旅は道連れ世は情け
「それにしてもいつの間にかこの様な宿が。宿の作りといい、庭の景観そしてこの料理。やはりロクサーヌ様に繋がる皆様の・・・」
「まあまあ、ご隠居。それはまた後ではなしましょうぞ」
マーモは既にご隠居と言われていた。マーモのお猪口に日本酒を注ぐタロスケ。
それでも話しをつづけるマーモ。
「弥助殿の仕業と睨みましたが如何ですかな」
「はは、さすがご隠居。まあ、弥助と言われればそうなんですが、この前話した《黄金郷》の方の弥助が我等のためだけに仕出かしたことゆえ私も知りませんでした」
「なんとまあ、《黄金郷》様が直接我等のためだけに成されたことでありましたか。ありがたや、ありがたや」
女将がマーモの前に正座をしながら酒を注ぐ。
「本当に有り難い事です。人族の中で生きていけずアニマ共和国へと移住するさなか追っ手に襲われ夫は殺され子供と共にさらわれそうになっていたところを弥助様という方から頼まれたメイドの皆さんに命を救っていただいただけでなく夢のような生活までさせていただき感謝してもしきれません」
女将は獣人族との和解を勧める元貴族の伴侶であった。結局、獣人族の土地を狙う貴族達に嵌められ親族諸共アグリス帝国を追い出され、追い討ちをかけられたのであった。
弥助の顔はともかく名がまた売れたのであった。
「しかし何ですな、客が我らだけというのもちと寂しいですな」
「まあ、我らの為だけに作った旅館のような話しでしたし」
女将が少し悲しそうな顔をする。
「そうですな、ここは景観も素晴らしい上に旅館もよく運営されております。是非とも多くの方に利用してもらうのが良いのではないでしょうか、タロスケ殿」
「ご隠居は旅館の経営はされておるのかな」
「いやいや、しょせん田舎の商会。この様な立派な旅館など手に負えません。ですが運送も商売としてやっておりますので何かお役にたてるのではと」
ルークを布団に寝かしつけたユミが話に割り込む。
「だったら旅行業をやってみない。馬車は私たちがいくらでも用意するし護衛はこの前助けてあげた冒険者に話をしてみようよ」
「旅行業とはなんでしょうか」
「旅を仕事にするのよ、お金を貰ってみんなをここに案内するの。温泉に病院、おいしい食事、綺麗な旅館に礼儀正しい従業員たち。十分売りになると思うの」
「仕事や里帰り、冒険でなく遊びや療養で旅ですか」
旅というのは商人や冒険者や国の重要任務である地図作成者がするものだと思いこんでいたマーモ。
ここは聖地ロクサーヌからおおよそ120キロ、乗り継ぎ馬車で6時間もあればくることができる。しかも《黄金郷》製造の最高に乗り心地の良い馬車につかれを知らないアンドロイドの馬。
「また仕事が出来ましたな。有り難い事です」
この後マーモの知り合いを何人か旅館に招待し、評判が口コミで広がって大勢の客で賑わい、幾つもの温泉旅館と従業員の子供の中から生まれた医師や看護士で運営する病院が生まれた。
更にそこを中心として商業、工業、農業が発展し大きな都市となっていった。
マーモがそこを統治する領主から貴族として推薦されたのが少し遅れてしまった事もあったがそれにはマーモ自身が固辞していた理由もあった。
すべてはロクサーヌ様のお導きなのだからと。
マーモが貴族になったのは彼が亡くなってからであった。




