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第二十七話

 僕らは小石の上を引き摺られ、痛みとともに小屋の中へ押し戻された。山賊たちは人質を外に向けて、攻撃しないよう叫ぶ。

「こいつらの命がどうなっても良いのか」

 ジョウが勝ち誇ったような物言いをしてみせ、僕は屈辱感と恐怖から胸が張り裂けそうになった。脳裏にネイアの死が呼び覚まされて、指が震え出す。僕は自分が死ぬよりも、誰かの死を見届けることの方が怖かった。

 生温い風が開け放たれた扉から吹き荒び、汗や吐き出した唾を乾かしていく。あまりにも不愉快で、最悪の気分だった。

 僕は……何て軽率なことをしてしまったのだろう。ジョウは怒りだけで簡単に立ち向かって良い相手ではなかった。僕はまだまだ未熟だった。どうしてそれとわからなかったのだろう。しかも、自分ひとりならまだしも、ヴァンとアリアを巻き込んでしまった。もしふたりに危害が加えられたら──それも、殺されてしまうとしたら?

 それは酷く恐ろしい。死ぬよりも怖いことだ。

 後頭部に控える固い感触が、僕の肝を冷やす。

 どうすれば良い?

 どうすれば良かったんだ?

 何もわからない。

 僕は死ぬのだろうか?

 姉をひとり残して?

 ネイアに申し訳が立たない。

 ヴァンとアリアにも、謝りたい。

 失敗した。

 僕にはどうしようもなかったのか?

 何か他に、より良い方法があったのではないか?

 もっと誰かを頼れば良かったのだろう。

 素直に助けが来るのを待てば良かったのだ。

 目を瞑る。

 嫌な過去もあれば、良い思い出も沢山あった。少なくとも、彼らを制圧する手立てが思いつかなかった。息が詰まりそうだ。僕は唇を噛む。

「グリットは来ていないのか?」ジョウの声がした。「そうかい。奴はお嬢さんのことが心配じゃないらしい」

 何故ここでグリットの名前が出てくるのだろう。それだけじゃない。どうして彼はグリットのことを知っている?

 顔を下げると麻袋が少しばかり揺れ、外の様子が見えるようになった。地面に模擬銃が見える。手を伸ばせば届く範囲だ。体勢を変え、後ろ手にそれを掴む。感触からして、皿のような部分が指に触れた。

 山賊たちは何やら会話していたが、銃声が鳴り響くと舌打ちして、交渉は決裂かと唸る。ジョウたちも応戦し、発砲した。そのためこちらには気が付かない。

 僕は模擬銃を掴み直すと、レバーを地面に擦り付け、引いた。それから引き金に指を掛ける。

 後は祈るだけだ。

 人差し指に力を込める。突如として、部屋の中で衝撃が巻き起こった。同時に、「ぐあッ」という断末魔がこだまする。散らばった小石たちが、嵐のように吹っ飛んでは壁に跳ね返り、僕らの躰を打ち付けた。

 壁中から叩きつける音がして耳が、いや、全身が痛い。それからも悲鳴が続く。僕らは痛みを堪えていると、誰かに背中を蹴られ、前へとつんのめった。麻袋が取れ、僕は水面から顔を出したかのように息を吸う。

「クソッ、やりやがったな!」ジョウが叫んだ。「ソウ、貴様──」

 何があったのか、彼は途端に押し黙る。不気味な静寂が気になり、僕はジョウを見やった。

 室内の山賊たちに混じって、警備課の制服に身を包んだミルドレッドが、ひっそりと中央に立っている。彼女は両手に短刀を握り締め、

「こんな夜更けにお遊びですか?」

 そう言って笑ったかと思えば、彼女は得物を投げ付け、男をふたり、同時に始末した。ジョウがミルドレッドへ向けて銃を構えたが、背後からデミアンが組み伏せる。ジョウは抵抗し、後頭部を思い切り当て付け、拘束を外すと、模擬銃を拾い上げた。

 引き金に指を掛け、デミアンを吹き飛ばす。彼女は大きく外へ追い出され、

「凄い威力だな……まったく。退散だ。まあた失敗か」

 ジョウは分が悪いと判断したらしい。出口から数人の仲間を引き連れて退散すると、デミアンがすぐに追いかける。が、彼は僕と同じ要領で小石を爆裂。警備課の追手を撒いていた。僕らはミルドレッドたちによって枷を取ってもらうと、ようやく自由になった。

「カナデは……!?」僕は振り返って言った。

 ミルドレッドは頷き、「無事です。眠っているだけですよ」との言葉に酷く安堵する。

 すやすやと他人事のように眠り続ける姉を馬車に乗せて帰ると、揺られながら手元の模擬銃を見つめる。そっとため息を吐くと、僕は項垂れて、疲れからか眠気を感じた。

 ヴァンとアリアがこちらを見据える。

「どうしてカナデのことを教えてくれなかったんだ」ヴァンが唸った。

「秘密が知られたどうなるのかもわからないのに、そう簡単に言えるわけないでしょ」アリアが突っ込みを入れる。「それにしても、ソウは知ってたの?」

「うん。ごめん」

 僕は頭を下げる。

「ふうん……」

 アリアは得心が言ったらしく、それ以上は何も言わなかった。ヴァンは下唇を突き出してみせ、

「もっと頼ってくれても良かったのに」

「まだ言ってる……」アリアが苦笑する。

「できれば僕もそうしたかった」

「ま、良いさ──そうだよな。カナデだって苦しんでたんだ。ソウもさっき言ってたし……そうか。孤独、か」悲しい顔を浮かべた後、ヴァンは気を引き締め直し、「何にせよ、一件落着だな」

「私たち何もできなかったけど……」と、アリア。

「助けてくれてありがとう、ふたりとも」

「礼ならミルドレッドに言えよ」ヴァンが不貞腐れたように言い退け、指を差した。

 確かにその通りだ。

「来てくれてありがとう、ミルドレッド」

 そう言うと、彼女は困ったように、

「私たちを待ってくれたら良かったのに、無茶ですよ、まったく」

「ごめんなさい」

「反省してくださいね、本当に。無事だったから良かったものの、何かあったらどうしてたんですか。ソウたちはまだ訓練生なんですから。まだまだ未熟だと思って、これからも訓練に励んでください」

 その通りだ。

「精進します」僕は首を竦めてそう答える。

「ねえ、見てよあれ!」アリアが空を見上げて声をあげた。「凄く大きい満月! 綺麗ね……」

 黄色く輝く月が、僕を見つめている。アリアはこれを綺麗だと形容した。ヴァンも笑顔で見つめては、

「凄いな」と、しきりに感心している。

「綺麗だ」と僕も言ってみた。すると、不思議にもそのように感じられる。赤ん坊だった頃に見た満月を思い出して、また、「綺麗だな」と呟いた。

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