも限らないのだ。どこから穴が空くものか、予測しようがない。それを思うと、グリットの判断は正しいように思われる。

「彼女は今どこに居られるのでしょうか?」フォルドが訊ねた。

「私が保護している。しかし場所までは開示できない。無事は保証する」

「……では、これからどうしますか」と、僕は聞いた。「噂はもう知れ渡っています。忘れてくれることはないでしょう」

「その上、嘘で上書きすることも失敗しましたからねえ」ミルドレッドが引きつった笑みを浮かべる。

「一度、彼らの前に立つ必要があるかもしれませんね」フォルドは目を瞑り、「事実無根、ということにしておきますか?」

「頼む」グリットが頷き、護衛課長は簡単に返事した。「彼らがそれで納得するとは思わないが、沈黙は更なる反感を買う」思案気に俯いてみせると、「じきに彼女の場所も割れてしまうだろう。その前に身柄を移送させるべきだと私は思う。君たちはどうかね?」

 そう言って、僕らを見渡した。

「具体的に、移すとしたらどこになりますか」フォルドは目を細める。

「最も安全なのは王城内だろう。あそこならば警備も万全だ」

「入れてくれますかね?」

 デミアンが不安そうに言ったが、グリットは大丈夫だろう、と力強く言い退けた。その様からは、どうにも無理やり押し通すような不自然さが垣間見える。彼も焦燥感に駆られている、ということだろうか。

「話なら私から通す」なんて口振りからは、まるでこうなることが最初から取り決められているように思えて仕方がない。

 フォルド課長も、「ではお願いします。こういうのは早いうちに済ませた方が良いですからね。承認を得次第、護送しましょう」と、話が早く進んでいく。

 性急過ぎやしないだろうか。まるで結論ありきのような議論。それでいて何というか、僕らに対して同調しろと暗にアピールしているような──そんな物言いだ。

 判断が早いというだけなら問題はないのだが、言い知れぬ胸騒ぎを覚えたので、

「暴徒が襲ってくる可能性がありますよ」と僕は水を差す。「もしかすると、噂を聞きつけて山賊たちがまた来るかもしれない」

「あり得る話だ。そこで、警備課にも協力願いたい」

 ミルドレッドに向けて、グリットは視線を合わせた。

「ええ、それは勿論です」

 歯切れの良い言葉とは裏腹に些か当惑したように眉を潜めている。グリットはそれと知ってか知らずかはわからないが、話題を次に進めた。

「警備課には暴徒を抑えて貰いたい。特に、彼らの注意を集め、護送というものから意識を逸らして欲しい。とは言え……万が一ということもある。襲撃に備えて、どれが本命か悟られぬよう、護送には幾つかの囮を付けよう。馬車を複数用意し、それぞれ別の方向へと走らせる。また警備課の人員を幾つか借りて、屋根に待機させ、襲撃者を追い払って貰うというのはどうだろうか」

 フォルドは顔を僅かに下げ、

「問題ありません。では、詳しいことは我々が決めますから、部長は連絡の方をよろしくお願いします」

「ああ、わかった。ではこれで解散だ」

 彼の一声で殆どの者が立ち上がり、部屋を出ていく中で、僕は椅子から動くことはできなかった。世界はまるで僕のことなどにまるで興味がないかのように振る舞っては、目まぐるしく変わり続ける日常の中へ置いてけぼりにしようとする。

 僕は取り残されて、追いつこうにも追いつけない位置にまで離されたように感じて、気が遠くなった。

 カナデはこれからどうなるのだろう。不安が過ぎって、頭が重くなるようだった。

 不意に肩に手が置かれる。「凄いことになったな」ヴァンがため息とともにそう繰り出した。

「護送された先でも、あの子の側に居てあげられるかしら」アリアが言う。

「すべては部長次第だろうね」

 権力というものの成せる業だろうか、グリットのペースで会議が進んだことを思うと、僕らには手も足も出ないような気がしてしまった。

 二度とカナデに会えないかもしれない。そんな予感に襲われて、外の空気が吸いたくなった。

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