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海里とたくみが運転を代わるため、いったん四人は車を降りた。
「明歌ちゃん、走るの遅いから心配だったけど、よく頑張ったね」海里は改めて明歌の無事を喜んだ。
明歌は海里をハグして「海里、起きてくれてありがと! 助かったわ」と言った。それを見た隼優は明歌の襟首をつかんで海里から引きはがす。
「あのな、こいつは見かけが未成年でも立派な大人だぞ。気安く抱きつくな!」
「えぇ~? さっきは成長が遅れてるとか言ってたじゃない。それってまだ子供ってことでしょ」明歌の言葉に海里はショックを受ける。
「隼優、そりゃあんまりじゃない? 僕はこれでも法律上、れっきとした成人男子なのに」
「ほら、海里もこう言ってる」
「でも明歌ちゃんのハグは大歓迎だよ~」海里は照れ笑いを浮かべた。
「なんだとぉ……!」隼優がむっとした。
――まったく、なんてめんどくさい焼きもちだろ、と海里は隼優の意外な子供っぽさをからかいたくなった。
再び四人は車に乗り込む。たくみが運転しながら言った。
「やっぱり旅っていいですねぇ~、みんなすっかり仲良くなっちゃって」
後部座席で少しむくれている隼優をルームミラーで見ながら、助手席の海里がつぶやく。
「たくみもだいぶ目ぇ曇ってるよね」
「ふぅ~今日は走ったからおなかすいた!」明歌たちは地元のシーフード料理が食べられるというレストランに着いた。
「走った――って、たったの二百メートルぐらいだぞ。おまえの行く末が不安だよ」隼優はいつも明歌の天然ぶりに圧倒される。
「地元っぽいものが食べたいんだけど、なんかありますか?」海里がウェイトレスに尋ねた。
「日本からいらした方は間違いなくブルークラブを召し上がりますよ。この写真の蟹です」
「すごい。本当に青いんだ。みんな、このゆでたやつと蟹のスープとかどう?」
「いいですね。明歌さんはサラダも欲しいでしょ?」たくみは明歌が病気だった頃からヘルシー志向なのを知っている。
「俺はそれでいい」隼優は以前、ブルークラブを食べたことがある。だが、蟹のスープというのは初めてだったので、楽しみな様子だった。
四人がブルークラブの料理を堪能していると、突然ドラムの音が鳴った。ジャズの演奏が始まったのだ。
「うわぁっ、かっこいい~ここってレストランなのにライブハウス並の設備があるんだね」海里が小さいステージを眺めながら言った。
しばらくすると、マスターらしき老人が四人のテーブルへ向かって歩いてきた。
「日本人のお客は久しぶりじゃの。どうだい、お嬢ちゃん、何かひとつ日本の歌でも歌ってみんかね」
「え? でもこのお店、プロの人が演奏するんでしょ」明歌がたどたどしい英語で尋ねた。
「ここは庶民的な店じゃからの、誰か歌ったところで誰も気にしやしない」
「そぉなの……じゃぁ、一曲だけ」
明歌が立ち上がり、マスターが手をひいた。咄嗟に隼優が明歌の腕をつかむ。
「待て!こんな大勢、人がいる場所で歌ったら――」
「隼優さん、マスターの言う通りに」たくみが隼優を止めた。
「――たくみ。おまえが……イヤ、違う。大先生が仕組んだことか!」隼優は明歌を連れてきた加納の真意に気が付き、怒りのあまり、自分を制御できない。
「隼優さん、落ち着いて。これだけは信じてください。明歌さんは絶対に大丈夫です」
隼優はたくみを突き飛ばす。それに気づいた明歌がテーブルへ戻ってきた。
「隼優!なに、ケンカしてるの? たくみ、大丈夫?」
「明歌、おまえ、人前で歌うことがどんなに危険なことかわかってんのか」
明歌は悲しそうに微笑んだ。
「隼優。じゃぁ、私はこの先もずっと何かにおびえて、日の当たらない場所に隠れてなきゃいけないの?」
隼優は明歌の言葉に動揺した。
「歌っても歌わなくても私の運命はそんなに変わらないわ。でも、私は怖くない。隼優もみんなも私が堂々と道を歩けるようにいつも導いてくれる。だから私は大丈夫よ」