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第三十四話

「結局、彼が犯人かは判別できそうにないわね」

 研究課を出てから、僕らは適当な場所を選んで休憩していた。彼女に水の入ったカップを手渡すと、先ほどの台詞を独りごちるように呟くのだった。

 どうやらアリアはリッケを疑っているらしい。ただ断定できないとあって、努めて冷静にみせている。

「犯人探しをするのは後回しにしよう。まずは噂話を止めるのが先決だ」

 アリアは目を瞬いて、

「それには同意見ね」と答えた。「犯人を突き止めても噂は消えない。でも、どうやって止める?」

「どうしたもんかな……」

 何も思い浮かばない。リッケに意見を求めるべきだったかな、と少しばかり後悔した。とは言え、他人任せばかりも良くないだろう。僕は足りない頭を働かせることにした。

 まずは最終的な目標を決める。最善と言えるのは、

「誰もが噂を話さなくなる──なんてことできるものかな」

 自分で言ってみながら、段々と自信がなくなってきた。アリアも難しい顔をさせる。

「噂がどれだけ広まっているのかに依っては難しいでしょうね。例えばこれが技術部だけの流行なら、収めるのはとても簡単だけれど」と、事もなげに言ってみせたので、

「例えば?」気になって意見を仰いでみる。

「犯人をでっち上げて、彼に嘘でしたと言わせれば良いのよ。そうすれば自然に収束するでしょう」

「そう簡単に行くかなあ」

 素直な感想を伝えると、カップに口を付けた。水分不足気味だったのか、飲むと、全身に染み渡るような錯覚に陥った。目が覚めたような気がする。

「あら、ならソウはどうするの?」

 彼女は挑発的な視線でこちらを見据えた。さてどうしようか、と誰にともなく言ってみて、意味もなく天井を見つめてみる。

 ぱったりと噂話が止むような方法は何かないか。そんな魔法みたいなものがあれば良いのだけれど、どう考えてみても思いつきそうにない。では、と発想を転換してみる。

 噂を止めるのではなく、噂が噂と機能しなくなれば良いのだ。つまり、カナデにとって危害とならない状況を作ってしまえば良い。

 具体的には?

「カバーストーリーを流布してみるのはどうだろう。真偽がわからないだけでなく、そもそもの要点を掴めなくさせるんだ」

「効果は望めるかもね……」小さく頷くと、「何れにせよ、まずはどれだけ広まっているのかを確認しないと。あたしはこれから他の課も見てくるけど、貴方はどうする?」

「そうだね……、じゃあ僕は他の部を──保安部の警備課にでも行ってみようかな」

「ヴァンに会いに行くつもり?」アリアが目を細めて聞いた。「だったら、彼にも協力して貰いなさい。後これ、ありがと」

 そう言うが早いか、彼女はカップを仕舞うと、すたすたと歩き去ってしまった。僕は苦笑して、カップの中身を飲み干すと、警備課へと赴くことにする。

 外へ出れば、うだるような日差しに晒された。うんざりしながらも重たい足取りで足を運ぶと、庭を挟んだ先にある建物を目指していく。受付にてヴァンを呼び出して貰うと、席に座り、彼が来るまで真っ白な壁を見つめてぼうっとしていた。

 そのため、彼が近くまで来ても気がつけず、

「暑さで惚けたか?」と、カップを手渡されるとともに笑われてしまった。

「元からだよ」

 水を一口飲むと、生き返ったような気になる。

 お互いの仕事はどんな感じかといった、アリア曰く"どうでも良い話"に始まり、ミルドレッドはやはり凄いという話題へと移り変わった後、受付嬢の冷たい視線を察して、僕は本題を切り出すため、場所を移すことを提案した。

「あそこが一番涼しいんだがなぁ……」彼は残念そうに言う。

「冷ややかな目だったね」思い出して笑った。

「そういう意味でも涼しい場所なんだ。悪かないだろ?」

「申し訳ないけど、僕にそういう趣味はないよ」

「俺にもねえよ」

 くだらない会話をしながら、通路を歩いていく。足音がこだまするなか、騒がしい蝉の鳴く声が暑さを感じさせた。もし耳にも蓋が付いていれば、鬱陶しい音を聞かずに済むのだけれど。と、人体に文句を言いたくなった。

 ヴァンの案内で客室へ招かれると、

「それでどうしたんだよ」彼は机に頬杖を突きながら訊ねた。「警備課に御用か?」

「警備課に、というよりもヴァンにね」

「へえ?」

 と、さも意外そうに目を僅かに開ける。事情を説明すると、次第に事の大きさが理解できたらしく、顔つきに真面目さが取り戻された。

「課長の許可さえ下りたら協力は惜しまない」彼はニヤリとしてそう話す。

 思わず僕も笑ってしまった。「そうか、じゃあ許可が取れたも同然だね」

 ミルドレッドなら許してくれるだろう。ひょっとすると、グリットから話は伝わっているかもしれない。

「しかしだな」ヴァンは水を啜りながら、「警備課にはそんな噂は流れてない」

「ヴァンだけ知らない、とかは?」

「おいおい、そりゃどういうこった」彼は吹き出した。

「ジョークだよ」

 半ば本気で聞いたつもりだったが、それは黙っておく。そうかい、とヴァンは頷いて、

「まあこれは技術部だけの流行なんだろう。……俺の出る幕はないかもしれないな」

 なんて軽口を叩いていると、勢いよく扉が開かれた。驚いてそちらに目を向けると、そこからミルドレッドが姿を現す。彼女は、ヴァンはここに居るかと叫ぶように言った。次いで僕の存在に気がついて、顔を真っ青に染め上げる。

 嫌な予感がして、胃が急に痛くなった。

 ミルドレッドは扉を閉めると、緊張したような面持ちで、

「カナデの名前が広まってる……」と、喘ぐように言うのだった。

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