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第十二話

 雪の上を走るのは未だ慣れない。足が深く沈むたびに転びそうになり、何とか耐えている。あの男が何者かは知らない。だが確かにカナデのことを話していて、噂と形容してこそいたが、言わんとすることは当たっていた。彼は真実を知っている。だからこそ、危険因子だと思われた。

 あまりにも早い帰りであることに加えて、尋常ならない様子で扉を開けたものだから、ふたりは一斉にこちらを向いて、驚いた顔をさせた。室内は暑く、耐え切れずに防寒具を上からひとつ脱ぎ捨てると、扉を閉める。

「秘密が広まっている……!」

 息も絶え絶えに、まずはそれだけを伝えた。

 ふたりは再度びっくりしたような表情で、互いを見やり、

「何があったの」と、カナデが戸惑いながら訊ねる。

 僕は躊躇いがちに先ほどのことを説明すると、カナデの顔からは血が失せていき、真っ青になっていった。ネイアは顔を渋くさせて、

「どこから……誰からだ?」

「わからない。その人が女であることは知っているらしいけれど、老化が遅いのではなく、不老と噂されているところから鑑みると、少し捻れているみたいだ」

「所詮は噂だからな。曲解されて伝わったか。しかし、情報の正確性は割と高いぞ。又聞きして日も浅いんだろう。そいつから話を追っていけば、すぐに元が割れるかも──」

 どん、と扉が鳴らされた。

 突然のことに、僕らは飛び上がりそうになる。ネイアを見れば、唇に人差し指を当てて、

「私たちは顔が割れていない。お前が出るんだ」小声でそう言った。

「でも……」

 もし仮に、相手があの男だったとして、中に入ってきたらどうするのか? ネイアは僕の言わんとすることを察したらしい。彼女はテーブルをずらし、カーペットを剥がすと、中から隠し扉が現れた。

 ネイアは鍵を開けると、カナデに入るよう促す。

「ここに食料と水が一週間分は入っている。念のためだ、隠れてくれ」

「そんな、ネイアは……?」

 ネイアが僕の方をちらりと見るなり、

「秘密を知る者は生かしておけない」それからカナデへと向き直る。「君の安全のためだ」

 扉を閉め、鍵をかけると、カーペットをかけ、テーブルを戻した。一応中から開けられるように、位置を少しだけ変えておく。

 また、扉がノックされた。

「居留守してみるか……?」ネイアが提案する。

「ここに居ることはわかってるんですよ、開けてくださあい」

 男の声に、僕はため息を漏らした。僕はノブに手をかける。ネイアは何かあっても良いように、ともう一丁の猟銃を取りに行った。僕は扉が開ききらないよう、足先で抑えながら、扉を開ける。と、フードを鼻まで深く被り、顔の見えない男が顔を出した。

「やっと開けてくれましたね」にこやかに言う。「ここは寒い……中へ入れてくれませんか?」

「申し訳ないですが」と、僕は残念そうな顔を作ってみせた。「中に他人を入れるのは嫌なんです。こちらから外へ出ますよ」

「そう警戒しないでくださいよ、私を疑っているんですか?」

「──山賊かもしれない」

「心外だなあ!」男は言葉とは裏腹に、手を叩いて笑った。「もしそうなら、仲間がどこかに居るはず。私はひとりで来たりしませんよ」

「そうかな。もし僕が貴方なら、まずは家を下見するかもしれない。相手が籠城でもすれば面倒だから、警戒されないようにひとりで訪問する」

「なら、私は失敗ですね?」

「ええ」

「これからどうするか、わかりますか?」

 そう言って、男は僕を睨む。ぞっとした。ようやく彼の本性が現れたのだ──僕は瞬いて、扉を閉めようとする。瞬間、窓ガラスが割れたかと思えば、ふっと息を吐くような音がして、壁に穴が空いた。男は即座に足を入れてくると、扉が閉まるのを阻止する。

 隙間から銃口が覗いたかと思うと、僕へ向けて引き金を引こうとした。それは短銃だった。僕は咄嗟に扉で彼の手を痛めつけると、あらぬ方向に撃たせる。男は尚も扉を開けようと押してきて、押さえつけるのに大変だった。

 ネイアが窓から外を睨みつけるように観察すると、おもむろに銃を構えたかと思えば、引き金を絞る。乾いた音が響き渡り、どこか遠くから悲鳴があがった。僕は猟銃を背中から取り上げると、扉越しに撃ち放つ。男はぐっと声を漏らすと腕を戻し、扉は完全に閉められた。

 鍵をかけて、扉から離れた。風穴から男の声がする。

「まだ撃つんじゃない! 攻撃をやめろ!」誰かに向かって叫ぶように言った。「くそッ……これだから賊は嫌いなんだ……。おい、そこに居るあんた。私の声が聞こえるか?」

「聞こえる」

 僕は何があっても良いようにと、銃口を差し向けながら返事する。ネイアを確認すると、彼女は部屋の奥から顔だけ覗かせていた。目が合うと頷いて、扉の方を指差す。目を離すな、という意味なのだろうと理解した。

 男は諦めたように息を吐くと、

「わかっただろう。こちらには仲間が居る。観念するんだな」

「観念も何も、襲われる理由がない!」

「本当にそう思うか。ここに居るんだろう? ……不老の女が」

「そんなものは居ない、噂を真に受けてどうするんだ」

 男は笑いを噛み殺しながら、立ち上がったようだった。それまで座っていたらしい。穴越しに赤い何か──多分、血溜まりだろう──を見つけ、彼が負傷していることを悟った。

「噂じゃあないさ。本当に居るんだよ」

「だからどうしたって言うんだ」僕は負けずに言い返す。「見つけて、どうするつもりなんだ」

「さあね。それは見つけてからの問題だ。それはさておき、居ないんなら中を見せてくれよ。納得したら、私たちはすぐに引き返す」

「信じられるか……! 山賊を引き連れているんだろう、こんな状態で、開けられるわけがない!」

「平行線だな。交渉は失敗だ」

 不意に、ネイアが外へ向けて何かを撃ち放った。僕は何だと気になってそちらを見る。男も困惑したような声で、

「今、何を撃った……? あれは……そうか、信号弾だな? 仲間を呼んだ、というわけか」

 仕方ない、と彼は声を落とした。舌打ちして、腹に手を当てたのが見える。

「ネイア……」僕は呼び掛けた。

「こうするしかなかった」彼女は覚悟を決めたらしい。猟銃を握りしめて、「彼女の存在が知られてしまえば、混沌が招かれる。命に掛けて秘匿しなければいけない」

 それは僕に対する説得ではなく、彼女自身に向けて独りごちたようだった。僕は静かに頷いて、わかったと返事する。

「仲間はいつ来るの?」

「さあ……わからない。こればかりは、運命に祈るしかない。助けが来るとも限らないし、私たちで最善を尽くすしかないだろう」

 深く息を吸い込み、ふう、と息を吐く。

 僕は男に向けて呼び掛けた。

「そちらが引かないなら、僕は徹底抗戦するつもりだ」と。

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