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「……明歌の病気も心の問題から来たものだったのか」
隼優は明歌が血管炎を患っていた時のことを尋ねた。
「人間の病気はおおむね、無意識がからんでいる。そこに気がつかなければ改善は難しい。ただ、明歌ちゃんの場合は特にその傾向が強かった」
「俺は、あんたが明歌を治したから、あんたを信用してたんだ! なぜ彼女を危険にさらす!? 彼女の力を隠さなければ……!」
「──もう遅い」加納が隼優の言葉をさえぎった。
「わかるだろう? 隼優。少なくとも、明人くんをケガさせた機関はもう明歌ちゃんの能力を知っている。だから、明歌ちゃんの家族にまでコンタクトをしてきたんだ」
「だからって……明歌にあんたと同じ道を歩ませるつもりか! あんたが狙われないのは世界中があんたの能力を必要としているからじゃないのか。だがその能力が突然なくなったらどうする? あんたはただの人間として、安全に生きていけるのかよ!」隼優は頭に血がのぼって、加納を殴らんばかりの勢いだった。
親友の明人も今は入院して動けないでいる。加納に怒っているのか、自分の無力さに失望しているのかわからず、混乱した気持ちの行き場がない。
「隼優……どんな人間だって、みな生きるリスクを抱えている。だからと言って、閉じこもって生きることはできない。本人がそれを望んでいれば話は別だ。言っておくが、明歌ちゃんは僕が治したんじゃないよ。うちへ通ったのは事実だけどね」
「まさか、あいつ……」隼優は何かに気がついたようだった。
「明歌ちゃんがこの先もずーっと、こそこそ隠れて生きたいと言うのなら、彼女はこの先もずっと病気だっただろう。自分を病気で動かなくしておけば、引きこもっていることに大義名分が成り立つからね。だが、生きる意欲も失い、生命力も低下したかもしれない。彼女が本当にやりたいことはできないから」
隼優はアメリカのレストランで明歌に言われた言葉を思い出し、そのまま押し黙る。
「実はね、私は誠と出会うことは予測できたんだが、明歌ちゃんが来た時は驚いたものだよ。まさか、こんな子が世の中に存在するとは、ってね。でも、同時にひどく悩んだ。どうすれば、この子を守ってやれるか、と。その鍵となるのは隼優、君と──」
その後、小一時間、加納は隼優と話をした。隼優は納得したわけではないが、明歌が歌を歌わずに生きていくことにも賛成できなかった。加納は未来を見据えている。今は加納に協力することが彼女を守る最善の方法だと思い『丸焼き珈琲』を後にした。
加納は隼優と別れ事務所へ戻った。誠はデートへ出かけ、たくみや海里も帰宅していた。加納はソファに横になり、ひじ掛けに両足を投げ出す。
隼優と話をしていて、明歌に出会った日のことを思い出した。実に濃い1日だったことを覚えている。あの日に、自分の人生も予想外の方向へ舵を切ったな、と感じた。未来はいくつもの次元に分かれて見えるのだが、そのどの次元にもなぜか明歌の出現は見えなかった。尤も最近、加納は必要以上に霊能力の方は使わない。それが自分の生命をむしばむことを知っているからだ。加納が仕事で使う能力はどちらかと言うと超能力に近い。人の無意識を操作する場合はマジックのような手法も使う。そちらはごく一般人でも訓練さえすれば使える能力だが、ほとんどの人々は生まれつきだと思っているらしい。──自分は誠や明歌に比べたら凡人なのだが、師匠に言わせれば化け物並みだと言う。
「そういや、じいさん、どうしてるかなぁ……」と、加納は独り言をつぶやいた。
当時、明歌は血管炎という病気を患っていた。この病気にはさまざまな種類があるが、彼女の場合は手や足に内出血のような炎症が起こり、微熱が続く。疲労のあまり外へ出られないことも多かった。根本的に治すことは難しい。薬も効かなかった。仕方なく食事療法などをしていたが、症状に大して違いはなかった。
ある時、明歌は本屋で、心を変えて身体に変化を起こすという不思議な内容の本を手にとった。それをヒントにセラピーやカウンセリングなどを受けるようになる。そんな生活を続けるうち、もしかして自分の病気には精神的な原因があるのではないかと気づいた。
それから、ネットでそういった分野に詳しい権威を探しまくり、加納の事務所が作成した、実に怪しげなサイトを発見する。それは『カウンセリングでほぼどんな病気でも改善できる』しかも一回、三千円程度の料金だと言うのだ。なんてうさんくさいサイトなんだろう。その怪しげな文言に明歌の目は釘付けだ。
でも、そのサイトにはなぜか他のインチキ臭い金目当てのコンサルティングとは違う、温かみのようなものが感じられた。うまくいかなくても初回は三千円だし、もはや明歌には自分を救える余地がなかった。ダメ元で受けてみることにしたのだ。
長い間、休載ですみませんでした。実はPCの液晶が故障し、修理に出しておりました。
これからは少し続けて投稿できるかと思います。
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