【伍の章 『神』の操る力、即ちこれ『神通力』なり】
『本日 私情により臨時休業』
シトシトと雨が降り始めた昼下がり。
梅雨独特の蒸し暑さが立ち込める中、俺は急ごしらえの張り紙を、店頭の片引き戸に貼り付けた。
蓄積したホコリと排ガスでくすんだ、昔懐かしい木製戸にはめ込まれたガラス。
その向こうに、少し前までキッチンだった場所が見える。
かつて壁があった向こう側では、両親が生前に植えた紫陽花が今年も見事に咲き誇っていた。
「では、我々はコレで撤収します。何かありましたら直ぐにご連絡を」
「あぁはい! すいません! ホントお騒がせしました!」
現場検証を終えた警察の方々に深々と頭を下げ、車両が走り去るのを待つ。
トヨ渾身の『にゃむっ‼』によって、キッチンでは大爆発が起こった。
幸いキッチン部分は家から庭側に飛び出た構造(ちょうど『凸』という漢字の出っ張り部分のような感じ)をしていたので、二階の床が抜け落ちたり、建物全体が傾く事はなかった。
もっとも居間から先は全て吹き飛んでしまい、その衝撃と音に驚いた近所の住人が通報したらしい。
爆発から数分と経たないうちに警察や消防がすっ飛んできた。
ところがいくら調べてもガスや水道、電気系統に異常が見られず、爆発の原因がまるで解らない。
そればかりか、隣接する建物にも被害が一切ない点や、俺の怪我も爆発とは無関係な事に、警官も消防も、様子を見に来ていた近隣住民も、一様に首をかしげていた。
よもや、神様による『神通力』とは思うまい。
ちなみに、トヨのことは黙っておいた。
心療内科に通院歴のある者が『神』を自称する招き猫の話などしてみろ。
それこそ精神を疑われる。
車のエンジン音もかなり遠ざかったのでようやく体を起こすと、ギャラリーの視線が俺に集まっている事に気付く。
過去の件もあって、不特定多数に注目されるのはかなり苦手だ。
昔と違ってパニックとまではいかないが、やはり若干の動悸と息苦しさに襲われる。
俺は早々に店内へと逃げ込み、後ろ手に戸を閉めて鍵もかけた。
更に目隠しのブラインドカーテンもぴっちり下ろし、外部から自分を遮断。
これで幾分か落ち着けるだろう。
が、採光が減った事によりもたらされた薄暗さと静けさは、キッチンの惨状をますます際立たせた。
改めて、居間の方まで溢れているガレキの山を見つめて途方にくれる。
「はぁー……、どうすっかなぁ……」
正直、まだ二日酔いと怪我からも立ち直れていないのでかなりしんどい。
片付けるにしても、何から手を付ければ良いやらまるで考えられない。
とにかく雨脚が強まる前に、ビニールシートか何かで応急処置しなければ、ドンドン雨水が入り込んできてしまう。
「學サマ、溜息を吐かれますと幸福が逃げてしまいよ?」
いつの間にか足元に、縛り上げて風呂場に放り込んでいた筈のトヨが何食わぬ顔で座っていた。
「諺でも『笑う門には福来る』とある様に、古来より笑顔には運気を高める効果、ガッ⁈」
「誰の所為だ誰のーッ‼」
謝罪もなければ悪びれた様子もない態度が頭に来て、俺はトヨを思いっきり蹴り上げた。
重そうな見た目に反して「にぎゃーッ‼」と叫び声を上げながら弓なりに飛んでいくトヨ。
しかしその行き先を目で追うと、売り場の奥側、ウッドチェストの上に置かれたアンティークティーセット(『39800』の値札付き)が‼
「あッ⁈ ちょっと待ッ‼」
気付いた時にはもう遅く、トヨはティーセットに直撃。
ティーセットは派手に砕け散り、破片が床に散乱した。
全く嬉しくないストライクに、今度は俺の方が声にならない叫びを上げて膝から崩れ落ちる。
「いったぁ~…。行き成り何を為さるんです!!」
一方、傷一つ付いていないトヨは怒りながら俺のもとに戻って来た。
それがますます腹立たしい。
「神を足蹴にする人間など、聞いた事が御座いませんよ⁈」
「黙れこの『化け猫‼』」
トヨの首根っこを掴み、頭突きを見舞ってそのまま睨み付ける。
怒りの方が勝っている所為か、額に痛みを感じなかった。
「俺は確信した! お前は『神』を騙ってるだけの低級な動物霊だと! 万が一に神様だったとしても『疫病神』か『貧乏神』の類だと‼ 早々にこの家から出て行け‼」
「にゃ⁈ 言うに事欠いて化け猫とはなんとご無体な! 確かに偶々招き猫の憑代故に『商神』としての責務を賜ってはおりますが、全盛期の吾輩とも成れば、霊験は【豪徳】の『御珠招福』や【今戸】の『石撫』にも引けはとりませんよ⁈」
「信用できるか⁉ しかも『全盛期の』ってことは、今は違うって事じゃねぇーか!!」
「はっ! 吾輩とした事が、余計な事を……」
トヨは咄嗟に口元を片手で押さえてそっぽを向く。
トヨが比較に持ち出したのは、どちらも招き猫伝説で有名なニホン有数の神社仏閣。
商売人のみならず、金銭に関わる願いを持つ者なら誰しも一度は訪れると言っても過言ではないし、そうでなくとも名前ぐらいは聞いた事がある筈だ。
もちろん俺も、店を引き継いだ直後に一度お参りに行った。
だがその双璧と肩を並べるというトヨの主張は、この数時間の出来事を鑑みるに無理がある。
「福を招くどころか、害ばかり招きやがって…。修繕費にいくら掛かると思ってる!」
「い、今はまだ本調子では無いだけで御座います! 本来の『力』を取り戻した暁には、必ずやお役に……」
コイツ……、この期に及んでまだ居着くつもりか⁈
それなら、コチラにも考えがある。
「出て行かないってんなら、今すぐ捨ててやる!!」
ちょうど明日は不燃物の回収日。
仕事柄、両親も生前言っていた『仕入れた物が曰く付きと判明したなら、処分するに限る』と。
こんな呪いの置物、一刻も早く処分してしまおう。
見ればおあつらえに、商談用テーブルの上にガムテープが置いてあるではないか。
ワレモノを捨てる時は安全の為に、テープでグルグル巻きにして『キケン』とマジックで表記するのがマナーだ。
「お、お待ち下さい學サマ⁈ 早まっては成りません! 神仏を存外に扱おう物なら、吾輩よりも高次の存在から神罰が下りますよ!」
トヨは足をバタつかせ、首の縄を掴む俺の手を必死に外そうとする。
小さい手の割には、なかなか力が強い。
「喧しい! ただでさえ金欠だってのに……」
「何です、たかが穴の一つや二つ!」
トヨは「そんな物はですねッ!」と言って振り子のように体を振り、遂に俺の手から抜け出した。
そして売り場から小上がりになっている居間に駆け込むと、キッチンを吹っ飛ばした時と同様に柏手を打った。
アッという間の出来事に、止める暇もなかった。
また何か爆発すのではと、思わず両腕を顔の前で交差させて身構える。
ところが、静かな店内の隅ずみに響き渡るキーンッという澄んだ音は、明らかに先程の柏手とは違った印象だった。
現に、今回は何も起こらない。
‥と、思って安心したのも束の間、ガレキがカタガタ震えながら一つまた一つと中に浮き上がり始めたではないか。
今度は何だというんだ、もうハプニングは間に合ってるから勘弁してくれ!
「『瓦礫と化したモノ共よ、己が役目を思い出せ! この家を形作った千載の歴史は、例え姿を変えようとその身に刻み込まれている筈だ!』」
トヨが威厳ある口調でそう唱えると、不揃いのガレキが次々に積み重なっていく。
たちまちトヨの目の前には、まるで石垣のような『壁』が形成され、それが元キッチンと居間の境界にピッタリと収まった。
「うむ、流石は我輩! これぞ神の妙技!」
一仕事終えた様子で両手をパンパンと弾き、トヨは腰に手を当てこちらを振り返る。
俺も居間に上がり、恐る恐る押すなどして体重をかけてみた。
ビクともしない。
隙間風なども無く、応急処置という面では十分な出来と言えるだろう。
ただ見た目はどうみてもガレキの寄せ集め。
木材や石材、更には割れた食器やガラスも全部一緒くたに折り重なっている。
所々鋭利な部分もあるので、やはり早急にちゃんとした業者へ修理依頼を出さなくては駄目だ。
「さぁコレで雨風は入ってまいりません! 如何です? 崇敬して頂いても良いんですよぉ?」
自信に満ち満ちた様子で俺を見上げるトヨの無機質な目が、まるで輝いているように見えた。
実に恩着せがましい、そもそもの原因はお前だろうが。
あいにくと褒める気は一切ない。
「‥はぁ。取り合えず、床掃除から始めるか……」
感想、批評、いいね、ブクマ、よろしくお願いします!
僅かな反応も、創作家には無限のエネルギー!!