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第二十五話

 ヴァンは小石を掴むと、見張りに向けて思い切り投げつけた。賊は訝しげな顔で、何の音かと確認する。その間に、僕とアリアは銃口に小石を乗せ、レバーを引いた。引き金を絞る。

 真夜中を雷鳴轟くような音が響き、小石は真っ直ぐに、山賊の額を目掛けて射出された。見張りは倒れると、気絶したように動かない。

 弾道はこれで判明した。銃として扱える。そう理解すると、僕らは作戦の続行を決意した。

 作戦はふたつ立てられていた。

 ひとつめは、模擬銃が攻撃に使えなかった場合を想定したものである。もし使えなければ、ひたすらに山賊たちを惹きつけた後に、ひとりが室内へ潜入。カナデを助け出す、というものだった。

 しかし模擬銃はこの通り、小石を弾丸替わりに飛ばすことに成功したため、もうひとつ立案された作戦を採用することにした。つまり、銃撃による陽動である。ヴァンとアリアが藪の中を動き回りながら、音と攻撃によって注意を逸らしている間に、僕は裏手へ回り、堂々と中へ入るのだ。

 ただし、長引けばジョウたちが帰ってきてしまうかもしれなかった。だから早めに決着を付ける必要がある。銃撃されたためか、裏手からは見張りが消えていた。正面へ回ったのだろう。

 辺りを警戒しながら、壁に密着すると、僕は急いで中の様子を窺った。室内には男がひとり。思ったよりも少ない。カナデは縄で手足を縛られた上、布によって目隠しされ、口も封じられている。気絶しているのか、倒れていた。

 正面扉に立っていた見張りは、強くぶたれたことで倒れていたが、意識が戻ったらしい。地面に手を突くなり銃を構えると、片手で引き金を引きながら、姿を見せない相手に威嚇射撃を続けた。そうして、彼は中へ立て篭もろうとする。しかし、こちらの弾丸は小石なのだ。壁に跳ね返して当てることができる。

 小石であると悟られることを覚悟で、ヴァンとアリアが攻撃を続ける間、僕は壁に反射する小石と、物音を立てないよう足運びとに気を配りながら、そっと中へ踏み入れる。

 銃を構えると、中で待機していた男を壁に強く撃ちつけた。彼は顔面からぶつかり、倒れ伏す。

 頬に傷のできた見張りは、背後からの轟音に驚き、振り返ろうとしたところを模擬銃で殴りつけた。相手の長銃を奪うと膝を叩きつけ、座らせる。後頭部に銃口を突きつけると、動くな、と警告した。

「そりゃお前もだ」

 不意に、後頭部に固いものが当たる。聞き覚えのある男の声。全身がぞわりとして、怒りが芽生える。遠くから「うわあ!」という声がして、それがヴァンのものと思い当たるまでに時間がかかった。

 怒りから、躰の芯から冷えていくのがわかる。頭に強く押しつけられた銃を、振り返り様に跳ね除け、一歩踏み込んだ。懐に入り込むと顎へ一発、拳を入れた。

 僕は今、集中力が研ぎ澄まされている。

 彼がよろめいている隙に、カナデを抱え、裏口から逃げ出した。

「待ちやがれ!」

 男が叫び、僕の足元を撃ち抜いた。思わず怯んでしまい、足が棒のように動かない。再度、後頭部に銃が突きつけられた。今度ばかりは諦めて、立ち止まる。

「彼女をそこに寝かせろ」

 言われた通りにした。

 それから、男に向けて両手をあげると、他に何も持っていないことをアピールする。彼は念のため、僕の躰をまさぐりながら、

「その服……訓練生だな? そうかそうか、入学したんだなあ、ソウ。おや、ポケットから大量の小石が……そんな趣味があったのか? それにしても何だこの奇天烈な銃は……。地面に落ちているのは、小石? どうしてこんなに集めたんだろうなあ。まさか、こいつは投石機か? いつからあの学校は古代まで遡ったんだ」

 彼の笑うのが銃口の震えとなって伝わる。僕は振り返ると、額に押しつけられながら、男を睨みつけた。

「ジョウ……」

「お前もしつこい奴だな。あそこに居たのはお前の友人たちか? 良くここがわかったな。どうやってここまで来た」

「もうわかってるんだろ。寧ろ、こっちが聞きたい。あんたはさっき馬車で出掛けたはずだ」

「そうとも」ジョウは笑いを噛み殺すように頷くと、「だがその途中に轍を見つけたんだよ。人間の──な。幾つもの足跡があった。向きからして、どうやらここを目指している。真っ先にお前を思い出したよ。まったく執念深いな……」

 ヴァンとアリアを引き連れて、続々と山賊が集まってきた。ジョウはため息を吐きながら、壁際で気絶する男を叩き起こす。男は全身を手で払うと、思い切り僕の腹部を蹴り飛ばした。

「ソウ!」アリアがヒステリックに叫ぶ。

 重たい衝撃に耐え切れず、僕は仰向けに倒れ、咳き込んだ。青褪めた夜空が目に入る。男が尚も僕に殴りかかろうとしているのが視界の端から見えたが、ジョウがそれを制していた。

「やめろ、こいつはまだガキじゃないか……そうだろう? それに俺はまだこいつに用がある。良いか?」

 男は不服そうに認めると、壁を蹴ってから遠ざかっていく。ジョウは呆れ混じりに微笑みながら、

「お前の親を殺したことは申し訳なく思う。あれは事故だったんだ。殺すつもりなどなかった。人殺しなんざ、何の役にも立たない。ほら、見てみろ」

 ヴァンとアリアが驚きの目をこちらに向けた。ジョウは手袋を外すと、手の甲を見せつけてくる。

「年輪がまた増えちまった。嫌なことさ。死に近づくとわかるのはな……黙らせたり脅すのが目的なら、他にも幾らだってやり方がある。例えばこんなふうに──」

 突如、僕は腹に痛みを覚えた。蹴られたのだ。またアリアが何かを叫んだが、ヴァン共々僕の隣へと倒され、這いつくばる。口に砂が入った。僕は涙が出てきて蹲ると、唾を吐き出す。その中には赤いものが混じっていた。咳き込んでいると、おもむろに手足が縛られる。

 ジョウは僕の眼前にしゃがみ込んで、こちらを見下ろすと、

「直にお前のお仲間が来るだろう。本来なら俺が挨拶しておこうかとも思っていたんだが──人質があればもっと穏便に済ませられるな。いやあ……まったく、俺はツイてる。僥倖だ」

 くつくつと喉の奥で笑いながら、ジョウは模擬銃を取り上げた。

「それにしてもこれ、どうやって使うんだ? 教えてくれよ……」あちこちを触るような音がして、「弾を込めるわけじゃないのか。もしかすると、物を皿の部分に乗せるんだな?」

 ジョウは銃口に小石を置くと、レバーを引き、明後日の方向へと狙いを定める。引き金を引くと、けたたましい音を撒き散らして、小石は遥か彼方へと飛んでいった。面白い玩具だ、と彼は言ったが、飽きたようにその場に捨てる。山賊はにやにやとしながら、それを握った。

 僕は脂汗を目に染みさせながら、何とか目を開けて、ジョウを見る。

「レルに何を話した──」

「レル? ……ああ、あのちびっこのことか。なんてことはない。カナデの秘密を話しただけさ」

「そんなはずは無い! それだけで乖離病になるわけがない」

「乖離病……」ジョウは思案気に繰り返すと、口元を綻ばせた。「そうか。それは面白い。実に奇妙なことだが……ふむ。彼女にとってはそうだったのか。申し訳ないことをしたな。だが、あれも仕方なかったんだよ」

「仕方ないわけあるか」

「おお、怖い。怒らないでくれよ。俺にとっちゃ、どちらがカナデなのかわからなかった。だからレベルの変動を確認するしか、判別する方法がないと思ってたのさ」それに、と彼は続ける。「これは経験に基づく個人的な意見だがねえ、乖離病に陥るかどうかは個人差がある。あの小娘に話した内容で無事だった奴も居たんだ。さて君たちはどうかな? 試してみようじゃないか──」

 麻袋が視界を真っ黒に覆う中、ジョウの低い声が鼓膜をつんざく。彼は主に、ヴァンやアリアに向けて説明するように、

「どうして年齢と年輪のふたつがあるのか、疑問に思ったことはなかったか?」と話し始めた。

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