第十話
十二月も下旬になり、後僅かで新年を迎える。姉の真実が知らされてからというもの、同じ秘密を抱えるもの同士、より仲が深まったような気がした。それは血こそ繋がらないものの──また、本物のそれを知らないが──まるで擬似的な家族のようなものに思われる。
ある日夜中過ぎに、ベッドで横になっていたところをネイアに起こされた。と言っても、トラウマの所為で寝付きは悪かったから、起きていたところへ鉢合わせた、と言うべきかもしれない。彼女は僕を見るなり、酒瓶を手に目を煌かせる。
「語り合わないか」
「え……何を?」
「何だって良いじゃないか。腹を割って話そう」ネイアの口元から、微かに酒の臭いがする。
「まさか酔ってる?」僕は呆れて、苦笑した。
「夜はそういうもんさ」
「初めて知ったな。辞書にはなかったし」
「辞書に現実は写せんよ」
ネイアはにこにことしながら扉を閉めると、蝋燭に炎を灯す。月明かりよりも朧気な光に、彼女の顔が浮かび上がった。それからカップをふたつ持ってくると、酒瓶から中身を注ぎ入れる。
ネイアは水のように自分の分を一気に飲み干すと、もう一方のカップを僕に手渡し、さあ飲めと言って手真似した。
「まだ未成年なんだけど……」
「辞書に書いてある通りなら、私もだ」
「いや、この場合はレベルで計算するんじゃあ」
「んな難しいこと言うなって」
「難しくないよ、全然難しくない」
話しながら、目が冴えてしまった。僕はカップの臭いを嗅ぐと、迷いあぐねて唸る。
「何を迷ってるのさあ、真面目ちゃんだねえ」少しずつ声が大きくなる。「私が飲めと言ったら、飲め!」
駄目だ、悪酔いしている。僕は冷や汗をかいて、
「ちょっとちょっと……、もう少し声を小さく……」
「何でえ?」ネイアは不機嫌そうな顔をしてみせた。
「カナデは寝てるんでしょう?」
「スースー寝てたさ。スースーね、スースー」
「わかったわかった」
「スースー寝てたすー」楽しそうにくつくつと笑いながら言う。
「わかったって」釣られて僕も吹き出した。「それで……どうしたのさ? 何か言いたいことか聞きたいことでもあったの?」
「だからそれは酒を飲んでからだ」
「僕は飲めないって──うーん、堂々巡りだなあ、これは」
酒を飲むよう要求するのは、果たして悪酔いの所為だろうか。僕には何故かしら、そうは思えなかった。確かに飲んではいるが、どこか酔ったフリをしているように見えるのだ。酔いの感覚は記憶から呼び起こせるから造作もない。……のではないか。僕は飲んだことがないのでわからない。
……問題なのは、いったいどうしてこんなにも無理やりに押し付けてくるのか、ということだ。もしかすると、酒がなければ話せないことでもしようとしているんじゃないだろうか。本当なら彼女のために、ここは乗ってあげるべきなのだろう。しかし──
はあ、とネイアは口角を上げながら、ため息をついた。
「安心しろよ、ソウ。中身は水さ。酒ならとっくにない」彼女は酒瓶を掴み、傾けながら、透明な液体に眼差しを向ける。「酔いたい気分なのさ、今夜は。酒でなくても良いから、雰囲気だけでもそういうのが欲しかった」
「何かあったの?」
僕は話が飲み込めず、単刀直入に聞いた。ネイアはいやと言って、首を振る。水を口にしながら、顔を紅潮させた。酔いの記憶を思い出しているのだろう。思い込みによって、強制的に酔うと、
「幾つか言わなければならないことがある」
躰に緊張が走って、僕は居住まいを正した。ネイアは困ったように微笑すると、そう深刻な話じゃないと穏やかに言う。
「カナデの秘密だが──これを知っているのは私たちだけじゃない。グリットとミルドレッドがほら、前に来ただろう……彼らにも伝えてあるんだ」
「協力者というわけだね」
相槌を打つとともに、勇気を出してカップに口をつけた。それは確かに水だった。ネイアは微笑ましいといった様子で僕を見つめると、
「まあそんなところだ。仲間は多いに越したことはない。それに、もし私に何かあったときのために、カナデの行く当てを用意してやりたかったんだよ」
「何故、それを僕に……」
ネイアは目を伏せて、「私の寿命じゃあ、カナデを見届けることができない」
「見届けるって、何を?」
「カナデはここに居て良い人間じゃない。彼女にとって、ここは危険過ぎる。私たちからすればまるで不老長寿のそれじゃないか。もし秘密が知られてしまったら、彼女の身が安全とは限らないだろう?」
「それは、そうかもだけど……考え過ぎなんじゃあ」
「そうかな」ネイアは酒瓶を持つと、そのままくびくびと音を立てて飲み込んだ。呆気にとられて目を離せない。ぷはあ、と息継ぎしてから、ネイアは袖口で口元を拭う。「私は元兵士だったからわかる。賊のような下衆にはそんな理性的な考えはない」
僕は彼女の話に頷く一方で、元兵士だったと言うことを知って驚愕した。ネイアは意外そうな顔つきをすると、
「そうか、話してなかったか。ミルドレッドやグリットと出会ったのは訓練学校でのことだ。そこで私は仲良くなった。卒業してから仕事は別々だったがね、母が死んだとあって、とんぼ返りしたのさ」
「そうなんだ……」
「何をそんな神妙な顔してるんだ」
かっかっかっと笑ってみせるネイアに、髪の毛をかき混ぜるように力強く撫で回され、僕は首を竦めた。もしかして、本当に酔ってる……? と思い、恐ろしくなった。
と、突然力が抜けて、ネイアが僕を抱き寄せる。何事だと顔を見上げると、彼女の表情は真剣そのものだった。
「なあ、ソウ。これは私からの勝手なお願いなんだが──私の身に何かあったら、代わりにカナデを見届けてくれないかな」
すべて言うとネイアは僕から離れ、渋い顔をさせ、数秒考え込んだ後に自らの頭を掻き毟り、今のなし、と口を真一文字に閉ざした。
「これは重荷だな、忘れてくれ」
「忘れられないよ」
ネイアは口だけで笑ってみせる。
「悪かったね、神聖な夜を邪魔しちまって。……まったく、夜には秘密を打ち明けたくなる何かがあるな」
それじゃと言って、酒瓶と一緒にネイアは退散する。扉が閉められる前、僕は彼女の背中へ向けて、
「僕に任せて欲しい」
ネイアは振り返ると、目を丸くさせ、それから寂しそうにありがとう、と微笑んだ。