第二十九話
対人戦の練習は競技場で行われた。通路、広場、建物の三つのコースからなるこの場から的がすべて取り払われ、自分たち以外にも他のチームが両手ほど入り、撃ち合うことになる。判定は例の如く真上からデミアンの他複数の人員が監視し、その都度確認しては、指摘するらしい。
使い慣れた模擬銃を手に、僕たちは緊張しながら競技場へと足を踏み入れた。この場にカナデは居ない。四人一組のところを、僕らだけ三人で行うことになる。寂しいものだった。
命のやり取りこそないが、怪我はするだろう。また、試験日には評価にも響いてくるものだから、人数差のことも考慮して、人一倍しっかりと取り組まなければならない。
それだけでなく、ジョウとの戦闘であまりにも未熟であるということを思い知らされたのだ。僕は強くならなければいけない。そうでなければ、カナデを守り切ることは難しいだろう。
もしまた、ジョウが彼女を拐ったら? 今回のように助けられるだろうか、わからない。情報爆弾の餌食にならなかったのも、奇跡と言える。
あれからずっと考えていた。ミルドレッドたちの助けによって中断された、ジョウの話の続きはいったいどんなものだったのだろう、と。きっとレルはそれを聞かされたことによって乖離病を発症したのには違いないが、どうにも好奇心が抑えられなくなってしまう。
彼は何を知っているのか?
それは知るべきだろうか?
ヴァンが僕の肩を小突いた。「緊張してんのか?」
ぼうっとしていたらしい。僕は我に帰ると、多少ねと言って、彼に笑いかける。
「昨夜よりはマシだろ。まったく、こんなの茶番に思えてくる」
「ちょっと、集中しなさいよ」アリアは膨れっ面で、「成績に繋がるんだから」
「あいよ」ヴァンがにやりとして相槌を打つ。
指示に従って、僕らは入り組んだ通路を歩き、行き止まりにて待機するよう告げられた。人ふたり分ほどの間隔で開かれた道だ、接敵すれば逃げ場はないだろう。見つけ次第、攻撃するしかなさそうだ。また、場合によっては囲まれてしまう危険性もある。これを考慮して、記憶した迷路図をもとに、どう立ち回るかを相談した。
真上からデミアンの声がする。
「全員が所定の位置に着いた。間も無く対人戦を開始する。ここでもう一度ルールをおさらいしておこう。人生はたった一度きり。命もまた、躰と同じひとつしかない。模擬銃による射撃に当たったら、その瞬間、死亡と見做されるものとする。死亡した者は名前が呼ばれるので、すぐにその場で倒れるように。試合は制限時間の十五分が経過するか、チームがひとつになるまで続行される。それでは皆、私に根性を見せてみろ。用意──」彼女は思い切り息を吸い、「始め!」
僕は腰を屈め、模擬銃を構えた。
ヴァンが先を進み、僕が背後を警戒する。アリアは間に立って、頭の中で地図を広げ、ヴァンにどこへ進むべきか、を纏め上げた。
耳を澄ませてみると、足音が近づいてくるのがわかり、僕は手真似でそれと伝える。ヴァンは前を見つめながら、奇襲に合わないよう警戒した。アリアが僕の後ろに立ち、付近に居るだろう者たちの息遣いから、ある程度の方向を予測する。
と、眼前にて音が鳴った。曲がり角から小石が投げられたらしい。相手は撹乱のために投石したのだろうが、これでは自分たちの位置を知らせたようなものだ。素早く距離を詰めると、引き金にかけた指に力を込める。
程なくして相手は姿を現した。僕は引き金を引く。相手は上半身から壁に向けて吹っ飛び、驚いた顔のまま倒れ込んだ。すぐさま他のメンバーによる報復射撃が行われ、僕は敢えなく被弾した。
そうか、相手に当たる距離ということは、こちらにも相応のリスクがあるということだ。できるだけ中距離から狙い撃ちをするのが良さそうだ──そんなことを考えながら、倒れ込む。
アリアが僕の死から学びを得たらしく、相手から距離を取ると、一発撃ち込んだ。被弾した相手は地面に倒れる。更にヴァンが追い討ちをかけるべく、引き金を絞った。が、後ろに控えていた相手が仲間を抱き上げると、これを使って盾にする。
ふたり共に吹き飛ばされたが、相手はその最中にあって空砲を撃ち込んだ。ヴァンがこれを受け、うおっと短く悲鳴をあげる。それから、
「こんなのアリかよ!」と真上から見下ろしている審判に向けて、抗議の声をあげた。
審判は頷き、ヴァンは不満顔のままぶつぶつと文句を垂らしながら、地面に横たわる。アリアが残りひとりを対処すると、小さくため息をついた。
「もう私だけじゃない」
そう呟くと、すぐに移動を開始する。が、銃声を聞きつけて集まってきたらしい。どん、という大きな音を立てながらアリアがこちらに吹っ飛んできた。試合開始して五分にも満たないというのに、僕らは呆気なく全滅したのである。
「これでよく俺たち生き残ったよな」ヴァンが苦笑混じりに言った。
僕も笑って、「まったくだね」と応じると、審判から死体は喋るなと叱られ、口を噤む。
今日この日の対人戦はこれで終わり、次には短銃や長銃の扱いに慣れるための射的を行ったほか、やはりというべきか、根性と叫び続けるランニングによって一日を終えた。
翌日、翌々日と対人戦は行われたが、一向に勝てる気配はない。それもそのはず。僕たちが上手くなるのに比例して、他の全員も上手くなっているのだから。
際立って上手くなるためにはどうすれば良いのだろう? レルやカナデの居ない夕食時に、ヴァンやアリアと相談してみたが、何もわからない。
「ミルドレッドさんは? あの人はどうしてたのかな」
アリアがそう話したので、僕らは彼女の元へ向かった。訳を話し、何か良い方法はないかと訊ねてみれば、ミルドレッドはにこりと笑って、
「実践に勝る方法なし、ですよ。それなら、少ない休み時間を借りて、一緒に練習しましょうか」と提案してくれた。
それから毎日朝と晩に僕らは特訓に励み、少しずつだが成長していったように思う。状況に応じた戦い方を彼女がやってみせ、教えてみせ、僕らは褒められながら練習していった。例えば、通路で撃たれそうになったときには、
「壁を蹴って真上に飛んでから、また壁を蹴って背後に回れば良いんです」ミルドレッドは言った通りに壁を蹴り、軽々とヴァンの後ろへ飛び回ると、模擬銃を構えてみせる。「さあどうぞ」
「んな無茶な!」ヴァンが叫ぶ。
アリアは他人事のように笑い続け、僕は呆気に取られるばかり。ミルドレッドの身体能力は少し異常なのかもしれない。人間離れした芸当を見せられた後、「このようにするのだ、さあやれ」とばかりに当然顔で言ってくるものだから、びっくりしてしまう。
できる人というのは何故できないものか、理解できないらしい。僕らと彼女はお互いに困惑し合いながら、どうにか現実的な妥協案に落ち着いていく。それでもやはり、
「間近で撃たれそうになっても」と、模擬銃を向ける僕と後ろに立つアリアに相対して、「このように拘束しながら」なんて銃口を払うと同時に僕を引き寄せ、首に腕を回される。「ふたり同時に落とすことができます」
そうして本当に意識を落とされるとは思わなかった。痛みなくすうっと安らかに視界が真っ暗になり、あっこれが死か、と悟りを得る。
気絶する寸前、最後に聞こえたのはヴァンによる「できるかい!」という突っ込みで、眠ってから十数秒後に起こされては、このことを思い出して笑いが止まらなくなった。
そんなこんなで練習は続き、お陰で試験の日には年輪も二十二個にまで増えていて、三人がかりだったとは言え、ミルドレッドと対等に渡り合えるようにまでなっていた。
「もうこれ以上教えることもないでしょう」ミルドレッドは満足そうに目を細くさせて、「成長しましたね。本当なら、デミアンからもこれくらい教え込んで欲しいものですが……年輪がありますからね」
そう言う彼女の年輪も、僕らと同様増えていて。今になって、教育がどれだけのリスクを背負っていたのかを思い知らされた。それなのにミルドレッドは特訓に付き合ってくれたのである。だから自然と頭が下がり、
「ありがとうございました!」と、三人連ねて感謝を伝えていた。