第二十一話
扉を開け放ち、僕らは走り出した。的を探し出しては空砲を放射、撃ちつけていく。地面にスイッチでもあるのだろう、踏むことによって仕掛けが作動し、的が自動的に壁から飛び出てきた。僕は驚いたものの、冷静にレバーを引くと、引き金を絞る。
甲高い金属音と共に的が引いていく。
「一分経過!」
どこかからデミアンが数える声がした。
ヴァンが的を撃つと、こちらを向いて、「急ごう!」
僕は頷き、先へ向かう。次のコースは狭い通路だった。こちらは迷路のように入り組んでいて、どこに出口が用意されているのかまるでわからない。壁は蔦が絡まり緑一色。更にはここに的が紛れているため、血眼で探さなければ駄目なようだ。とは言っても、僕らには記憶力がある。一瞬でも目に映れば、ここだと見つかるはずだ──
「二分経過!」と、デミアンが叫ぶ。
「あった! 出口だ!」ヴァンが声を荒げた。
アリアを見据えると、僕たちは慌てて先へ向かおうとしたが、
「撃ち漏らしがあるぞ!」
と、すぐさまデミアンから注意が入る。瞬間記憶能力を持っていないから、カナデがひとつ見逃してしまったようだ。秘密が知られたか、と冷や汗が出たけれど誰も気付いていないらしい。
手前まで戻ると、確かに的は用意されている。発砲すると、がつん、という音を立てて的は倒れた。
人差し指に違和感がある。撃つたびに引き金が重く感じられてきて、指先が痺れ始めたのだ。銃自体が重いというのもある。それに、ここまで動きながら連続的に撃った覚えはない。新しい経験に、自然と躰が覚えようと反応して、手の甲が痛み出した。
通路の先には広場が設けられている。真ん中には使われていない噴水があり、その中にも的が置かれていた。アリアがこれを撃つと、すぐさまレバーを引いて、撃てる準備を怠らない。目に入った的をあらかた片付ける頃には、
「四分経過!」
急ぎ足で次へ進む。広場より前方に構えられた、大きな建物。今度はその中だ。扉を潜り抜けると、暗がりの中に見える的たちをひとつ残らず撃ち尽くしていく。疲れからか息が合わず、もたもたしてしまった。階段を駆け上ると、今度は屋上へ出る。そこにも的があった。
「五分経過!」
耳に目蓋はないから、聞こえないわけはなかったが、集中していたためだろう。時間のことなど、この時にはまったく意識に上らなかった。すべての的へ引き金を引くと、出口へと駆け抜ける。
アリア、ヴァン、カナデ、僕の順番で中へ入った。デミアンは懐中時計を傾け、時間を止める。
「五分と約四十秒ほど──うーん、六分近いね。でも初めてにしては上出来だったよ。後は根性だ」デミアンは白い歯を見せて親指を立てると、振り返った。「あ、そこの他部署の皆さん。申し訳ないんだけど、中の的を調整しておいてくれるかな……ありがとう、いつも悪いね!」
荒い息をさせながら、僕らは膝をつく。銃があまりに重くて、思い通りに動かせなかった。反省点は多い。これが本当の任務ならば、的は敵対者を意味している。見逃した、失敗したでは済まされない。初めてだから、という言い訳は通用しないのだ。
「くっそお……」ヴァンが肩で息しながら、やっとのことでそう言う。「こんなに大変なのかよ……」
練習はそれからも続いた。試行錯誤を繰り返していくうちに、確かに動きは最適化されていく。けれどまだまだ五分には至れない。またカナデのみならず、連携不足によって撃ち漏らしてしまうこともあり、工夫が必要だった。
アリアは息を合わせるべきだと言う。
「これって模擬戦のためにやるんでしょう? 本番は対人戦なんだからさ、だったら四人の息を合わせないと。試験に繋がらないわ」
彼女の言う通り、僕らはただ的を撃っているのではない。実戦となれば相手は動く人間なのだ。ならば本番を想定した動きが必要となる。改善が必要だということになり、各自どう変えていくべきか考えることになった。
いったいどうすれば良いのだろう。訓練場からくたくたになりながら、僕は共有スペース内の談話室へ、貴重な休憩時間を思案に溶かしていた。ひとりであれこれと頭を捻ってみても、何も思い浮かばない。本でも読んでみようかと思ったけれど、老化に繋がってしまうから躊躇われた。
年輪はもう十六になっていて、僕だけ更に高いとあれば連携にヒビが入りかねない。うーむうーむ、と唸っていると、
「最近頑張ってるね」と、レルが話しかけてくる。
思わぬ褒め言葉に、僕は面食らうと共に嬉しくなった。ありがとうと言いながら、髪を掻く。……段々と気恥ずかしくなってきた。
「訓練、大変そうだよね」
「見てたの?」
「うん」レルは微笑むと、「教室の窓からよく見えるから」
「そっか。レルの方はどんな感じ? 保育部って何を学ぶの?」
「うーん、そうだなあ……割と色々なことを学んだよ。例えば部屋に眠り続ける貴族様たちの介護の仕方とか、捨て子を見つけたらどんな風に保護するのか、とか」レルは指折り数えながら、「あとは子どもたちと接する時には、その子の年輪に影響が出ないように配慮して、ちゃんと目を見て話しかけてあげる──とか」
「うわあ、凄いね」僕は感心した。「相手のことを慮って、こちらから合わせる感じだ」
言いながら、僕はこれではないか、と思う。三人の練度を高めるために、互いのことを慮るのだ。彼らの動きに合わせて、足りない部分を補っていく。そうして間を埋めていくことで、洗練された動きが可能になるのではないか──
「そうだね」と言ったレルの相槌が、まるで僕の考えを肯定してくれたようだった。「覚えるには知識だけだと身につかないから、最近は現場に行くこともあるかな。えーとつまり、実践的に勉強していく感じ。前も私たちが育った保育所で、先生──ノルンさんの元へ行ったの。面白い話を沢山聞いたなあ」
「へえ、例えば?」
会話から収穫が得られたため、乗り気になって聞いていた。レルは頬に手を当てながら、
「例えばねえ、子どもの成長は早いんだって。だから先生でも知らないようなことを聞かれたり、反対に教わることもあってね。こういう時に知ったかぶりをしてしまうんだって、言ってたなあ」
と両手を口に、くすくすと子どものような無邪気に笑み。あまりに平和なものだから、張り詰めていた気持ちが自然と緩み、いつしかほんわかとした心持ちになっていた。どうやらレルには人を癒す力があるらしい。
レルは続けて、
「それでね、変な男の人が来たんだって。『不老の女の子は見なかったか』って」
驚いて、心臓がきゅっと締まる。彼女は自分が何を話しているのか、あまり理解していないらしい。僕は努めて冷静に、先を促した。レルは僕が慌てたことなどに気付かず、
「あのね、それでノルン先生は『もしかしたらカナデちゃんのことかもしれない』って教えたんだって。『いつ見ても変わらないように見えたから』だって。でもそれって、ソウ君が教えてくれたよね?」
「ああ、ベイビーフェイス説だね……」
笑おうにも上手く笑えない自分が居る。
「そうそれ。それを先生に話したら、そうかって納得してね。凄く羨ましそうにしてたんだあ」
「そうなんだね──」僕は目眩を覚えて、一秒にも満たない間、目蓋を閉じる。「それっていつのことかな」
「先生にベイビーフェイスを教えてあげた時のこと?」
「いや、先生がその男を見かけた時のこと」
「二週間前くらい、って言ってたね」レルは小首を傾げると、「どうして?」
「特に意味はないよ」
僕は微笑を作った。レルも無邪気に応える。内心では焦りを感じていた。そうか、ノルンが情報を提供していたのか。それも裏切ったという意識もなく、世間話のようにカナデのことを、何気なく話してしまったのだろう……。
口の中が渇くのを感じた。唇を舐めて、気を落ち着かせる。まったく、僕はどうしてあのふたりを警戒してしまったのだろうか。ミルドレッドは助けに来てくれたし、グリットだって表立った敵意は感じられない。
彼らが裏切っていないと断定するには早いかもしれないが、今回の件に限っては潔白だったわけだ。
レルと話して良かった、と素直に思う。
「そうか、ノルンがね……」
「そのことについて、後で話があるんだけど」
ふと、背後から僕に向けられた声がする。振り返ってみると、カナデが立っていた。
「いつから居たの?」
「そろそろ訓練が始まるから呼びに来たの」
「そうか。……じゃあ、またね」
「うん。またねえ」
談話室を抜けると、突然、姉の顔がにやけだしたので、僕は目を剥くことになった。何だと訊ねてみれば、
「おふたりさん、とっても良い雰囲気だったじゃないのお」
彼女の言葉の意味を理解するまでに数秒かかり、理解した瞬間には、
「ちょっと、やめてよ姉さん」
僕が怒ってみせると、あはは、と笑いながらカナデは逃げていく。彼女を追いかけながら、心の中でまったくと呟いて苦笑した。