番外編 8
「……そうか。聖がいなくなると寂しいのう」
じいさんはときに平然と思ってもいないことを口にするな、と加納はあきれている。
「聖、おまえは個人を相手にするよりも、世界中の企業を通じて国家規模のプロジェクトに従事した方がよい。おまえのような天才は日本の中だけで力を発揮することは難しいのじゃよ。理由はわかっとるな」
「──つまり、あんたと同じ道をゆけと?」
「わしはもうその道からは足を洗った。今やっとることはただの出稼ぎだ。だがおまえは今から仙人のような道を歩む必要はない。それにな、おまえの後に続く若者が何人も出てくる」
「じいさん、あんただって妖しい能力を使ってるじゃないか。俺の未来を見ただろう」
「そんなもの、見なくたってわかるわい。」
「わかりましたよ、じいさんに言われたようにやってみます。だが、個人の相談はまだしばらく続けます。今はそれが最善だとは思っていませんが、そこがスタート地点ですから。じいさんにだって会えなかったでしょう」
「好きにしたらよい。だが、聖、忘れるな。何をやっていても、どこにいたとしても出会う人間はおまえの意識上にしか浮かんでいない。偶然のように見えるかもしれんが、起きてしまえば必然だったと思えるような形でな」
「それは……今になってみれば、そうかもしれないと感じます」
こんなじいさんに会うなんて、全く予想もしなかったのだから。
加納はその日のうちに荷物をまとめ、東京へ戻る前に隣村の携帯が通じるエリアまで出向いた。
欧州の小国、ルクトシュタインへ国際電話をかける。
「──ロイク? やあ、連絡が滞ってすまなかった。元気かい」
「一体おまえはそんなろくに連絡もとれない場所で何してるんだ!」ロイクは電話口で怒っている。
「ハハっ、怪しいよな。でも、俺、自分がクビになった理由がわかったよ」
「俺は最初からわかってた。おまえは全く自分の居場所がわかってないやつだ」
「その言葉、そのままそっくり君に返そう。少しは王位を継ぐ気になったか?」
「それがな、余計嫌になった。おまえが国へ帰ってからの最初の仕事は我が国だ」
「どうかしたのか?」
「父がすっかりメンタルを病んでる。迎えをよこすからすぐ来てくれ」
「──父って……まさか俺が国王を診るのか? 欧州には他にいくらでも優秀な精神科医がいるだろう」
「そうだな。いるかもしれないな。だが……俺が知る中で最高の逸材はセイだ。それに俺はおまえに来てほしい」
加納は少し考えていたが、意を決したようにロイクへ伝える。
「わかった。その依頼、引き受けよう」
加納が天宮村を発って数日後、今度は本若が村を離れることになった。
「みな、達者でな。村長、後は頼みましたからの」
「フン。おまえなど、どこへでも行ってしまえばいい。おまえがいなくったって、この村は立ち行くんだ」
本若は自分が村を留守にする間、見栄村の村長に村の事務仕事を託していた。
「じいちゃん……」泰林はむすっとした表情で頬をふくらませた。
「泰林。わしに何かあったら聖を訪ねるんじゃ。おまえさんは聖が好きじゃろう」
「じいちゃんは僕が嫌いだからよそへいっちゃうの」
本若は珍しく意表を突かれ、目を丸くした。
「カカカ……何をバカなことを。わしはどこにいようと泰林を思って生きている。ちょっと用ができただけじゃ」
「真紀ちゃん……泰林のことは頼んだぞ」
「先生の放浪癖にはもう慣れたわ。楽しんできて。そのかわり戻ってきたら遊んでた分、こき使っちゃうんだから」
本若は人類みな兄弟、だとでも思っているのか、すぐに知らない人の家に上がり込み遊んで帰ってくる。そのため、数か月間毎日のように出稼ぎをしていても、ほぼ遊んでいるという疑いをかけられていた……
それから二年後、加納が海里という助手を得て事務所がようやく軌道に乗り始めた頃である。
事務所に国際電話がかかってきた。
「──先生、本若さんって方ご存じですか」海里が加納に聞いた。
「え? ああ、つないでくれ」
加納は不思議そうな顔をして電話に出る。
「聖、元気にやっとるか」
「じいさんが電話してくるなんて珍しいですね、今どこにいるんです?」
「それがな、わしが今働いとるワシントンの郊外にあるカジノが一棟、雲行きが怪しくなっとる」
「──はぁ!? どういうことです? ま、まさか……私と同じことをやったんじゃ……」
「おぉ……そう言えば聖もカジノをクビになっていたのう。わしらはよく似ているの」
そんなところ似たくない……と加納は不愉快に感じた。
「どうせそのうちなくなるなら、レジャー施設でも作ったらどうかとそっちの関連企業に企画を持ちかけたら、えらく気に入られての。もう来月には着工する」
「それはいいですが、カジノの方はどうなったんです?」
「もちろんやつらは引く気がない。だから、そのレジャーの企業とやりあっとる」
「じいさん……まさか最初からそれが目的だったんじゃないでしょうね」
本若の声のトーンがわずかに変化する。
「──聖。おまえはどんな未来を見ている」
加納は本若の真意がつかみとれず、言葉につまる。
「わしの未来にはカジノは存在しない。なぜなら賭け事の性質が大きく変わってしまい、人間は別の施設で楽しむようになるからだ」
「なんだ、そういうことですか。……同じですよ、私のビジョンもね。ただ、現時点では早すぎる。時間が必要だと言ったのはあんただろう」
「それはおまえが余計なことをしょい込むからじゃ。時間とはそもそも幻想だ」
「だからと言って相談の回数を増やして時間を稼ぐことはできなかったんですか。村のために出稼ぎへ行ったんでしょう」
「おまえも同じことをしたではないか」
「じいさんは私みたいなヘマはしないと思ってましたよ」
「あっという間に治る依存症に時間をかけてなどいられん。遅かれ早かれなくなるものを残しておくことはない。わしが追っかけられればいいことじゃ」
「お……追っかけられているんですか!」
一体どこの資本に手を出したんだ、と加納はがっくりする。
「──逃げ切れるんでしょうね」
「わしを誰だと思っとる。……すまんが聖、おまえの下にはとりなしの企業や機関などから連絡がいくであろうから対処を頼む。わしはしばらく行方をくらます」
「わかりました。──じいさん、追いかけっこのゴールはここで」
「聖の事務所か。おまえのことだから殺風景であろうな」
「そんなことはありませんよ。優秀なスタッフが設計しましたから」
「楽しみだの」そう言って本若は電話を切った。
本若は誰にもつかまえることができない。もし、加納が追っかける側だとしても太刀打ちできる相手ではない。そのため、全く心配はしていない。
「しかし……追っかける方はたまらないな」
加納はそう言ってくすっと笑った。
皆様、いつもご来訪いただいてありがとうございます。
番外編は当初、長くても3,4回で主に本若と加納の出会いで終わるはずだったんですが、
ロイクを出したり、村長を出したりで、予想外の長編になってしまいました。
ただ、ロイクとの出会いは次章で回想のような形で書こうと思っていたので、
逆に次章のキャラクター達の活躍に集中できるしよかったかな?と思っています。
次章はレギュラーメンバーが久しぶりに登場するので、私も楽しみに書いています。
番外はシリアスな部分が多かったですけど、次回はコメディ要素が多い感じかと……
書き出してから、予定通りの展開になったことは皆無なので、何とも言えないのですが。キャラクターが勝手に出しゃばりだす、とはこういうことなのか、と日々実感しております。
明日はクリスマスですね。
今日の番外は皆様へのクリスマスプレゼントだと思って書いています。
また、更新はおそらく年明けになるので、今年最後の更新ですね。
ただ、「めざメンター」は年内に更新しますので、もしよかったらご覧ください。現在、こちらにないエピソードが進行中なので、隼優や明歌が好きな方には楽しんでいただけるかと。
それでは、皆様、良いお年を……




