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第三十話

 そして試験当日。僕らは初日と同様、通路内にあてがわれた。

 静電気でも発生しているのか、肌がひりつくような独特の空気感が場を支配している。いつもならば単調とも言える呼吸でさえも、この時ばかりは厳かに息を吸い、吐くことに関しては奇妙な力強さを感じた。ただ酸素を取り込んでいるだけというのに。いま、この瞬間を、生きているのだと感じられる。

 指先が震えていた。血の巡っているのがよくわかる。顔を上げれば、ヴァンとアリアの目と目が合う。ふたりは不敵にも、歯を見せてニカっと笑った。それだけで緊張感は少し和らいだ。僕も彼らに倣い、そのように応じる。

 たった一度の結果で未来が変わる──そう自覚しながら今日は躰を動かすのだ。想定通りに動けるか、思う通りの未来を描けるか、すべてはそこにかかっている。

 デミアンが高台から僕らを見下ろした。隣にはミルドレッドが、更にその背後にグリットが控えている。逆光により影となった彼らがどんな様子なのかわからない。こちらを見つめているのか、どのような表情なのか? まったく、何も。

 デミアンが一歩、前に進み出る。

「今日、君たちは未来を定めることになる。今まで必死に食らいつき、鍛錬を重ねた君らの栄光を祈り、私からひとつ言葉を授けたい。君たちももう既に知っているはずだ。人生に必要なのは?」

「根性!」

 と僕らは叫びながら、いつもと同じじゃないか、と心の中で突っ込みを入れる。彼女は尚も高らかに、

「この世界は人間のためにあるわけではない。努力が実らないこともある。他人からの悪意に晒されることもある。だから人生は過酷だ、だから運命は冷酷だ──だが! 君たちが諦めようと未来に希望を望もうと、誰にだって明日は来る。明日が来る限り、生き残っているならば、君たちが真の意味で負けることはない! 諦めかけようと、辛かろうと、恥じようと、敗北感に打ちひしがれようと、そんなもの根性で跳ね除けてしまえ!」デミアンは強く足を踏み鳴らすと、「では、それぞれの運命に祝福を、そしてこれまでの努力の証明を!」彼女は模擬銃を上へ、「根性を見せろ、試合開始!」

 銃声が轟き、音圧が僕を襲い、臓物に響き渡った。

 全身に力が入る。同時に、ミルドレッドからの助言を思い出した。

「緊張して躰が思うように動かないときは、思い切って全身に力を入れてください。そうすれば、余計な力は抜けるはずですよ」

 応援しています──その言葉に僕は解きほぐされた。

 模擬銃を構え、練習通りに隊列を組む。ヴァンが先頭を切り、アリアと僕が横に並んだ。銃声がどこからか聞こえ、頭の中に広げられた地図を参照して、その位置を予測する。近場に居るとわかり、漁夫の利を狙い、僕らは急いで駆け寄った。

 二チームが激烈な応酬に身を投じている。ヴァンの指示で、どちらか一方を壊滅させた後、更なる介入がない限り、もう一方を殲滅させるという作戦が採られた。どうしてこんなにも好戦的なのかと言えば、ひとつにこれはミルドレッドによる教えであるということと、ふたつに通路内においては僕らが有利であると思われたからである。

 背後に注意しながら、ヴァンが相手のひとりに近づいて引き金を引いた。不意の一撃を食らった彼は、大きく吹き飛ばされると、そのまま動かなくなる。彼の仲間がヴァンを狙ったが、アリアが反撃の余地をなくすために威嚇射撃をした。その間にヴァンはポケットから小石をばら撒きながら、壁を蹴り、空中を移動して、僕らの元へと舞い戻る。

 呆気に取られているうちに、彼らは元々相対していた敵チームに背後を取られ、敢えなく撃沈。全滅してしまった。と、彼らがレバーを引き直しているうちに、僕らは隙を逃さずに懐へ飛び込む。射撃すると、残りのメンバーは散っていった。

 この場には、死体に扮した人間も含め、誰も居ない。そう確認すると、刹那だが息を整える。銃声を聞いて誰かが来ないとも限らない。アリアが広場へ向かおうと提案したので賛同する。今度は彼女が先導を務め、僕は殿を果たした。

 ここから去る前に、ヴァンが倒したばかりの男から模擬銃を取り上げて、壁を這う蔦に引っ掛ける。持ち手を隠し、銃口だけが覗くように設置すると、

「どれだけの奴がこれに引っ掛かるかな」と手振りで示し、薄く笑った。

 広場にはもう幾つもの敗残者が静かに倒れていて、辺りに隠れ潜む人間が居ないか、と警戒しながら歩を進める。だしぬけに女がひとり飛び出して、銃口が差し向けられた。僕は咄嗟にこれを手で払い退けると、腕を引っ張り、彼女の背を取る。それから膝を曲げさせて、しゃがみこませると、盾であり人質として拘束した。

 床に倒れている人数から計算して、彼女が唯一の生存者であると結論付けると、少し遠目から痛くないようにと配慮して撃ち込む。

 ふとアリアを見ると、呆れた顔をしていた。僕は思わず首を竦める。

 ヴァンが顎で先に行こうと示した。頷いて、建物内へ踏み込む。ここまで来ると銃声は聞こえなくなっていた。恐らく硬直状態にあるのだ。誰も彼もが身を潜め、自分の居場所を知らせないようにしている。屋内にはそれなりの人数が地面に横たわっていたが、およそ全員には届かない。

 通路内から生存者が来る可能性もある。挟まれては面倒だ。

「どうする?」と、僕はハンドシグナルで訊ねる。「先ほどの彼女みたいに死角に隠れ潜むか、このまま突き進むか」

「さっきの彼女を討ち倒した際の銃声で、こちらの居場所は割れているから、下手に行かない方が良いと思う。挟まれたらこの広場で迎撃しよう。盾なら沢山転がっているし、何より相手がどこに居るのかここならわかりやすい」アリアがそう答えた。

 ヴァンは屋内を警戒しながら、

「今ここで問題なのはどれだけの生き残りが居るか、ということだが、俺の予想では、通路内にはもう生き残りはない」

「どうしてそうわかる?」僕は聞いた。

「誰も罠に引っ掛からなかっただけじゃなく、あの時に撒き散らした小石を踏み鳴らす音がまったく聞こえないからだ」

 鼻息を漏らし、理解したと意思表示する。

「小石を中に投げてみる?」アリアがにやりとして、「何人か引っ掛かれば儲けものよ」

「やってみるか。あ──」ヴァンは何かを思いついたらしく、悪い笑みを浮かべた。「ソウ、あの日みたいにこいつで小石を飛ばしてみるのはどうだろう」

 彼はそう言って模擬銃に小石を置く。僕は釣られて笑ってしまった。それは面白い、と伝え、小石を銃口に乗せる。それから試しに一発撃った。

 壁に反射する音。次いで誰かの呻き声。

 場所がわかった。ヴァンが真っ先に詰め寄ると、彼に向けて一発放った。だがそれと一緒に被弾してしまい、その場に倒れ込む。

 僕が追従して中へ駆け込むと、盾として使おうと目論んだのか、アリアが背中に張り付くように付いてきた。生き残りはふたり。相手との距離を測り、引き金を絞る。撃ち込まれる前に相手は吹き飛ばされ、背中から倒れ込んだ。すかさず僕は身を屈めると、アリアが残りのひとりを撃破する。

 奥の暗がりからひとり、またひとりが姿を現した。僕らは同時にレバーを引き、引き金を絞り、徐々に処理していく。風圧が届く範囲を熟知しているから、危ないと感じたときには後退し、距離を取った。

 制圧すると、屋上を目指し、階段を駆け上る。顔を出すと、僕はすぐさま撃たれてしまったが、代わりにアリアが彼を処理してくれた。彼女は荒い息で周囲を見回す。と、

「そこまで!」デミアンの声が響き渡った。「試合終了、各自広場へ集まるように!」

 僕は首を上げて、声のした方を向く。試験は終わったのだ。アリアを見つめると、彼女はこちらに向けて戸惑ったような表情を見せた後、嬉しそうに口元を綻ばせてみせた。親指を立てて応じる。

「生き残ったね」

 アリアは片目を瞑ると、「当たり前よ。仲間が良かったもの」

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