3章 6
ルクトシュタイン王室のアルベール国王は優しげな面差しで明歌たちに声をかけた。明歌たちは全員、国王に意外な印象を抱いた。
──この方がロイクの父親? 顔も姿もさらにはにじみ出る人柄も全く違ったからだ。穏やかで非常識な振る舞いとは無縁そうに見える。
どちらかというと、ファブリスの方が似ているように感じた。と、いうことはまさか……
続いて王妃とファブリスが入室する。
「母上、こちらがセイのスタッフの方々だよ」
「ようこそ」
王妃、フィリーネ・ローザ・ド・ヴェーデルはそう言って黙ってしまった。機嫌はいいようだが、なぜかそれ以上言葉を発さない。しかし、何も話さないのにも関わらず、国王よりも王妃から感じられる印象の方が強い。
ロイクは王妃似なのではないか……
国王に促され、全員が席につくと、ソムリエがシャンパンをグラスに注いだ。
明歌たちはみな、ほぼ同じことを考えていた。
「このシャンパン……いくらするんだろ」と。あー、こぼしたら大変、気をつけなきゃ。と明歌は緊張しつつ、みなと乾杯した。
「最近はセイのオフィスも繁盛しているようだね。以前は私にかかりっきりになってくれたものだが、もう今は先までスケジュールがびっしりだと聞くよ」
アルベール国王は加納の快進撃を心から喜んでいる様子だった。誠はなるべく丁寧な言葉を意識しつつ、国王に現状を伝える。
「ええ。陛下のおかげで、加納は欧州の資産家などにも知られました。今では大口のクライアントです。それに、オフィス設立時にはずいぶん資金援助をしていただいたと聞いております」
「ああ、あれは全てロイクにまかせたのでね。普段は遊び回っていて、ろくに視察もしないが、あの時ばかりはやけに熱心だったよ。日本にばかり入り浸って国に戻らなかったからね。おかげでおまえが各種行事に代理出席していたな、ファブリス」
ファブリスは当時を思い出し、苦笑いをした。
明歌たちはロイクの加納への入れ込みように辟易する。そのうち、加納がルクトシュタインの命運すら左右するんではないか、と気が気でない。
ディナーのスタッフが飲み物のオーダーを取り出した。
「メイカ様、何かお飲みになりませんか?」
「あ……はい。ノンアルコールなら何でも……」
「僕はどうしようかな、海里はワインだろ」
誠は海里の好みを熟知している。
「そうだよねぇ、やっぱワインだ、こんな機会もうないしー」
「ふふ、海里ったら」
たくみはふと、隣の席に運ばれてきたファブリスのグラスに目がとまった。驚異的な動体視力を持つたくみは普段から物の見方が若干、人と違っている。ミモザのカクテルだろうか、だが、底の近くに線が……
「──!? ファブリス様あっ! グラスに手をつけないで!」
たくみが叫ぶも時すでに遅し。
バシャぁ!!
なんと、グラスの底が抜け落ちた。ファブリスのひざ下はすっかり濡れてしまっている。
「誰かタオルを! ファブリス様、お怪我はありませんか? ガラスをよけてこちらへ」
誠が真っ先にファブリスを誘導する。オーバンがバスタオルをファブリスにかけた。
「う、うん。ごめんね。セイ。みんな、ごめんね」
ファブリスは困ったような顔をして移動する。
「何をおっしゃってるんです? ファブリス様は謝る必要はありません」
誠はファブリスを気の毒に思った。
明歌の隣に座っていた隼優は一連の出来事を訝しげに見つめていた。国王と王妃はまたか……と言った表情で青ざめている。
つまり、こういう嫌がらせがたまに起こるということか。
ファブリスと誠が退出してしまったため、ディナーは早々にお開きになり、デザートは各部屋へ届けられることになった。
隼優と明歌は海里とたくみの部屋へ一緒に戻り、コーヒーを飲みながら誠の帰りを待つことにした。
「真っ先に怪しまれるのはやっぱり運んだやつだよねぇ」海里がデザートのケーキをほおばりながら言う。
「でも、カクテルを用意したのはソムリエでしょ」明歌が言った。
「以前もそういう誰もが思いつくような素人判断でスタッフに暇を出したら、別のいたずらが勃発したらしい。つまり、運んだやつのしわざじゃなかったってことだ」
隼優は部屋へ戻る前に加納に確認をとっていた。
「大体、何十年も働いているようなスタッフがいきなりそんなことに加担しないですよね。国王の信頼も厚いだろうし」たくみはポットのコーヒーを注ぎながら言った。
しばらくして誠が部屋へ戻ってきた。
「あー、初っ端からこれだよ。僕の分ある~? おなかすいたあ~」
「誠が食べてないんじゃないかって、シェフがクラブハウスサンド作ってくれたの」
「うわぁぁ、うまそー」
誠は早速ソファに座って食べだした。
「ファブリス様は大丈夫なのかよ」
「うん。まぁ、もう何年もたつから耐性はついたみたいだけど。でも、僕たちがいたからショックだったみたい。いきなり迷惑かけたって」
「……ファブリス様はなぜ怒らない」
「怒れないんだよ。それがまずあの人の問題点、その1だ。何かが起こった時、自分がいけなかったと思ってしまうんだ。でもこれはね、一般人でも普通に持っていたりするから厄介なんだよ」
「つまり、ごく普通に暮らしている人の中にも心理的な問題が大きく影響しているってことか」
「そうそう。でも、普通はまぁいっか、ってやり過ごせる人が多い。でも、それが無意識に溜まるとある日突然うつ病になったりする。まぁ、ファブリス様はその寸前、といったところだね」
誠はよっぽどお腹がすいていたのか、クラブハウスサンドをペロッとたいらげてしまい、もうデザートを食べ始めている。
「それにしても、一体どうやってグラスを古いものとすり替えたんだろ? スタッフは全員、昔から働いてる精鋭だっていうのに。それにさ、いくらヒビが入っているからって、あんなタイミングよく底が抜けるとは限らないし」海里が不思議にそうに言う。
「グラスのすり替えかあ……昔のショーを思い出すなぁ」
隼優が当時を振り返った。
「ショー? マジックのことか?」誠が聞いた。
「そうそう。俺が空手のつきあいで行かされたラスベガスのマジックショーでさ、目の前でグラスの色が変わるんだよ。まぁ、観客の目を別の視点にそらしている間にすばやく替えてるんだろうけど、あれは素人にはできねぇよなぁ」
「だが、厨房にはカメラがある。見たら一目瞭然だろう?」
「いや、あれだったらカメラにも映らないよ。それに、どんな場所もかなりの死角が存在する。そうだな……見張り一人いれば余裕ですり替えられるだろ」
「つまり、マジック並みの技を持った人間がこの城を出入りしているということか?」
「そうでなきゃ説明がつかない。まぁ、大先生に報告してみるんだな。なんかヒントぐらいあるかもしれねぇし」
「しかし初歩的な嫌がらせだなぁ…」海里が眉を寄せた。
「まぁ、毒でも入れたら警察が介入してくるからね。これぐらいがせいぜいだろう。ファブリス様からやる気をなくすことが狙いなんだろうから」
「要はロイク様が継がねぇと困る連中ってことか?」
「だが、もしかしたらそれすらも真意ではないかもしれない……」
誠は独り言をつぶやいた。
宮殿はすっかり寝静まっていた。これだけ広大な敷地だと、城の外で庶民が酔っ払って騒いでいたとしても全く騒音は聞こえない。あまりにも静かなので、さすがに都会で育った明歌たちの眠りは浅かった。
横になっていた明歌はふと、ベッド脇に誰かが立っているのに気づいた。
「だれ……隼優……?」明歌は眠い目をこすりながら起きようとした。
その人物は明歌の口をおさえた。
「きゃ…」
「しっ……」
隼優はその人物の右手をつかんだ。
「少女の寝込みを襲うとはいい度胸だな、ロイク王子」
こんなに早く更新したのは何年ぶりかです(笑)
また、忙しくなると間が開きそうなので、今のうちに更新できればと思っています。
ほんの数行ですが、アルファポリスのめざメンター番外編でこちらにない加納とロイクの会話が載っています。
興味がありましたら、のぞいてみてください。
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