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第三十二話

 生まれてから二度目の夏が訪れた。

 蝉の声を聞きながら、陽炎に揺らめく道の上を駆け抜ける。ここは訓練場。早朝のこと。

 護衛課に所属してからも、やることは変わらなかった。デミアンが先頭になって根性と言い、残り全員が根性と繰り返す。根性、根性と交わされる様は、側から見れば酷くシュールに思われるかもしれない。が、大真面目にやってみると、案外気にならないものだ。

 護衛課長が眩しそうに目を細めながら、姿を現したので、僕らは立ち止まりおはようございます、と挨拶する。

「ああ、おはよう」フォルドは額に手を当てて庇代わりにして、「……あのな、前々から思ってたんだけど、何で根性って繰り返しながら走ってるんだ?」

 純粋な眼差しで彼が問いかける。そんなもの知るはずもない。自然とデミアンに視線が集まった。彼女は言う。

「成り行きです!」

 そうだったのか。

 課長が去ってからも、朝食の時間となるまで根性という掛け声をしながら、汗水流して走り続けた。食卓に着くと、全員から腹の音が鳴り響いて、獣のように食べ物を平らげる。皿が綺麗になれば、また訓練だ。椅子から立ち上がったところ、デミアンから、

「ソウ、アリア。君たちに部長から呼び出しがある」と言われた。

 首を捻りながら保安部長室へ赴くと、グリットは開口一番に、

「秘密が漏れたらしい」と苦々しげに呟くのであった。「訓練生たちの間でまことしやかに不老の少女が噂されている」

 まさか、保安部の皆にバレてしまったのだろうか。しかしグリットはこれを否定した。

「ジョウの仕業ですか?」アリアが訊ねるも、

「いや、あの日以来警備は厳重にしてある。彼や山賊によるものとは思えない。これは、内部の犯行だ」

「ノルンは? 彼女も、姉さんについてある程度は勘づいていると思う」

 今度の考えも、やはり違うらしい。グリットは首を横に、

「彼女には箝口令を敷いている。カナデについて、そのような話は二度としないはずだ」

「じゃあ、誰が?」

 グリットは忌々しそうにため息を吐くと、わからないと言って僕らを睨み付ける。まるで疑っていることを隠していない。正直言って、不愉快な目つきだった。それから彼は遠くを見やると、記憶を弄るように、

「この秘密を知っているのは、私の他に君たちと警備課のミルドレッドとヴァンの実質五人だけだ」と、含みを持たせた物言いをする。

「カナデも居ますよ」アリアが補足した。

「ああ、そうだな。しかし彼女は現在、隔離されている」このことなら僕も知っている。何度も会いに行ったが、断られたからだ。「この状況下で──しかもこのタイミングでカナデは誰かに秘密を打ち明けると?」

「隔離される前なら、可能性としてあります」

「自ら話すメリットがどこにある」

「全員にバレてしまうくらいなら、誰かひとりに話して協力してもらった方が得策です」アリアは凛として断言した。「根拠はあたしです。保育所時代に彼女から秘密を打ち明けられました」

「ほう──」グリットは興味深そうに目を細めたが、すぐに、「だが、君たちが知っているのにどうして自分の正体を知らしめる? 彼女は保安部に所属しているから、話す必要はないだろう。それに、カナデは誰にも話していないと言っている」

 もっともな指摘だと思った。

「そうですか。ならば或いは、同居人だったレルなら知っていたかもしれません」

 彼女の言葉に、僕も同意して、

「レルもノルンから話を聞いていて、不老の噂を知っていたから、あり得るかもしれない」

 グリットは鼻息を漏らす。「残念だが、それはない。噂が広まったのは技術部からだ」

「技術部?」脳裏にリッケが浮かんだ。「まさか……」あり得ないと思った。

「そのまさかと言うこともある。未来に備えなくてはならない。でなければ、後戻りできなくなるだろう。どこから秘密が流出したのか、君たちには秘密裏に調査してもらいたい。頼めるかね?」

 アリアと一秒ほど目を合わせる。彼女は僅かに顎を引き、やるしかないと訴えた。確かにその通り。僕らは二つ返事でこれを受け、部長室を後にする。渡り廊下を進みながら、頭の中でもう一度だけ「まさか」と唱えた。

 まさか、リッケが秘密を知っている?

 あり得るだろうか……。

「どう思う?」

 横に並ぶアリアが、目線をこちらに投げる。彼女を見て、目を逸らすと、

「何が何だかわからない」これは素直な感想だった。「けれどそうだな──大方、単なる噂話、馬鹿話の延長なんじゃないかな」

「本当に? カナデはもう、二回も狙われてるのよ」

「じゃあアリアはどう考えてるのさ?」

 彼女は顎に手をやり、暫く俯くと、「ジョウが……また何かやったとか」

「何を?」

「それを今から調べるんでしょ」

 アリアが僕を睨め付けた。

「まあね」僕は腕組みすると、考えを纏めることなく、散漫的に話していく。「もし仮に、これが意図的なものなら、何が目的だろう。警備は厳しくなったし、姉さんはしっかりと守られている。噂を流すことで何かしらの効果を期待するとしたら──」

「カナデを中に居られなくできる」

 突然、アリアが立ち止まった。僕は振り返り、彼女の仮説を吟味する。

「つまり、内部から崩そうって魂胆だね?」

「そう。カナデの存在が明るみになれば、出せと要求して、訓練生たちの暴動が起きるかもしれない。ジョウはそれを狙っているのよ。この混乱に乗じて、拐おうとしているのね」

「目的としては理解できる。でも、方法は? どうやって?」

 僕は前に向き直ると、果たして本当にジョウが犯人だろうか、と考えながら歩を進める。

 問題なのは方法だけではない。どうしてこのタイミングで噂を流したりしたのだろうか。可能性を思い浮かべるに、現実的なのは、それが今できる唯一の策だった、ということ。襲撃されたことで、保安部全体が彼を警戒している。だから近づくのは容易ではない。

 だから伝聞という形式で攻めようと考えた?

「方法なら幾つかあるわ」アリアは仏頂面で答える。「保育所に噂を流布して広めさせる、紙にメッセージを残し投函する、衝突した兵士にそれとなく話す……なんて言うふうに」

「確かにどれもできるね」

「重要なのは、実際に何が起きたのかということよ。技術部に貴方の同居人が居たわね?」

 驚いて、足を止めた。

「知ってたのか」感嘆のため息と共に言葉が出る。

「当たり前よ」アリアは僕に向けて、人差し指を向けた。「あたしに隠し事なんてできないわ」

「別に隠したわけじゃないんだけど──」面白くてつい、笑ってしまう。「でも、リッケがそんなことをするのかな……」

 言いながら、シナリオを思いついてしまう。

 ジョウはカナデを狙ってあの部屋に入った。偶然にも居合わせたレルは、リッケが言うところの情報爆弾の餌食となり、長い眠りにつく。嘆くリッケだったが、ジョウと彼の狙いについて知ってしまい、とある思いに駆られた。

 レルはカナデの所為で乖離病を患ったのだ、ならば復讐しなければ、と。逆恨みから、実行したわけだ。

 けれども、リッケはどこからジョウについて知ることができたのだろうか?

「やっぱりあり得ないよ」僕はそう結論付ける。

「何事もあり得ないなんてことはないわ。この目で確かめるのよ」

 アリアは力強く、説得するように僕の背中を叩いた。うん、と頷いてみたけれど、頭が鉛のように重く、持ち上げることは難しそうだった。

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