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【肆の章 豊福招来猫多大明神】

「吾輩、名を『商神(あきないがみ) 豊福(とよふく)招来(しょうらい)猫多(みょうた)大明神(だいみょうじん)』と申します。この度、縁あって學サマに憑かせて頂く事と相成りました。どうぞ『トヨ』とお呼下さいませ」

 キッチンに隣接する居間の和室にて、座布団に座った招き猫改め、トヨはきちんと前足を揃えて向かい合う俺に深々頭を下げる。

 トヨから手渡された救急箱で怪我の治療中だったが、思わずこちらも手をついて「コレはご丁寧に……」と頭を下げた。


 人付き合いにおいて、初対面での挨拶は第一印象を左右する重要なやりとりと言える。

 この丁寧さは、担当の村井君に是非とも見習って欲しい物だ。

 今でもありありと思い出す。

 初顔合わせの場での、馴れ馴れしい態度とタメ口っぷり。

 年上に対して()(へつら)えとまで言うつもりはないが、出版業界には気難しい人も多い。

 もう少しTPOは弁えた接し方を覚えたほうが、彼の今後の為ではなかろうか……。


 ‥って違う! 今そんな事はどうでも良い!

 何だ、この奇妙な状況は⁈


「ではご挨拶も済みました所で、吾輩は御勤(おつと)めの続きをば……」

「待て⁉×4」

 さも当たり前のように二足で立ち上がり、居間を出ようとするトヨの胴体を掴んで引き止めた。

 トヨは「はい?」と、さも不思議そうに振り返る。


「いや『はい?』じゃないだろ! 色々ツッコミ所が多すぎる! なんで焼物の猫が平然と喋って、しかも生き物みたいにヌルヌル動いてる⁈ お前アレか、凄く精巧なロボットか何かか⁈」

「カラクリではなく『神』です。『か』しか合っておりません。確かに我が身は焼き物、なれど神通力をもってすれば、憑代(よりしろ)を操るなど造作も御座いません!」

 両手を腰に当て胸を張り、トヨは得意げな様子で「フフンッ!」と鼻息を吐いた。


「……OK、百歩譲って神様だとしてだ。なんで、そんな存在がうちに居る?」

「な、なんと! 覚えていないと申すのですか⁈ 吾輩を手篭(てご)めにしてココに()(さら)ったのは、他ならぬ學サマだというのに!」

「て、手篭め⁈ 攫っただぁ⁈」

 随分と人聞きの悪い事を言う神様だ。


「お忘れならば、仕方がありませんにゃ……。ここは一席、お話しするといたしましょう!」

 トヨは再び座布団に座り、目の前で拍手を打つ。

 陶器同士がぶつかる『カチンッ』という硬い音が居間に響いたと思うと、トヨの体がいきなりまばゆく輝く。


「學サマとの出会い、それは吾輩にとって(まさ)に運命的で御座いました」

 光が収まると、トヨは赤い唐草模様の半纏(はんてん)に、身の丈にあった小さい釈台(しゃくだい)(みかん箱くらい?)。

 手にはミニ扇子と、さながら講談師のような装いで座っていた。


「時は遡りまして()の刻、未明の事で御座います」

 トヨは扇子を使い、台をパシッと叩いた。


「突如として響いた雷鳴を想起させる『ゴォーッ!』という音と共に、吾輩は強い衝撃に襲われました。気付けば我が身は社の外へと弾き出され、ゴロンッと地面に転がり()でてぼう然自失。寝込みの事に混乱してしまい、身動きする事も忘れておりました」

 その時の様子を再現したいのか、トヨは台の上に横たわって転がってみせた。


 本当の猫ならさぞかし可愛らしい仕草(しぐさ)だが、ずんぐりむっくりの無機物が身をくねらせ、これまた無機質な目で俺を見つめている。

 神様(仮)にこう言っちゃあ悪いが、地味に不気味だ。


「ところが程なく、不浄(ふじょう)なる手によって吾輩は抱え上げられます。我が憑代を拾いたるは、酷く草臥(くたび)れた様子のみすぼらしい男…。即ち、學サマで御座います」

 仰向けで寝転がった体勢のまま、トヨは扇子の先端で俺を指す。

 悪かったな、みすぼらしくて。


「この憑代に御霊入(みたまい)れされて久遠(くおん)の月日…。久しく信仰を失い、神格も地に落ちて後は朽ち果てるのみと覚悟していた吾輩の元に、救いを求める學サマが現れた事。これを『運命』と言わずして、なんと申しましょう!」

 トヨは跳ね起きて、台の上に仁王立ち。

 首から下げた小判をむしり取り、俺に向けてズイッと突きつけた。

 さしずめ時代劇に出てくる某ご隠居さまの家来が、家紋の入った印籠を掲げるシーンだ。


吐瀉物(としゃぶつ)とはいえ、おびただしい酒と供物(くもつ)をこの身に浴び、血まで捧げられた事で『血の(ちぎり)』も結ばれました。なれば神としての勤め、果たさぬ訳には参りません! 首に()けたるこの小判に()けまして、學サマの『願い』を必ずや成就させてみせましょう! 大船に、いや宝船に乗ったと思って下さいませ!」

 威勢の良い口調と大声が、未だ治まる気配のない頭痛にキンキン響く。

 出来ればもう少し小さな声で喋ってほしい。


 だがトヨの語りを聞くにつれて、痛みの彼方(かなた)にうっすらと記憶が(よみがえ)って来た。

 ひどい酔い方だった上に暗がりだったので、何を抱えているのかさっぱり解らなかったが、まさか招き猫だったとは……。

 あの時は、喉が胃液で荒れる程ただひたすらに吐いて、声が枯れるほど喚いて、地面を七転八倒しながらも、とにかく何かにすがらずにはいられなかった。

 結局は抱き心地の良いトヨを手放せずに帰宅して、ベッドで力尽きてしまったという事か。

 我ながら情けない。


「……いやちょっと待て? 俺、帰ってからそのまま二階に上がらなかったか?」

「はい、吾輩を(いだ)いたまま床に伏せ、大鼾(おおいびき)をかいておりましたよ? いやはや、誰かに抱きしめられながら添い寝の経験など無かったので、吾輩思わず(ほう)けてしまいました……」

 トヨは首の荒縄に小判の止め具を繋ぎ直しながら、モジモジと恥ずかしそうに顔を伏せる。

 女性ならいざ知らず、置物にそんな反応をされてもまるで嬉しくない。


 それはともかく、俺は起きるまで一度もキッチンには近付かなかった。

 つまり俺にキッチンをこんなすることは不可能という事だ。

 となると、犯人は……。


「お前か? キッチンをこんなにしたの?」

 俺の唸るような声に、トヨの全身がビクッと跳ね上がった。

 動揺して手を滑らせたのか、小判が床に転がり落ちる。


 慌ててソレを拾おうとするトヨの様子は落ち着きがなく、まばたきするたび、絵の具で描かれている筈の目が左右に泳いでいる。


「そ、そのぉ……、流石に吐瀉物と血に塗れた姿では御勤めに支障があったので、(みそぎ)の為にお台所をお借りしたのですが、なにぶんこの手なので、蛇口の回転弁の制御が……。よもや昨今の洗剤が、あそこまで泡立とうとは……」

「艶出し剤は?」

「お陰様で、艶々で御座います……」

 先ほどまでの堂々とした語り口とは打って変わり、急に尻すぼみで歯切れ悪い口調になるトヨ。

 今度はテレではなく、ばつの悪さから顔を伏せているようだ。


「で、ですがご安心を! 今まさに、ココを片付けようと思っていた所で御座います故! 何、吾輩にかかれば一瞬にして元通り! 損失も直ぐに取り戻せましょう!」

 ようやく小判を付け直した(かなり曲がっている)トヨは、足早にキッチンに向かうと合掌。

「にゃむにゃむ…」と呟きながら、両手をこすり合せる。


 するとにわかに、トヨの周りで風が吹き始めた。

 風は徐々に強まり、キッチンに溜まっていた泡を次々に窓の外へと吹き飛ばし、更には床に広がっていた水を巻き上げてキッチン内でグルグルと渦巻く。


 ファンタジー全開な光景に、俺は思わず「おぉ……」と言葉を漏らした。


「フッフッフッ! 如何ですかな學サマ? これぞ我が力!」

 首だけをこちらに向けて、ドヤ顔(をしていると思われる)のトヨ。

 確かにこれは凄い。


 凄い、のだが……。


「ちょっと風が、強すぎやしないか⁈」

 風は瞬く間に竜巻のような勢いで吹き荒びはじめ、泡や水どころか窓を枠ごと吹き飛ばし、椅子や食卓、戸棚の中身などなど、キッチン内のありとあらゆる物を舞い上がらせていく。


「お、おやや? こんな筈は……」

 予想外の状況らしく、トヨは再び祈り始める。

 

 しかし風は治まる所か一層強まり、まるで止まる気配がない。


「うぉあっ⁈」

 天井や壁で跳ね返った包丁が、居間の側にまで飛んで壁に深々と突き刺さった。

 トヨはそれを見て「あわわ…」と声を震わせた。


「ち、違うのです! 吾輩、力を振るうのが余りに久方ぶり過ぎまして⁈」

「い、言い訳は良いから、早く止めろーッ‼」

 俺は座布団を頭に被り、飛来物を防ぎながら叫ぶ。


「は、はい只今! えぇと、えーと……。にゃむっ‼」

 トヨが気合の入った声と共に拍手を打った瞬間、俺の視界は轟音と衝撃によって真っ白になった。

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