番外編 7
村長は右手を動かそうと必死にもがいていたが、加納の手にかかっては徒労であった。
「──田中さん。下がっていてください」そう言って加納は田中を自分の背後へ移動させる。
「村長。私はあんたとやりあうつもりはない。ここは閉鎖します」
ま、まさかこれはこいつの力なのか!? 村長は加納がかけた催眠の力にショックを受けていた。
加納が催眠を解くと、村長は息を切らしてへたり込む。
「……この村が平和なのはあんたの仕事が功を奏したおかげだ。だが、資金の工面に関しては慎重にするんだな。ここは都会とは違う。自然と共生していくことだ。そうすれば、時間がかかっても必ず状況は良くなる」
「おまえが言っているのは太陽光のことか」
「それはひとつの手段だ。問題はあんたの村長としての姿勢だと思う。それが変化した時、あんたにとって、太陽光なのか、それとも他の手段か、この村にとって抵抗の少ない方法が出現するだろう」
村長は自嘲するように言った。
「……おまえはそうやって偉そうに人の未来を予言するのか」
「残念ながらあんたの未来は私にはわからない。未来を見ることが私の仕事ではないから。だが、どんな未来であれ、あんたはたぶん幸せだろう。私は関わった人間の中に、ある種の光を見ることが仕事だからね」
村長は加納の言葉を聞き終わると何も言わずに立ち上がった。
「おまえも本若も厄介きわまりない」
村長はそう言い残すと診察室を出て行った。
加納は田中に再び椅子を勧める。
「大丈夫でしたか?」
「ええ。──あの人はね、本当はこの村を良くしようとしているんですよ。ただ、ちょっと単純なのね」
加納は微笑んだ。
「そうですね。なかなか長期的な視野では見られないものです。特に、資金繰りに難がある場合は……でも、大丈夫ですよ」
田中は窓の外に目を向けて、何かを思い出していた。
「村長を見ていて気がついたんです。私も当時、あんな風に空回りしていました」
加納は田中の話を静かに聞いていた。
「私は主人が余計なことばかりするような人に見えていました。それで無理をして病気になったと。病気になった主人を見たくないために、自分で自分の目を無意識に曇らせたのだと、本若先生がおっしゃいました」
本若が指摘したことは、加納も気づいていた。
「でも、主人がしていたことは、全て私のためにしていたことだったと思うんです。だからお礼が言いたかった。あなたは若くてわからないでしょうけど、年をとると意地をはりたくなるんです。ですから、ありがとうって言わないと、と毎日思っていても言えないんですよ。いつでも言える、と思っていたんです。滑稽ですね」
「……いいえ。私も親友と離ればなれになって、初めてそう思いました。本心を伝えておくべきだったと。本当は国へ帰れ、なんて言いたくなかった。もう少しバカ騒ぎをしていたかった」
本若は加納が田中をカウンセリングすることで、自分の手法を改善し、ロイクのことにも気づくことができると考えたのだろう。
「あら、その方はお幸せね」
「そうでしょうか」
「あなた、無意識の専門家なんでしょう? そのお気持ちは相手に伝わっていますよ」
加納は田中にひとつセラピーのようなワークを提供した。目をつぶってイメージの中で夫と話をしてもらうといった内容だ。そして、田中が納得したことでカウンセリングを終了することにした。
天宮村に戻ると、本若は温泉の泉質をチェックしていた。加納が帰ってきたことに気づき話しかけた。
「──ひと悶着あったようだの」
「……あんたが病気を治したのは偶然だと言っておきましたよ」
「おぉ、それは偶然だ。わしもそのように言い訳した」
これも偶然ではないんだろう、と加納はあきれたような目をした。
「少しは大人しくしていてください。あんたが捕まったらこのコミュニティはどーなるんだ」
「心配無用じゃ。それより、聖。あのわからずやをどうやって撃退した」
わからずやとは村長のことである。
「太陽光の計画ではずいぶんダメージを受けているようでしたから、そのやり方にとらわれずに責任を果たしていけばいいと伝えましたが、納得してはいないでしょうね」
「いつ知ったんじゃ」本若は当時のいざこざについて話してはいなかった。
「……住民の噂などから。多少は調べましたが」
本若は浴槽の脇にある岩の一つに腰かけた。
「わしも普段はよっぽどのことがない限り、口は出さんがな。あの時ばかりは仕方がなかった」
加納も本若がとった行動については予測がついていた。
「見えてしまったんですね……隣村がどうなるかを」
「太陽光は決して悪いシステムではない。しかし、森林を伐採するような現在のやり方では自然との共生は難しいのじゃよ」
「それで強硬手段をとったわけですか」
「あの村長は決して悪徳なやつではない。だからわしは近いうちに温泉掘削を提案しようと思っている。実は隣村にも多くはないが温泉が湧いとる。掘れば観光客も来るだろうし、現在は難しい温泉発電も整備される時代が来るからの」
「あんたはそれで本当に未来を見てないのか」加納は本若があっさりと驚異の能力を発揮していることに唖然とする。
「カカカ……聖よりは見とらんよ」
二人は母屋へ戻るため、遊歩道を歩いていた。
「──泰林はな、ここへ来た当時、赤ん坊だったが胃がひんまがっておった」
「身体のどこかがおかしいのは何となく……両親のケンカですか?」
「多少のケンカは問題ないが、まぁ程度はひどかったようじゃな」
本若は少し寂しげな目をした。
「だが……だいぶ反省しているようだからの、わしはあの子を親元へ返そうと思う」
「よく仲が戻りましたね。……いや、あんたなら遠隔でもできるか」
「何もしとらん。ただ……わしが見ている世界を変えただけじゃ。結果、どうなるかは誰にも操作はできないからな」
「ええ。じいさんの言いたかったことは今ならわかります。私がクライアントに介入しすぎていたことも……」
「おまえは未来を感じる力が強すぎるのじゃよ。だからその時点で読み込んだ問題を解決しようとしてしまう。しかし、時間がたてばある時点で問題だったことが本人の力で解決されていることもある。そしてそれこそが誰にとっても負担のない方法だ」そう言って本若は空を見上げる。
加納は本若に真剣な眼差しを向けた。
「……じいさん、ありがとう。私の休みはこれで終わりだ。もう行かないと。会いたい人がいるんだ」
次回で番外編は終了です




