3章 7
隼優の怪力では、さすがにロイクも振りほどけない。
「イタタ……さすがシュンユウ。ちゃんとボディガードをやってるのか確認に来ただけだ」
隼優は隣の部屋のドアが開いたことに気づき、すぐに起き上がった。様子を見ていると、ロイクが入ってきたのだ。
隼優はロイクの腕を離した。
「それがあんた流の出迎えか」
「いつもこうだとは限らないが。私が夜中に帰ってくると客人は皆寝ている。出迎えるにはおこすしかないだろう?」
「普通はそこで翌朝まで待つと思うが」
「次の日に隣国へ公務に行く場合はもうお前たちが起きる前に出国している。そうなるといつまでたっても再会しないじゃないか」
「夜中まで遊ぶのをやめたらどうだ」
「しゅ…隼優!」
明歌は王子の前で物怖じせずに意見を言う隼優をはらはらしながら見ていた。
「──なるほど。セイがおまえを気に入った理由が何となくわかってきた。だが、私はおまえに対して実に複雑な心境だ」
「ロイク様、隼優が失礼なことを申し上げてごめんなさい。でも、隼優はいつも周囲のことをよく見て行動しているの。さっきのことも私を不安にさせたくなかったから……」
ロイクは明歌が弁解しようとしているのを見てプッと吹きだした。
「メイカ、おまえは面白いことを言う。──私はシュンユウの人間性を否定しているわけではない。だが私はセイを幸せにするのが趣味なんだ」
「……? あんたが言ってる意味はさっぱりわかんねぇよ」
「おまえは人の気配には敏感なくせに、人の気持ちには鈍感だ。そのせいで周囲が余計混乱していることに気づくことだな。まぁ今日のところはこれでいい。お休み、メイカ」
そういってロイクは明歌の頬にキスをした。
「おいっ! 日本人にはそういう習慣はないっ」
ロイクが部屋から出ていくと、すぐに隣の部屋から誠が入ってきた。
「ロイク様、帰ってきたんだ。今日は無理かと思ってたけど」
「あの様子じゃ、明日もいねえな。だからこんな夜中に明歌を起こしたんだろ」
「けっこううるさかったんだけど」
「そりゃあ、おまえの耳のせいだ。ここの壁は分厚い。厄介な体質だな」
誠と隼優はソファに座った。明歌は各部屋に備えられているコーヒーメーカーをセットする。城は古いが機器はどれも最新式だった。
基本的にコーヒーや紅茶、おやつなども夜勤のメイドに頼めばすぐに用意してもらえるが、さすがにこんな夜中では気がひける。
ルクトシュタインは意外にもマカロンが有名な国だった。豊富な資金で世界中から有名なパティシエを迎えたせいか、余計に味が進化している。サイドボードにはマカロンの他にもベルギーのチョコレートなど高級菓子が並べてあり、小型の冷蔵庫には軽食などが用意してあった。
「それにしても嫌われたねぇ。まぁ仕方ないけどさ」
「ねぇ、誠。やっぱり隼優、失礼なことばかり言っちゃった?」
明歌は三人分のコーヒーをテーブルに運んだ。元々、隼優と誠はあまり菓子を食べる習慣がない。明歌は自分の菓子を少しだけ持ってきた。
「いや、失礼なのはレディの部屋に忍び込んだロイク様でしょ。ただ隼優はストレートすぎるけどね」
「あの王子はびくともしないさ」
「ねぇ、どうすれば隼優のこと、見直してもらえる?」
「ああ、それはほとんど無理だよ。だってロイク様は隼優の個性みたいなところはむしろ好きだからね」
「じゃあ、何が嫌いなの」
「言ってたでしょ。隼優には加納さんが太刀打ちできないことがあるからなんだよ……」
まぁそれは僕も同じか……と、誠も心の中でつぶやいた。
「太刀打ちできないわけないだろ。大先生が俺に催眠かけたら技なんかかけられねぇ」
誠がハハハ……と腹を抱えて笑った。
「ロイク様が君にイライラする気持ちがよーくわかるな」
数日後、ファブリスは明歌たちと庭でちょっとしたランチパーティーを開いた。その日もロイクは外出だったため、代わりにいとこのジスランを同席させることにした。
ジスランは明歌たちに一通り挨拶をすますとメイドに軽食を運ばせた。先日のようなことは起きないと思ったが、念のため誠やたくみがカップや皿などを確認する。
「ジスラン。兄上がいなくてごめんね」
「なぜファブがあやまるんだ。気にするな。いつものことだろ」
誠は以前からジスランのことが気になっていた。いとことはいえ、城にはまるで自分の家のように出入りしているからだ。加納の情報では、他の王室からはそんな話は聞かないと言う。よっぽど、王子がいとこと仲がいいなら、ありえなくもないが……誠はさりげなく探りを入れる。
「あの……ジスラン様はよくこちらにいらしてますね。確かお屋敷はルクトの郊外だと聞いていますが」
「そうだよ、もっと近いとありがたいけど。いちおうここに僕の部屋もあるから、寝泊まりはできるしね」
「こちらには何かご用事で?」
「うん。皇太子のロイクが長く国外にいることが多くてね。ファブもたまに調子が悪いし、国王に頼まれて仕事の一部を代行しているんだ」
なるほど、もっともらしい理由だ。だが、ロイクとファブに何かあった場合、第一王位継承者はこのジスランになる。しかも、ジスランにはもう子供がいる。
単純に考えれば、一番怪しいのがこのジスランなのだ。
だが、正直なところ、誠にはジスランが一番嫌がらせの犯人からは遠いように思えた。
なぜなら、誠実さを絵に描いたような人物にしか見えないからだ。これがもし演技だとしたら相当な役者ということになる。
しかし、嫌がらせができるのは城に頻繁に出入りできる人物しかいない。あと可能性があるのは……
加納さんが言っていたあの女性……
「──ジスラン様、メリンダさんをご存じですか」
「ああ、ロイクの恋人の?」
明歌たちは全員呆気にとられる。
「ロ、ロイク様には公認の恋人がいらっしゃるんですか」たくみがジスランに聞いた。
「いるけど……一人じゃないからなぁ。僕もそのへん、よくわからないんだ。それに、コロコロ代わるしさ。メリンダはよく城に来るけど、今もつきあってんのかどうかさっぱりだよ」
「おまえに似てるな」隼優が誠をからかった。
「何言ってるんだ。明人くんから聞いたよ、隼優だってしょっちゅう相手が変わるって」誠はすかさず言い返す。
「俺は相手が去ってくだけだ。なんか気に障るようなこと言ったみたいで」
気に障るようなこととは明歌の話である。たくみの通訳を聞いてジスランが笑った。
「君たち、モテるんだね。僕はそういう経験が全くないから男としてはうらやましい限りだよ」
「でも、ジスランはずっと好きだった人と結婚できたじゃないか。それって、すてきなことだよね」
「まぁ、一般人の彼女が王室に入ることでだいぶもめたけどね……」ジスランは自嘲気味に笑った。
誠は犯人の正体がわからない以上、ジスランをマークから外すのは早急だと見ていた。
翌日、隼優は市内にいる英隼に会うため外出することになった。明歌たちは一般人とはいえ、国賓扱い。自由に外出できるか心配していたが、そのあたりは許可証を持ってればどこへ行ってもいいと言われた。
日本で言うところのSP、ボディーガードをつけましょうか、と言われたが、隼優より強いボディーガードは存在しない。丁重にお断りした。
隼優は明歌を連れていくか悩んだが、外は欧州音研の連中がいる可能性がなきにしもあらず。城の中ならみんながいるし、まだマシかもしれないと、一人で行くことにした。
「いいか、明歌。知らない人間には近づくな。なるべくたくみや海里と一緒にいろ。何かあったらすぐ携帯を鳴らせ」
「うん。隼優。おじさんによろしくね」
隼優は城の運転手に頼み、英隼のルクト市内にある支社へ向かった。
ルクトシュタイン編は今までの章と違い前編、後編の長丁場です。この先も新しい登場人物が続々と登場し、その中には最後まで活躍するキャラもいます。
今、流行りのリモートですが(笑)加納もちょくちょく登場するので、楽しみにしていてください。




