【序開 朝】
【ご挨拶&概要など】
始めましての方は始めまして。
何らかの形で私の事をご存知の皆様は、毎度お世話になっております。
335でございます。
この度はご閲覧、本当に有難うございます。
本作はC99にて発行いたしましたが、一冊も売れなかった空想超未来ファンタジーSF【世界暦構想シリーズ『色々あって落ちぶれた作家が招き猫を拾ったら実は神様だったけど、ポンコツ過ぎて災難続きになった話』】の初版(同人誌版の物に少し加筆、誤字脱字などを修正した物)となります。
前作『水没都市~https://ncode.syosetu.com/n9814fl/』から時間軸は少し戻り、主人公も続投。
前作以上にコメディータッチな『日常系』に舵を切った内容となっております。
今回も短い作品ではありますが、ココでのひと時が、どうぞ楽しい時間でありますように……。
今日の目覚めは、近年稀に見る最悪な物だ。
『ガタンッ』という物音と振動に地震かとベッドから飛び起きて、慌てて枕もとの眼鏡を掛ける。
すると俺の目に飛び込んできたのは、ここ数日、寝る間も惜しんでコツコツ書き綴ってきた原稿束が、真っ黒な液体に浸っている現場だった。
床に転がるマグカップと、液体から立ちのぼる、普段ならかぐわしいコーヒーの香りと湯気。
そして仕事机から一定感覚で滴る雫は、この蛮行が行われて間もない事を物語っていた。
「あああーッ⁈」
自分でもビックリするような大声を発しながら、俺は原稿をコーヒーの水溜りから救い出し、床に脱ぎ散らかしていた服で水気を拭う。
白いTシャツがみるみる焦げ茶色に染まっていくが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
幸いにも救助が早かったお陰か、原稿は茶色く染色された程度ですんだ。
鉛筆書きなので文字がにじんだ様子もなく内容も読める。
かなり面倒だが、一枚ずつ丁寧に剥がして干せば何とかなるだろう。
「………」
原稿を拭きながら気になって仕方が無いのが、机の右側。
即ち、自室兼仕事部屋の南に面した窓に掛かるカーテンだ。
寝る前にはしっかりと閉じていた、二枚で一組のカーテンが片方全開になっている。
もっと言えば、引っ張られてまとまったカーテンが、あからさまに膨らんでいるのだ。
ちょうど、ヒト一人分。
強烈な太陽光に目を凝らしてみれば、カーテンの下から白い足袋が覗いていた。
「‥おい」
憤りを含んだ俺の声に、カーテンの膨らみが目に見えて反応した。しかし、返事はない。
取り敢えず原稿を安全な場所に避難させ、膨らんでいるカーテンに素早く歩み寄る。
そして勢いそのまま、布を引っペがした。
そこに人の姿はない。
代わりに床には、一体の大きな置物が鎮座していた。
漆黒ボディに点在する、花火をモチーフにした金色の模様。
左手を顔の横に掲げ、首輪には『大願成就』と書かれた小判をぶら下げた猫の瀬戸物。
いわゆる『招き猫』という奴だ。
俺は招き猫の頭を乱暴に鷲掴み、顔の高さまで持ち上げる。
「なんか言う事あるだろう?」
ドスの利いた声で、太陽光でテカテカと輝く招き猫を睨み付けた。
無機物に話しかけるなど、傍から見れば寝ぼけているのかと心配されるだろう。
しかし生憎と、その心配には及ばない。
ココは俺の家だから他人は居ないし、寝起きのまどろみは誰かさんのお陰で既に吹き飛んでいる。
なにより絵の具で描かれている筈の招き猫の目が、ゆっくりと左に泳ぎ、俺と目を合わせないようにしていた。
一度深呼吸して、招き猫を床に落とす。
うつ伏せ状態で転がった招き猫は、そのままズリズリとひとりでに移動を始めた。
よほど俺から距離を取りたいらしい。
「……フンッ!」
逃げようとする招き猫の背を、俺は思いっきり踏みつけてやった。
それはもう、怒りを込めてグリグリと。
と次の瞬間、焼き物である招き猫の口が開き「にぎゃー‼」と甲高い少女の様な叫び声が室内にこだました。
俺が力を込めるたびに、焼き固められている筈の手足や尾をバタつかせて「割れる! 割れてしまいますぅーッ⁉」と悲鳴を上げる。
「何て事してくれてんだ、この化け猫⁉」
「ま、待って下さい夫の君‼ コレには深い事情がぁ~‼」
「黙れ! 今日という今日は、もう勘弁ならん! 今すぐカチ割ってやる疫病神め‼」
「ど、どうか落ち着いて⁈ 早まっては成りません! あと、何時も申しておりますが、吾輩、神は神でも商神です故‼」
俺が足の力を弱めた一瞬のスキをつき、招き猫は足元からスルリと抜け出した。
猫らしい四足から、さも当たり前のように二足へとフォームを変え、更に『カチンッ』と硬い物がぶつかる様な音がしたかと思えば招き猫の全身がピカッと輝く。
光が収まると、招き猫の姿は、白い足袋を履き、置物の時と同じ黒を基調とした和服に身を包んだ少女へと変身していた。
「ハンッ! ヒト形態なら躊躇するとでも思ってんのか? 俺はお前が置物って知ってるから容赦せんぞ‼」
ペン立てからトンカチを手にとり、逃げ回る自称『神様』を追い掛け回す。
「わ、吾輩はただ、ここ数日の労をねぎらう為に、妻として珈琲を入れて目覚めのご挨拶をとッ!」
「言い訳すんなッ! 後、誰が『妻』だ誰がーッ‼」
「わっ! ちょっ! そんなご無体なぁ⁈」
おかっぱの黒髪をなびかせて、彼女は俺のトンカチ攻撃を紙一重ながら機敏に避けまくる。
対する俺はと言うと、ここ暫くのデスクワークと日頃の運動不足がたたり、既に息が上がって足元がおぼつかなくなっていた。
「待てこのッ……、てうぉッ⁈」
ついには床に脱ぎっぱなしのセーターに足を取られて、俺は盛大に尻餅をついてしまった。
手から離れたトンカチが腹に落下してきて「ぐぇ⁉」と、我ながら情けない声を漏らす。
彼女も走り疲れたのか、結局二人して床にへたり込んでしまった。
「‥マジでさぁ、勘弁してくれよ……。締め切り、今日なんだぞ?」
俺の意気消沈ぶりが流石に罪悪感を誘ったのか、彼女はようやく「申し訳、ありま、せん……」と息も絶え絶えに謝罪をした。
「し、しかし! 旦那サマにも非はあります! 何時も言っているでは御座いませんか、御召し替えの際には、ちゃんと籠に納めて下さいと! よもや吾輩も、足を滑らせて珈琲をひっくり返す羽目になろうとは……」
「はぁぁ~……。へいへい、悪ぅございましたねぇ……」
すっかり反論する気力も失せてしまい、立ち上がって背筋を伸ばす。
「それより、原稿干すから手伝えよ? 後、アイロンとドライヤーも持ってこい」
「畏まりました。ですが只今、朝餉の準備をしておりますので、先ずはお食事に致しましょう。やはり健やかな一日の始まりは朝餉からで御座います!」
「……ちょっと待て? お前が、朝飯を?」
「はい! 旦那サマへの愛情を込めまして、」
頬を赤らめて照れる彼女を無視し、俺は一階のキッチンへ駆け下りた。
火がつけっ放しだったのか、炎上しているグリルコンロ。
昨晩全て片付けた筈なのに、何故か洗い物で溢れかえっているシンク。
見るも無残な食材の成れの果てが散乱する床。
まな板に直立して刺さっている包丁などなど、そこには自室以上の大惨事が待ち構えていた。
「ふにゃー⁈ だ、旦那サマ、一大事ですッ! 火事ですーッ‼」
遅れてキッチンに入ってきた元凶は火柱に慌てふためき、呆然とする俺を激しく揺さぶる。
「おはよーございまーす‼ 平賀さーん、約束の原稿取りに来ましたーッ‼」
更にはこのタイミングで、鍵をかけていた筈の玄関引き戸が開き、担当編集者までもが威勢よく襲来する。
「・・ってうぉ‼ なんスかこの煙は⁈」
「ムライ殿ッ! お家の一大事、旦那サマの為にも何卒ぉ!」
「はっ、はははっ……」
あぁ、目眩が……。
あまりの惨状に、俺は笑う事しかできない。
部屋に充満し始めた煙の所為か、俺の視界はどんどん霞んできた。
揺さぶられるたびに脳裏を駆け巡るのは、この厄介で奇怪な同居人(断じて妻ではない!)と暮らす事になった、あの奇妙な数日間の出来事。
誰でもいいから聞いてくれ、この不運な身の上を。
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