3章 5
明歌たちはファブリスの写真をざっと見てきてはいたが、明らかに印象が違う。ロイクと同じブロンドの髪のはずなのだが……正直、欧米人の顔の見分けはつかなかった。街の中には同じような風貌の人が歩いていることもあるし、それは欧米人から見た東洋人の場合もおそらく同じような感覚だろう。
誠がファブリスに聞いてみた。
「ファブリス様。髪の色をブラウンに変えられたんですか? お写真を拝見してはいたのですが……気づかなくて申し訳ありません」
「うん。日本人ってみんな髪が黒いでしょ。以前、セイが城に滞在していた時、いいなぁって思ってね。僕、髪を染めたことなくて、いい機会だから真似してみようと思ったんだ。ついでにかなり短く切ったからわからなくて当然だよ」
「よくお似合いですよ」
「ありがとう。それにしても……君だけまるでブランドの雑誌から抜け出てきたみたいだね。君もセイ、という名前だと聞いてるけど、カノウと区別したいから『キノ』と呼んでもいいかな」
「もちろんです。今回、加納の代理であなたのカウンセリングをお引き受けしました。よろしくお願いいたします」
「よろしく。セイは君のことをとても信頼していてね。いつも君のことを優秀だって話しているんだ」
「──え? 加納さ……いや、加納がですか?」
「ほぉ~、おまえ大先生から絶大なる信頼を寄せられてんだな」隼優が皮肉を言う。
「……そうだったみたいだね。逆にプレッシャーかかるなぁ」
執事のオーバンと共に各部屋を案内したファブリスは全員に夕食の話を切り出した。
「父と母は今、仕事で外出しているんだけど、夕食には戻るから一緒に食事をしようね」
「……は? 国王と王妃とですか?」誠が驚いて聞き返した。
いきなり食事! ──明歌たちは緊張のあまり、縮み上がる。
「そうだよ。君たちは国賓扱いなんだから」
「いや、しかし……英語もたどたどしく、万が一失礼があっては……」
「大丈夫。城のスタッフに片言だけど、日本語のわかる者がいるから。今日の夕食時には立ち会うし、何でも話してくれてかまわないよ。挨拶もタクミに全て通訳してもらってもいい」
そう言われても……全員の顔が蒼白になった。
明歌たちは夕食までそれぞれの部屋で休むことになった。明歌と隼優は続き部屋だったが、誠はその隣の個室、さらにその先に海里とたくみが同室で泊まることになった。
「すごーい、ホテルのスウィートルームみたーい」
明歌は天蓋つきのベッドを生まれて初めて見た。もちろん写真などでは見たことがある。しかし、まさか本当にそんな部屋に滞在するとは予想だにしなかった。
「みんなの部屋もこんな感じなのかなぁ……ちょっとのぞきに行ってこよっと」
「──おい、一人で部屋の外を動き回るな」
隼優が隣の続き部屋から声をかけた。明歌の独り言はどうやら響いていたらしい。
「しゅ……隼優、聞いてたの?」
「おまえの独り言は声がでかいんだよ。城のルートはまだ俺ですらよくわからない。もらった地図は必要最低限の場所しか描いてないし。隣の部屋でも廊下をうろつくのは慣れてからにしてくれ」
「うん……わかった」
「ついていってやるよ。誠の部屋か?」
二人は誠の部屋へ行って、ドアをノックしたが応答がない。さらに隣の海里たちの部屋へ行くと、そこで三人が話をしていた。
全員がこんな広い部屋に泊まったことがなく、一人でいても落ち着かない。結局滞在中は一番広い海里たちの部屋のリビングに溜まることが多くなった。
その部屋は本来、ファミリータイプの客室らしい。
「あ~今日、寝られないかもなぁ、こんな広い部屋じゃ」
海里はベッドに座って天井を見つめた。
「僕の家より広いですよ」たくみはため息をつく。
「僕も同じようなものだよ。それにしても、いきなり国王と食事かあ。なんだか息つく暇もないな」誠が顔をしかめた。
「私、着替えてくるね」
「じゃあ、俺も戻る」
「ちょっと隼優、明歌ちゃんの着替え、覗く気?」
「……おまえと一緒にするな」
「誠、着替えて髪とかセットするの、なんだか大変そうよ。一人じゃ無理みたい」
「……え?」
ゲスト付きのメイドがさっき部屋を退出する前に明歌へ伝えた。
「髪はアップにしなくてはいけません。普段はそのままでかまいませんが、国王とのディナーでは簡易な正装が必要です。靴はお持ちですか?」
明歌は持ってきたヒールを見せた。
「これではヒールが低すぎます。後で城に保管してある物をお持ちしましょう」
「──って、言われた。私、ハイヒールなんて履いたことない。転んだらどーしよ」
「それは心配ないよ。こういう場ではレディーは男性にエスコートされるものだ。まぁ、隼優か僕が腕を貸すし。ってことは、僕たちも支度が面倒だな。隼優、時計は持ってきたよね」
「ああ、仕方ないからな。おかげでバイト代がふっとんじまった」
「学生に高級時計はきついよなぁ~でも、こっちじゃステイタスだからつけないわけにいかないし」海里が隼優に同情する。
「それじゃあ、いったん解散だ。部屋へ戻ろう」
「あら、ジスラン様。お帰りですか?」
ディナーを運んでいたメイドが廊下を歩いてきた青年に声をかける。
ロイクにはジスランといういとこがいる。フルネーム、ジスラン・アネット・ボドワンは厨房の近くにあるワイン保管庫へワインを探しに来ていた。
「うん。今日はロイクが戻るって聞いていたから来たけど、あいかわらず遊び歩いてるみたいだね」
「ええ。ロイク様の大事なお客様なので、お戻りになるかと思っていたんですけど」
「ああ、東洋人の?」
「これから国王とのディナーなんです」
「ふうん。──ごめん、邪魔したね。それダイニングに運んでるんだろ」
ジスランは厨房専用エレベーターに乗ろうとしていたメイドに言った。
「はい、ロイク様にお伝えしておきますね」
「おーい、明歌! 支度できたか?」
隼優が続き部屋から明歌へ向かって大声で呼んだ。
「うん、オッケー!」
「入るぞ」
明歌の部屋へ入った隼優は一瞬呆気にとられた。ドレスで正装した明歌など見たことがないし、あまりの美しさに別人かと見まごうほどだった。
しかし、それは明歌の方も同じだった。隼優のスーツ姿は卒業式などで何度も見たことがあったが、さすがにその時とは正装度合が違う。
二人とも口をあいたまま、しばらく目をそむけてしまった。
「──あーっと、じゃあ、行くか」先に隼優が我に返ってドアへ向かう。
「……うん」
明歌も隼優についていこうとした矢先、やはりハイヒールのせいで態勢を崩した。
「きゃっ!」
転びそうになった明歌を隼優が咄嗟に支える。
「誠の言う通りだ。腕を貸さないとムリだな。ほら、つかまれ」
「ありがと。慣れれば歩けるかな」
二人は寄り添って宮殿の二階に位置するダイニングルームへ降りた。
誠たちはすでにダイニングへ来ていた。明歌と隼優が合流し、全員がファブリスと国王、王妃が来るのを緊張しつつ、待っていた。
そこへ執事のオーバンがやってきて「お待たせいたしました、国王がお越しです」と伝える。
「遠路はるばるよくいらしてくれた、セイは元気かな?」
さすがに1年半以上、更新ないともう読んでくれる方いないだろうなぁ、と思っていましたが、なんと新規の一気読みのお客様がここ数か月何人かいらっしゃいました。
実は私がかつてないほど人生で危機に陥り、今回はもうエタるな、と思いました。
二度と続きを書くことはないだろう、と。
でも、続きを書こうかな、と思えたのはたまに様子を見にいらしていただいた皆様のおかげです。ホントに読者さんはわずかな人数ですが、とてもうれしく感じています。
感謝しています、ありがとう。
次回はこんなにあかないと思うんで楽しみにしていてください。この章は重要人物がどしどし出てくるスピード展開となります。




