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【壱の章 落ち目の作家】

「‥平賀さん、コレなんスけどねぇ……」

 徹夜明けでようやく眠れたかと思えば、出版社からの呼び出し連絡で叩き起こされ、いざ到着してみれば小会議室で二人っきりの一時間半。

 赤ペン片手に唸り続けていた担当の村井(むらい)君が、ようやく口を開いた。


「悪くはないんスよ? いやマジな話。平賀さんが書くシリーズは固定ファンも居ますし、この内容なら出版会議も問題なく通ると思います」

 そう言っているクセに、村井君は不満げにペンでコメカミを掻く。


「『悪くはない』ってことは、何か文句があるんだろ? はっきり言えよ」

 睡眠不足とタバコを吸えないイライラが、口をついて出てしまう。

 ここ数日、十歳も年下である君からの駄目だしを散々受けたし、校正された内容はもはやオリジナル部分の方が少ないくらいだ。

 そこまでしてやったこの原稿の、ドコに不満があると言う?


「……これ始めて平賀さんに話しますけど」

ややもったいぶって、村井君は口を開く。


「自分がこの業界に入ろうと思ったの、平賀さんの本読んだからなんスよ? 特にコレ、俺の人生を決定づけた一冊と言っても過言じゃないっス」

 そう言って村井君がテーブルに置いた本を見た瞬間、俺は全身に鳥肌が立った。

 頭皮が異様に痒くなり、喉と胸には強烈な異物感が襲ってくる。


 テーブル中央に置かれた、表紙がやや色褪せ、相当に読み込んだのか紙の繊維が毛羽立ちフチがふわふわになった文庫本。

 一昔前に流行ったファンタジー作品『アキハバラ裏街道 異世界道中記①』だった。


 著者名は『平賀(ひらが) (がく)』。

 即ち、俺の実名がバッチリ印字されていた。


「憶えてます? 平賀さんが若手の頃だから、二十五でしたっけ?」

「二十二だよ……」

「ま、歳はどうでも良いんスけどね? とにかく、この作品は最の高っスよ。主人公の抱く劣等感とコミュ障っぷりはオタクその物で、なにより場所描写の緻密さ。俺の知ってる場所なんかも出てきた時なんか、実際にアキバを歩いてる様な気分でしたよ! あ、そういえば作中、主人公がやたらケバブサンド食ってますけど、平賀さんケバブ好きなんスか? 言って下さいよ~、それなら今度差し入れで持って行きますから」

 前のめりで興奮気味に語りだす村井君とは対照的に、俺は思わず天を仰いだ。

 二〇代の若者を前にアラサーがみっともないが、気持ちが落ち着かず、本を直視できない。


「‥要はさ、何が言いたい?」

 ようやく思い出さなくなって来ていた忌々しい記憶が次々に蘇り始め、冷や汗と激しい動悸が止まらない。


 そんな俺の心情など知る由もない村井君は「あぁ、申し訳ないっス」と軽い口調で椅子に座りなおし、俺の黒歴史を自身の顔の前で掲げた。


「つまりですね? 当時の平賀さんの作品には、実体験や現場取材に基づいた『リアリティ』ってのが感じられたんスよ。だから読者も、日常の延長線上に作品を感じる事ができて『もし本当に異世界に繋がったら』ってワクワク出来たし、童心に返れた訳です。対して……」

 今度は新作の原稿束をペラペラめくり、とある所で手を止めた。


 四十七枚目、恐らく一番苦慮した町並み描写の所だろう。


「今の連載シリーズはファンタジー一辺倒。登場するのも架空の場所ばかりじゃないっスか。もちろん全部が全部、空想の産物だとは思いませんよ? この作風だって受けてますし、自分も嫌いじゃないっスから。ただファンの一人としてはですねぇ、やっぱ平賀さんの持ち味を活かした作品を読みたい訳なんスよ!」


「……悪いけど、今日はもう帰るわ」

 我慢の限界で居た堪れなくなり、荷物を乱暴にまとめて立ち上がった。


 俺の行動で流石に動揺したのか、出版社の正面ゲートを出るまで村井君がついて来てずっと何か声を掛けてくる。

 しかし精神的に不安定になっている俺には、村井君の言葉は『言語』というより単なる『音』としてしか認識できない。


 今は一刻も早く、あの本から物理的にも距離を取りたかった。

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