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第十三話

 噂で聞いたと言う割に、男はやけに不老の存在を断定していたり、仲間を準備していたりと周到的だ。恐らく彼の持っている情報は正確なのだろう。彼はそれに対して真実であると確信していて、だからこそ訪ねてきたのだ。

 では今までの男の態度──噂と言ったり、何も知らないかのように訊ねてきたのは、すべてブラフだったのだろうか。僕らにカマをかけ、反応を見るために……。もしそうなら、男は端からここを狙っていたことになる。カナデがここに居ると知っていて、尚且つレベルに囚われていないことを──断片的にだが──掴んでいるわけだ。

 では、ネイアがここに居るのは知っているのだろうか? もし知られていなければ、不意を突くことができるかもしれない。

「私たちに」と、男が話し出した。「戦う意思はない。先程は悪かった。反省するよ。どうだろう、穏便に済ませないか? 話し合おうじゃないか。そう言えば、君の名前を知らない。教えてくれないか? 私はジョウだ」

「教える義務はない」

「冷たいこと言うなよ。私は君をなんて呼べば良い?」

「奴ら、こっちへ近づいてきた……」ネイアが小声で告げる。

 おい、と僕は男に向けて張り上げた。

「油断ならない奴だ、話をする間に山賊たちを囲ませようだなんて」

「そんなつもりはないさ。私と彼らとは利害が一致しているだけで仲間ではない」

 あくまでもシラを切るつもりらしい。彼──ジョウの話を信じる気にはなれなかった。嘘で身を固めた男の話など、誰が信じられるだろう?

 きっと彼らは焦っているのだ。いつ来るかもわからない援軍に。待っているばかりではやられかねないと怯えて、山賊たちが行動に出たのだろう。ここからわかるのは、統率が取れていないということ。まさかこんなことまで嘘ではあるまい。もしそうなら賛辞を送るくらいだが、そうではないはずだ。

 希望的観測ではあるが、ジョウと山賊たちとの関係は、彼の言った通りなのかもしれない。ならば、隙はある。

 野蛮そうな男がひとり、窓を破って中へ入り込んだ。ネイアがすかさず射撃し、これを仕留める。ジョウも機を見るに扉を開けようとしたが、僕がこれを阻止した。

「中にもうひとり居るな……?」ねっとりと絡みつくような、恨めしい声。

「だったら何だ」僕は怒鳴りつけるように言った。

「いいや、何も問題はない。良いか、中にもうひとり──不老の女が居る! そちらに傷をつけるなよ! しかし子どもの方は……」男は声を荒げると、途端に声を潜めて、「好きにすると良い」

 と、扉から弾丸が発射された。僕は蹲り、頭を守る。弾はすぐ脇を通り、あらぬ方向へと飛んでいった。僕は応射すると、相手に気付かれないよう弾を詰め直す。

 やがて扉がぼろぼろに朽ちると、ジョウは扉を蹴破り、大人ひとり通れるほどの穴を作った。彼と目が合う。何の感情も込もらない、殺意に溢れた顔をしていた。僕はぞっとして仰反る。同時に、ジョウも僕へ向けて銃を構えた。

 僕は死ぬ……と、はっきりそう思った。すべてがスローモーションに陥り、滑らかに動いて見える。撃鉄が打たれ、火薬が噴き出し、弾丸が飛び出した。目の前で繰り広げられる、死へと繋がる機構的な営みに、僕は僕自身の終わりを感じる。

 ふと短い人生が同時に、並行的に想い起こされた。生まれてから今日までのことが、どれも同列に位置している。時間軸が歪み、同列に均され、一瞬のうちに消滅した。

「私の身に何かあったら、代わりにカナデを見届けてくれないかな」

 ネイアの声が聞こえ、僕は笑ってしまった。

 何だよ、僕の方が先じゃないか──

 死を覚悟する。

 けれど、まだ死にたくない。

 最期まで生き抜きたい。

 僕は片手で、猟銃を男へ差し向ける。要は、仲間が駆け付けるまで、時間を稼げば良いのだ。抗って、惨めでも良いから噛み付いて、到着を待つ。カナデが生き残れば良い。ネイアにも生きていて欲しい。

 引き金に指をかける。頭は駄目だ。外してしまうかもしれない。僕は彼の左胸を狙う。腹部に激痛が走った。弾丸がめりこんだのだろう。痛みのあまり全身に力が入った。撃鉄が鳴らされ、弾を発射する。

 どん、と僕は尻餅をついた。

 どくどくと血が溢れ出る。ジョウもまた、腹から血を流していた。どうやら狙いがずれてしまったようだ。残念だな、仕留めることができなかったらしい。彼と僕はお互いに睨み合って、何も言えずにいた。ジョウは血に濡れた手で、乱れた前髪を後ろへ流す。

「ソウ!」

 ネイアが血相を変えて叫んだ。既に幾人もの屍体が並んでいる。流石だ、と僕は思った。元兵士、というのは伊達じゃない。

「僕なら大丈夫。問題なのはこの人だ」

 ジョウはちらりとネイアを見やると、

「あんたが……?」と、訝しむように呟いた。

 ネイアはつまらなさそうに首を傾げると、「だったら何さ」

 男はいや、と微笑みながら、短銃を僕へ向ける。

「手の甲を見せろ。年輪を確認したい」

 そう言うなり、懐からもう一丁の短銃を取り出し、ネイアに狙いを定めた。

 ネイアは言われた通り、手袋を外してみせる。年輪が露出すると、ジョウはそれをまじまじと見つめ、やがて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「不老の少女はどこだ」

「少女だって?」

 僕は顔を上げた。無理やり銃口で押さえつけられ、下へ向けられる。さっきまで女としか言っていなかった。やはり彼は知っているのだ……。

「少女の名前はカナデ。どうだ、知らないか?」

「知らないね。いったいどこで聞いたのか知らないけど、こんな訪問は初めてだよ」ネイアは怒りを込めた口調で言い放った。

「そうか。なら、良い」

 ジョウは引き金を引いた。凶弾は彼女の右胸を貫き、壁に当たる。力が抜けたように崩れ落ちると、ネイアは壁にもたれて血を吐いた。

「ネイア!」

 僕は叫び、手を伸ばす。男から逃げようとして、頭を思い切り殴られ、簡単に制されてしまった。ジョウは尚も僕から銃を外そうとしない。

「お前も、このまま死ね」

 冷たい声だった。僕は本当に死ぬのかもしれない。こんな状況なのに、何故か他人事じみた感覚に襲われた。項垂れて苦しそうに喘ぐネイアを見つめる。僕は目を瞑った。

 ──その時だった。突如として男が呻き声をあげた。見れば、背中にナイフが突き立てられている。ジョウが振り向くと、何者かに胸が切り裂かれた。彼は倒れ、床に蹲る。

 人影が僕の前に立った。

「ミルドレッド──!」擦れた声で僕は叫ぶ。

 狐の女は優雅に佇み、血で濡れた剣を腕で拭った。

「遅くなりました。こいつらですね? 平穏を脅かす不届き者は……」

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