表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雪月花

作者: 矢切恭平

 その日は雪……と呼ぶには雪らしくない。

 空は雲に覆われる訳でもない。

 隙間から晴れ間も見える。


 そう、雨に近い……みぞれだ。


 一番嫌いな水滴だ。

 雪みたいに避けずにくっつき、雨のように簡単に流れず、冷たい。その中を走る。触れる感覚をなるべく気にしないように……


 周囲はポツポツ家があり、都会のようにビルが並ぶわけでもない。しいて言えば、田舎にある山村だ。


 外は夕方から夜になりつつある時間。


 俺がどうして外にいるのか。

 ……付き合っていた彼女が別れの電話をしたからだ。

 理由は『幼馴染』。


 付き合って半年足らず。

 ……いや、そもそも恋と言えるものだったのだろうか?もしかしたら、最初からそのつもりだったのかも?


 考え方はいくらでもある。ただ、『裏切り』の方法を……脳内でマイナス思考だけを埋め尽くす。


 時間は特にかからない。五分くらい走った村の離れの場所に古びた公園がある。手入れはされているが、使ってる所は……通る限り見た事が無い。


 ざっと言えば、朝の登校時間、そして帰宅時間だけその道を通る。公園と想像すれば、親子、もしくは友達で来て……


 子供は砂遊び。


 大人は雑談。


 友達なら野球とかサッカーなど。


……であるのだが、なぜか人影を見た事が無い。あるとすればタバコの吸殻だが、たまに整備されている。


 公園内に入り、ブランコの椅子の部分に家から持ってきたタオルを乗せてそこへ座る。


 霙は出る前よりは降る量が減った気がする。しかし、俺は泣いてる訳でも無いのに霙が目元に付き、溶け始めて一滴となり、流れる。




 泣きたくなかった。



   その気も無い。



     周囲に他の人間はいない。



       そして近くに家も無い。




 それを確認すると……心が耐え切れず、泣いた。本当はずっと付き合いたかった。ずっと一緒でありたかった。


 付き合ったのは半年前。

 お互いの事を知らなかった頃は、すれ違った時は手を振ったり、二人だけの時は軽い雑談したり。それだけでも幸せに感じていた。その幼馴染の時間も含めたら数年はあった。


 その上で失恋した事が信じられなかった。





「ねぇ、大丈夫?」



「!!」





 気配を感じなかった……足音も聞こえた感じは無かった。

 気のせいかと思い、顔を袖で拭くと声のする方へ……振り向いた。


 そこには女の子がいた。

 肌は普通の色より白い。傘をしていない。服は長袖ではあるが薄着、そしてボドムズ。どう考えても冬場の服装じゃない。


 俺はあっけに囚われるが、女の子はそれを気にせずにしゃべりだす。


「辛そうだったね。一人でどうしたの?」


 質問されるが、俺には目の前の女の子が誰なのか解らず、会った事も無い相手だった為に失礼と思いつつも質問に質問で返す。


「ごめん。その前に……君は誰?」



「あ、そうだね。私は枝蔵えだくら めい。貴方は?」



「僕は、風見かざみ ゆう


 お互いの自己紹介が終わる。

 枝蔵さんの姿を見る限り、俺より少し背が高く見える。先輩なのだろうか?しかし、俺を知ってる女の子の知り合いなんて、指の数より少ないはずだ。

 気にしても始らないと思い、質問してみる。


「枝蔵さんは俺の事を知ってるの?」



「うん知ってる!名前では知らなかったけどね。少し前から、毎日見てるから」


 意外だった。勉強が出来るわけでも、運動に一目置かれてる訳でもない。ましてや、ちやほやされるような人気者じゃない。

 そんな俺を見てる人がいたって事が信じられなかった。


「それで?風見君は――」



「名前でいいよ。みんな苗字では呼ばないからね」


枝蔵にそう言うと、喜んでいた。

不思議なのは、楽しむ喜びが……そう、彼女に似ていた事だ。

だが、すぐに枝蔵は表情を戻す。


「優はどうしてここで辛そうにしていたの?」



「好きだった人と別れた。相手からそう、告白された」


そう言うと、立ってる状態から、俺の目線に合わせてしゃがみ始める。


「それって、本人と顔を合わせずに聞いただけ?それともちゃんと顔合わせて目を見たの?」


唐突だった。



『目を見て話す』



固定電話がある時代に、そんな言葉を口にするのは、学校の先生や親くらいのものと思っていた。

もっとも歳が近い女の子に言われる事が驚きだった。


「電話で……聞いただけだよ」



「そう。見えない相手の……ましてや声だけなら『本当の気持ちは聞けない』よ?いいの?それで……」


初めて会う相手、枝蔵……

どうしてそんなにすらすらと……と思った。


「優は彼女の声だけは聞いたのかもしれない。

けど、それだけだよ。

本音を確かめたの?ちゃんと目の前で確認しないといけないよ」



「直接会って、もう一度振られてこいって言ってるのか!?」


彼女の言葉にカッとなってしまった。

怒り気の言葉に彼女は黙って立ち上がる。

反転したと思ったら、背中向きのまま話し始める。


「そこにね、花があるでしょう?白いの」


枝蔵は後ろ向きのまま、右手の指された方向には、確かに白い花があった。

茎に近い部分こそピンクに近い色をしていたが基本的には白かった。

霙が降っていたせいか、それとも夜の暗さになれたせいか、月の光でゆらゆら動くその花が綺麗に見える。


「それを渡して、優の気持ちをちゃんと伝えたらいいと思う」



「伝わる、かな?」



「大丈夫だよ。その花はシクラメン。花言葉は____」



『そう、白いシクラメンは____』





「『清純』」





僕は知っていた。ちょくちょくテレビで花言葉の話が出るニュース番組を見ていた。

今日偶然なのか、シクラメンの話をしていた。

色による違いがあるのは過去にもいくつか紹介されている。



「もし、本当に別れ話ならどうする?」



「その時は私が優の事、奪っちゃおうっかなぁ~」


後ろ向きの枝蔵が、笑っているように見える。

俺は不思議に感じていた。

枝蔵の言葉が……いや、彼女の性格なのか、俺には枝蔵こそが清純のように見える。


「ありがとう。君と話せて気持ちが整理出来た気がするよ」


お礼を言うと、枝蔵は上半身だけ俺の方に向ける。

その顔は喜んでいた。


「そう。良かった!……それとね、今日会った事は、誰にも言わないでね?特に彼女さんにはね?」


不思議な事を言われた。

学校でも会う相手のはずなのに……『内緒』?


「せっかく仲直りできるかもしれないのに別の女と居ました、何て言えないでしょ?」



ああ、そういう事か。

納得すると、「解った」と一言いい、ブランコから立ち上がり乗せていたタオルを回収しようとする。

掴む直前、ほんの一瞬だった。


「さよなら」


と言われた気がして振り向く。

そこに居たはずの枝蔵は消えていた。

走った音がなく、目の前から姿を消した、という感じだった。

だが、気にせずに声を出す。


「さよならじゃない、また明日だ!」


そう言うと、一度家に帰る。



その後、両手であれば軽く持てる鉢を持って、自転車に乗り、公園にあったシクラメンを見つめる。


「枝蔵……教えてくれて、ありがとう」


そう思いながら、白のシクラメンを鉢へ綺麗に入れた。


『美冬は居るだろうか?確かこの近くに……あった!』


探していたのは公衆電話。

そこに入り、お金を入れて電話する。そして……


『はい、如月きさらぎです』


「あ、どうも。同じクラスの風見です」


出たのは、奥さんだった。

一応数回だけだが、優衣の部屋にお邪魔した事がある。

常と言うわけではないが、家で見かける事が多い。


『あら、優君?こんばんわ。美冬に用事かしら?』



「はい!居ますか?」



『ちょっと止まっててね』


待ち時間が長く感じる。

いつものように電話してるだけなのに、十円をもう一枚追加して待つ。


『優?どうしたの?私もう____』



「ごめん!けど、一度直接話がしたい!すぐに行くから」


少し間が空き、美冬がため息を漏らす。


『……いいわ、待っててあげる』



「ありがとう」


すぐに受話器を置いて、美冬がいる如月の家へと自転車を走らせた。

走ってる間、頭の中でよぎった言葉を思い出す。


『相手の目を見て話す、か。そうだよな。付き合う半年前まではそれが当たり前だったのにな……』


付き合い始めて映画を見に行ったり、遊園地で遊んだりしたが、ゆっくり話をした時間が無かった。


『もしかして……美冬の奴、不安だったのだろうか?』


そう思うと自転車を漕ぐ力を強める。



そして……如月の家に到着した。

駐車場に美冬の自転車があるのを確認する。

そして、鉢に入れている白のシクラメンを見てから玄関前から少し、ずらしてから置く。


「すみません!風見です!」


奥から人影が見え始め、戸が開く。

やってきたのは美冬だった。


「フッたすぐに来るなんて……やっぱり私に一筋?」


美冬の第一声は鋭かった。

顔を見ても嫌々そうな感じを出している。


「ごめん。けど、納得出来なかった。

色んな所に行く事はあっても、最初の頃と違ってたのを気が付かなかった俺が悪かったと思ってる」



「そう。それで?もう一度やり直したい、と?」



「それもある。けど、電話でしか聞かなかったから……美冬の本音かどうか、ちゃんと聞きたい」


そう言うと俺は、白のシクラメンを取り出す。

前に出すと美冬が驚く。


「嘘……これ、ここらじゃ見かけないシクラメン!?どうして」



「古びた公園で見つけた。美冬なら解るだろ?これを出す意味を!」


突如、美冬がその場に座り込み、顔が髪で隠れる。

前髪が長く、後ろ髪は短い。

全体的な見た目は短めの髪も、顔が下へ向くとその表情が隠れてしまう。

そして……


「優の性格が出てるよね。本当に……どこまで一筋なのよ……」


そう言いながらも、さっきまでの刺々しい言葉と変わり、泣き声が混ざったかのような言葉を出す。

その声は、俺が始めて話していた優しさに溢れてた美冬の声だった。


「美冬にこれをあげる。それが今の俺にとって美冬に出来る精一杯のプレゼントだよ」



「バカ。これじゃあ私が悪者じゃない!電話の話は嘘で、優が私の事飽きてると思ってたから……!?」


美冬がいい終わるまでに、鉢を置いて、ゆっくり抱きつく。

美冬の両手が軽く俺の胸元を叩きだす。

何度も、何回も、それでも謝っているような感じがした。

手が止まると、ゆっくり離れる。


「優……嘘ついてごめん。性格を知ってても、信じ切れなかった」



「俺は逆に美冬が裏切った、と思い込んでた。お互い様だよ。けど、やっぱ不安にさせた分俺が悪い、かな?」


美冬が涙を出しながら苦笑すると、両手が前に出る。

さっき置いたシクラメンの鉢を美冬に渡す時、俺は言う。


「これからもよろしく、美冬。メリークリスマス」

今回の恋愛は、あくまで濃い話ではなく、第三者として関わった枝蔵 瞑が軸になってます。


優と美冬は気持ちのすれ違い程度の喧嘩って程度の設定です。


ではなぜ、瞑が軸なのか?

それについては皆さんからの答えを聞きたいですので、ネタバレはコメントくださった方の中で、

正解が出た時、それが全貌?と思ってください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ