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【拾肆の章 言動注意】

 アズシナさんと別れて地上に戻った俺たちは、改めて『(えにし)』を確認しながらドームシティを一周してみた。

 しかしドームの敷地にこれ以上『縁』を感じ取れないと言うことで、俺たちはようやく本来の目的地、駅前の出版社にたどり着く。


 流石にこの時間帯になると正面ゲートは真っ暗。

 格子状のシャッターがしっかりと降りていて、普段脇に立っている守衛も既に居なくなっている。

 ただ入口より上の階層を見ると点々と明かりが灯っており、夜を徹しての仕事が続いている事が伺える。

 今月号の発売が明後日に迫っているので、その追い込み作業だろう。


「ムムッ! 来ました!『縁』をビシビシと感じます! さぁ、中へ参りましょう! ……學サマ?」

 社屋を見上げたままボーッとして動こうとしない俺の様子を訝しがるトヨ。


「どうなさいました?」

「‥ん? いや、何だかちょっと新鮮でな……」

 俺はトヨに追いつき、夜間用の出入り口を目指して歩き出した。


 自慢じゃないが、俺は原稿の〆切を破った事は一度もない。

 基本郵送だが、持ち込む場合は遅くとも当日の昼過ぎまでには仕上げる。

 夜になる場合も村井君が直接家に取りに来るので、普段、こんな遅い時間にココを訪れた事は無かった。

 波音と虫の声、たまに通るボートのエンジンや鉄道の発着音、建物の劣化具合、それらが暗がりとも相まって、社屋は何時もと違った表情を見せていた。


 そう言えばこの出版社の歴史も、ドームシティと負けず劣らず古いと聞く。

 本来は地上7階建ての立派な建物らしいが、当然水没している現代では3階層より下は海中。

 今は海面に露出した四階より上と、屋上に建て増しされた+2階層で経営が続いている。


 建て増し部分は看板広告も兼ねており、主力である複数のマンガ雑誌名が壁面の四面それぞれに表記。

 各雑誌で今一番人気のあるマンガのキャラクターが、思い思いのポーズで飛び跳ねている絵も添えられていた。


「……吾輩には、書物を上梓(じょうし)する社中(しゃちゅう)と言うよりも、絵巻物の上梓が主に映ります」

「まぁ、マンガ雑誌の出版社だからな」

 一見するとマンガ専門の出版社と思われがちな同社だが、実は小説部門もちゃんと存在している。

 ただやはりメインはマンガ雑誌なので、掲載スペースは本誌内でのマンガとマンガの間や巻末、別冊付録という形が殆ど、扱いの規模としては控えめだ。

 作品自体もマンガのノベライズ版や関連作品が主で、完全オリジナルの作品を書いているのは、所属している作家メンバーの中でも俺だけではなかろうか?

 そう考えると、よく今日まで連載を続けさせて貰っている。


現今(げんこん)には、絵巻物ではなく書物を主とする社中は無いのです?」

「小説メインの雑誌社って事か? もちろんあるぞ。漫画とラノベ、同等に扱ってる大手出版社だってあるし、そこから人気が出てアニメ化や映画化、ゲーム化されたりする作品だってごまんとある」

「なれば、そういった社中へ移籍なされば良いのでは? 名が売れれば、実入りも増えましょうに」

「簡単に言うなよ。拾って貰った恩義だってあるんだ」


 まぁトヨの言うことも尤もだ。

 作家の収入は主に、単行本化された時の印税と雑誌掲載分の原稿料。

 特に掲載分は文字数やページ数、クオリティによって結構振れ幅が大きい。

 正直、掲載できるページ数の限られた今の雑誌から得られる原稿料は決して多いとは言えない。

 それに物書きとして、もっと多くの人に読まれたいという承認欲求だって当たり前に持ち合わせている。


 しかし今のところ、俺に移籍の意思はない。

 というより、()()()()()が正しい。

 いくらペンネームを変えた所で、文章には書き手のクセや特徴がどうしても出る物だ。

 見る人がみれば、著者が『平賀 學』だと看破するだろう。

 まして小説雑誌を読むような人は、その手の観察眼に優れている。


 もし俺がまた執筆活動を始めたと世間にバレたら、今度はどんな目に遭うか……。

 過去を思うと、その可能性を上げるような行動は出来るだけ避けていきたい。


 もう一つの理由を挙げるとすれば、単純に俺の実力不足だ。

 出版社には、プロアマ問わず、毎日山のような量の原稿が送られてくる。

 その中から本誌の掲載にこぎつけられるのは、時の運と実力を兼ね備えたほんのひと握りの作品だけ。

 例えプロの書いた作品だとしても、実力が見合わないと判断されれば容赦なく切り捨てられてしまうし、連載ともなれば一定のクオリティの維持も求められる。

 そう考えると、ある種スポーツの世界に似ている。

 プロ選手でも実力が伴わなければチームから追い出されてしまうという訳だ。

 

 ブランクのある今の俺には、現状維持が精一杯だ。


۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞۝۞


 社屋の外周をぐるっと回ってたどり着いた夜間通用口にて入館手続きを済ませ、小説部門の編集室がある三階(水没してなければ七階)を目指す。


 通用口の警備室に詰めている警備員たちは、昼の守衛と違って俺の顔を知らない外部の警備業者だった為、こんな時間に子供をつれて歩いている事をとても不審がられてしまった。


『親戚の子と外食して、差し入れを届けに来た』

 という口実で何とか切り抜けたが、なんだか今も監視カメラで見られている気がする……。


 編集室までの道すがらトヨに『縁』を確認すると「気配が多すぎて解りかねます!!」と何故か自信満々に彼女は答える。

 まったく嬉しくない報告だ。


 考えてみれば、ココには今まで持ち込んだ原稿が全て収蔵されている筈。

 反応が多いのは当たり前だな。

 昨日立ち寄った場所に限定して探すにしても、先程不審がられた件もあるので、あまり二人だけでウロウロする訳には行くまい。

 やはり村井君に会って協力して貰おう。


 三階まで上がって建物の東に位置する角部屋。

『第三編集室(小説部門)』と書かれた張り紙が張り付いている木製扉をノックする。


 が、返答が一切ない。

 弱すぎたかとやや強めにノックしてみたが、ナシのツブテだ。

 仕方がないので「失礼しまーす……」と控えめに扉を開けて中を覗き込んでみた。


 部屋の中心には向かい合って並ぶ作業デスク4台と、窓を背にした位置にもう1台。

 合計5台がひしめく、こじんまりとした室内。

 しかし俺が上半身を丸々室内に突っ込んでいるというのに、みんな仕事に没頭しているのか、誰一人としてコチラを振り向こうともしない。

 ある者はPC画面をバッキバキの目で睨みながら黙々とキーボードを叩き、またある者は原稿束であろう紙にペンを走らせながらしきりに貧乏ゆすり。

 パーテーションで区切られたスペースからは、地鳴りとも思えるイビキが響いてきている。


 そもそも扉がノックされた事や、人が入ってきたこと自体に気が付いていないのかも知れない。


「……トヨ、お前はちょっとここで待ってろ?」

「‥? それまた、何故で御座います?」

「狭いってのもあるけど……、多分、中を見たら、お前またビビる事になるぞ?」

 アズシナさんの初見であの反応だったんだ。

 中にいる()()()()姿()()()()を一度に見たら、それこそトヨはパンクしかねない。

 ある意味、ヒトが少ない今の時間帯に来たのは正解かも知れん。


 俺はトヨから食料品を預かり、改めて「失礼します」と言って一人で入室。

 やはり返事はないが、姿の見えない村井君を探して彼のデスクに近付いた。


 机の影で見えなかったが、村井君は上半身をデスク下の空間に、足を通路側に投げ出して床に直で寝転がっていた。

 アイマスクと耳栓までしており、外部からの刺激を完全シャットアウトしている。


「村井君? ……村井君!」

 足で小突いて声を掛けるが相当深く寝入っている様で、村井君は一向に起きる気配がない。

 そこで俺は、彼の枕元に持ってきた大量のファストフード(特に肉系)を並べてみた。


 すると、彼の鼻がヒクヒクと動き出す。


「お肉だーッ⁈」

 程なく、村井君はトンでもない雄叫びを上げて飛び起きた。

 が、デスクの下にいた状態で体を起こした物だから、村井君のデスクが大きく跳ね上がり、その衝撃で、接していた全てのデスクが大きくズレてしまった。

 これには流石に全員作業を中断し、頭をぶつけて悶絶している村井君や、彼を変に起こした俺に対して「ちょっと止めてくれませんか!」とか「いい加減にしろよ、あんた等!?」などの叱咤(しった)が次々飛んでくる。

 俺は平謝りしながら、村井君と共にズレたデスクを1台ずつ定位置に戻していく。


「その何だ……。驚かせて申し訳ない」

「ひ、平賀さん、如何してココに? いや、それよりも無事だったんスね! あぁ、良かった……。ホント、マジで心配したんスよ⁉」

「『無事?』」


 興奮気味の彼の話によると、何度電話連絡しても繋がらないし、この前、俺の様子が可笑しかった事も気になって【ヨツヤ】の家まで見に来てくれていたらしい。

 ただタイミング悪く、爆発騒ぎで警察と消防が『ガス漏れの危険性アリ』と規制している最中だった為、家に近づなかったそうだ。


 路地からこっそり家の裏を見たら凄い事になっていて、俺の姿も見えなかった事から、てっきり自殺でもしてしまったのかと気が気出なかったのだと言う。

 

「心配してた割には、随分とグッスリしていた様に見えるんだけど?」

「流石に二徹で限界だったんで……。まぁ怪我こそすれ、無事な様で良かったっス。でも、それならそれで電話出るか折り返して下さいよぉ」

「いや、そうしたいのは山々だったんだけど『端末』をどこかに忘れたか落とし、」


「學サマご無事ですかーッ⁈」

 いきなり出入り口の扉が爆音を立てて吹っ飛び、せっかく元に戻したデスクに衝突する。

 室内は再び、いや先程以上に散らかった。

 

 果たして部屋に飛び込んで来た黒い塊はトヨ。

 彼女の頭には工事現場でよく見る黄色いヘルメット、両手には家の掃除に使っていた物と同じハタキとホウキを二刀流スタイルで装備していた。


 あまりの出来事に誰もがたじろいでいると、彼女は俺と村井君の間に割って入り、右手のハタキの先を彼に向ける。


「血肉に飢えた『獣』の咆哮が聞こえたかと思えば……、よもや()()が居ようとはな! 學サマに手出しする事は、この『(とよ)(ふく)招来(しょうらい)猫多(みょうた)大明神』が許さぬぞ!」

 トヨは更に、他の人たちにも「覚悟があらば掛かってくるが良い()()()よ!」と睨みを利かせ左手のホウキを構える。


 途端、村井君を含めた彼らの顔つきが目に見えて険しくなった。

 直前の騒々が嘘のように空気が重苦しく一変、殺気にも近いビリビリとした感覚が俺にも感じ取れる。


 これは、マズい!


「さぁどうした、来ないなら此方かッ、ぐぇッ!?」

「すいません! 直ぐ出ていきます!」

 俺はトヨがこれ以上喋らないよう、首に腕を回して絞めると、部屋から逃げ出した。


「が、學サマ、何を、」

「黙ってろ!」

 俺が本気で怒っている事を察したのか、トヨは黙って俺に引きずられていく。

 しかしなぜ俺が怒っているのかは解からないようだ。


 最悪だ……。

 多少の可笑しな言動は覚悟していたし、どうやってフォローするかを考えていたが今の発言は擁護(ようご)できない。

 よりにもよって彼ら――『ロプス』に面と向かってあんな事を言うなんて……。

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