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第三十一話

「おめでとう」

 保安部長室にて、グリットは椅子に腰掛けたまま、仏頂面のまま低い声でそう言った。内容としては祝われたはずなのに、何故かまるで嬉しくない。とても器用な褒め方をするものだと僕は感心した。どうしたのだろうと横をちらりと見れば、ヴァンもアリアも不思議そうな顔をしている。ミルドレッドは壁に寄り掛かりながら、上機嫌そうに、

「彼は昔からこうなんですよ。まったく、どうしてそう辛気臭い顔をするんですかねえ。去年の夏祭りだって、ひとりだけお通夜みたいな感じでしたから……もっと表情に出していきましょうよ」

「これが私の顔なんだ」グリットは咳払いすると、「ともかくソウとアリア、君たちは護衛課に配属される。明日には寮を出てもらうから、荷物を纏めておきなさい。それとヴァンだが、君は警備課を志望していたね?」

「はい」と、彼は良い返事をした。

「返事だけは良いのよね……」

 アリアが小声で毒突く。ヴァンにも聞こえたらしく、目を細めて彼女を見た。アリアは肩を竦める。

「ヴァン君」ミルドレッドが呼び掛けた。

「は、はい!」

「君は本日付けで警備課に配属です。ですから、荷物を纏めたら、私に付いてきてください」

「了解」

 ヴァンは嬉しそうに僕たちの方を見た。頷いて、彼の喜びを分かち合う。ミルドレッドが部屋を出て行った。後を追おうとして、

「じゃあ、行くぜ。またな。楽しかったよ」ヴァンは歯を見せて言う。

「お互い頑張ろうね」

 僕はそう言うと、彼はああ、と拳を突き出してきた。こちらも拳を出して、突き合わせる。

「お前らのことは忘れない」

「忘れようがないでしょ」アリアは吹き出して、そう突っ込んだ。「根性見せなね」

「デミアンかよ」

 にやりとして悪態をつきながら、ヴァンは部屋から退出する。彼の姿が見えなくなるまで見送ると、ふと寂しさが込み上げてきた。胸にぽっかりと穴の空いたような気分に浸っていたが、グリットが大きく息を吐くと、意識を切り替えてそちらを見遣る。

 彼は机に肘を突き、両手を合わせながら、

「もうすぐ護衛課長が来るはずなんだが、遅いな」それは独り言のようで、僕らに話かけているようでもあった。ふと、こちらに目を配ると、「ずっと立って待つのも何だろう、座ると良い」

 そう促されたので、失礼しますと言って、ふたり並んで椅子に腰掛ける。暫し無言の時間があった。グリットは時計を見つめながら、眉間に皺を寄せている。おっかない人だ。前から思っていたが、僕はこの人が苦手かもしれない。

 困ったようにアリアも僕に視線を寄越した。どうしようもないので、気付かれないよう、小さく首を横に振ってみせる。ややあってから──それはだいたい十分後くらいだろうか──扉がノックされた。グリットが入りなさい、と促して、男がひとり入室する。

 僕たちは急いで立ち上がった。

 その男は身長も高く、肩幅も広い。筋骨隆々で太い眉、金髪だったのだろうが丸坊主のために白く見える頭は、躰と比べて奇妙に小さく見えた。グリットとどちらの方が大きいだろう。デミアンもそうだったが、あれだけ体格が逞しくないとやっていけないのだろうか。

 年輪に目を向けてみれば、輪っかは四十三個刻まれていた。

「遅くなりまして申し訳ありません」と、男がグリットに向かって頭を下げる。

「それは良い。こちらが新人のふたりだ」

「ほう」

 男は目を光らせて、僕らを値踏みするように見つめた。居住まいを正すと、名を名乗り、簡単に自己紹介を済ませる。

「俺はフォルドと言います。護衛課長です。宜しく」手を差し伸べながら、彼は和かに挨拶した。

 僕とアリアはそれぞれ握手を交わすと、

「それじゃあ、彼らのことは頼んだ。それと、後で話したいことがある」グリットが僕に一瞬だけ目をやったが、すぐにフォルドへと戻す。「良いかね?」

 恐らく姉のことだろう。どこまでかはわからないが、ある程度までは秘密を共有しようと考えているのに違いない。複雑な思いに駆られた。

「ええ。わかりました。それでは失礼します」

 フォルドが退室するのに続いて、僕たちも失礼しますと言って、部屋を後にした。渡り廊下を歩きながら、前を行くフォルドの後を付いていく。彼は首だけを後ろに、

「試験で最後まで残ったんだってね?」

「ええ、はい」アリアが僅かに胸を張る。

「優秀じゃないか。ふたりは同じチームなの?」

「そうです」

「うん、うん。そうでなくちゃね。うちは要人を護衛するのが仕事だからね。優秀でなければいけない。君たちは実戦の経験はあるかい?」

 僕らは顔を見合わせた。

「山賊と交戦したことはあります」と、曖昧に答える。

「へえ? 詳しく聞かせてくれるかな」

 アリアからの補足を織り交ぜながら、僕は過去を掻い摘んで語り聞かせると、興味深そうに相槌を打った後に、

「じゃあ、ソウ君は人に実弾を撃ったことがあるんだね?」と首を傾げながら訊ねられた。

「はい」

「アリア君は訓練で扱ったくらいかな」

「そうなります」

「うん。それと、人を殺したことはなさそうだね?」

 何と言うべきかわからず、言葉に詰まってしまった。それと察してか、はっはっは、とフォルドは快活に笑って、

「いや申し訳ない。今の質問は意地が悪かった。しかしねえ……これは重要なことなんだよ。大事を前に、君たちは容赦なく人を撃てるだけの覚悟はあるかな。訓練とも狩りとも違うよ。模擬銃ではなく実銃を使うし、相手は人間なんだ。必要とあらば躊躇わずに引き金を引く強さはあるかな」

「──あります」アリアの声は静かだったが、芯の通った返事に聞こえた。「やってみせます」

「君は?」フォルドが僕を見つめる。

 もし、相手がジョウや山賊だったらどうだろう。カナデに危害を加えるならば容赦はしない。けれど彼の悲しみの片鱗を記憶にしてしまった今、同情心を殺せるだろうか?

 また、相手が山賊であるとも限らない。もしも誰かと対立し、要人の護衛に邪魔と見做された場合、僕は人殺しが行えるだろうか、考えてみる。

 難しい話だ。

 生き物を殺すことは、業の深いことなのだとネイアは言っていた。僕は年輪を見つめる。そして、思い至った。

 そうではない。やってみせるしかないのだ。

「必要とあらば、僕は引き金を引きます」

 そうでなければ、自分は未熟なまま──カナデを守り切ることなど到底できないだろう。たとえそれが呪わしいものだとしても、成長するしか道はないのだ。

 宜しい、とフォルドが応えて。

 僕は腹を括った。

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