番外編 6
初回の相談から一週間後、田中しげは再び加納の元を訪れた。
「この前、業者さんが来てくれて玄関の蛍光灯なども替えてくれました。とても背が高くてね、笑うと息子に似ているような感じがして」
……暗示、かけ過ぎたかな、と加納は反省する。
「あの……本若は以前あなたの目を治した時、何か言いましたか」
加納は本若の真意をつかみかねている。何かヒントになるような事を伝えていたかもしれないと思い、田中に聞いてみた。
「ええ。何か話したくなったら天宮村へ来なさいって」
と、言うことはやはり本若は田中の状態を知っていて、本人が言い出すのを待っているのだろう。泰林に対しても同じように接している。
ふと田中の視線の先にあるものが気になった。冬場に使用する薪ストーブだ。
「──この辺は薪ストーブが多いですね」
「ええ、私も町から嫁いだので、この村へ来た時は使い方がわからなくてね。主人が薪を割ってくれました」
「ご主人は活動的な方だったんでしょうか」
「庭いじりですとか、家のことは好きでしたから、おかげで私は楽でしたけど……本当にそんなにしなくてもいいのに、と思うほど良くしてくれて……」
そう言うと、田中はうつろな目をして黙ってしまった。
そして、加納は気づいた。
本若が自分をここへ派遣した理由に。
「田中さん。また来週もこちらにいらっしゃいませんか」
加納は本若のいる家屋へ戻った。
「兄ちゃん、おかえり。ごはんできてるよ」泰林がのろのろと歩きながら加納を出迎えた。
「ああ、泰林。ありがとう。……じいさんはいるかい?」
本若は囲炉裏の前に座って食事の支度をしていた。
「──聖。腹が減ったろう。よかったら座りなさい」
加納は腰を下ろしてからしばらく囲炉裏の火を見つめていた。
「……じいさんは全てお見通しだな」
「そうじゃな。ある程度当たりをつけておかんと人間はすぐ病むからの」
「田中さんをそのままにしていたのは、本人が自分で気づくのを待っていたからですか」
本若は汁物の鍋をかき回していた手を止めた。
「……聖。おまえは優しすぎる人間だ」
「私はドライアイスよりも冷たいと知り合いに言われましたよ」
「その知り合いとやらは、おまえとは別の世界を見て生きている。おまえの優しさに気づくことはないであろう。何かに気がつけば話は別じゃが」
本若も加納も、アルコールの嗜好は一切ないが、真紀が漬けたという梅酒を少しだけ器へ注いだ。
「人を癒す職業の人間は一歩間違えば短命だ。特に同情と分析を履き違えとる場合はな。透視や予知など霊能力を使わずにすむカウンセラーですら例外ではない」
「だが、じいさんは健康そのものだ。人への優しさも俺が持っているものとは違う」
本若は穏やかに微笑んだ。
「本来、人間は自分で立ち直れる力を持っとる。まず、そのことをしっかり心に刻むのだ。そうすればクライアントの真の自立に立ち会える」
「ロイク様!! どちらで遊ばれてたんですか!!」侍従のオーバンは城へ戻ってきたロイクに小言を言い出した。
「電話にはお出にならないし、迎えにやった警護の者たちを投げ飛ばして逃げるなど、他国の王子はそんな非道はなさいませんよ!」
ロイクは格闘技に秀でているため、狙撃以外では大抵のトラブルに自分で対処できてしまう。
「手加減してやったんだからケガなど負ってないはずだ。大体、なんで私が遊んでると決めつける」
「じゃあ遊んでなかったんですか」
「いや、遊んでた」
「やっぱり……ファブリス様が国王代行で憔悴しきっているというのに!」
ファブリスはロイクの弟である。
「何のことだ」
「なぜご存じないんです」
「いや、せっぱつまった時以外、連絡してくるな、とファヴに言ってたし」
「何てことを仰せになってたんですか。ファブリス様は真面目なんですから、あなたに助けを求めずに耐えてらっしゃったんですよ」
「困ったやつだ」
オーバンは顔を真っ赤にして怒り出した。
「困ったお人はロイク様です! もうとっくにせっぱつまってるんですよ、国王が……!」
ロイクは父親の状態を知り絶句した。
その日は三度目の田中のカウンセリングだった。加納が田中と部屋で話していると、待合室がざわめいた。
「──あら、何かしらねぇ」
その途端、ドアがバンっと開く。
「私は見栄村の村長だ。この心理センターは本日をもって閉鎖する」
やれやれ、ややこしいのが来たな……さぁてどうするか……と、加納は考えを巡らせる。おそらくこの一方的な行為は、本若のやらかした事の余波なのだろう。
「……わかりました。だが、今はクライアントの診察中です。勝手に診察室へ入るような振る舞いはやめていただきたい」
村長は加納を見て少し驚いていた。つい最近、大学を卒業したような風貌にしか見えない。これが本当に本若の弟子なのか。
「……おまえは本若の弟子だそうだな。またうちの村で怪しい商売を始める気か」
「怪しくはありません。私はただの心理カウンセラーですよ」
「本若もおまえと同じような言い訳をしながら、次々と患者の病気を治しおった。おかげでこの村の病院は存続の危機に立たされていたんだ」
じいさんのやつ……余計な手出しをしているのはどっちだか。
「あのじいさんにそんな能力はありませんよ。人々の相談に乗っただけでしょう。体調が良くなったのは偶然です」
「何から何まで同じことを言うな! 気味が悪い!」
あれっ?じいさんも同じことを言ったのか。加納はなんだかおかしくなってきた。
「さぁ、あんたもこんな怪しい人間に関わってないで病院へ来なさい」そう言って、村長は田中の腕をつかんだ。
「ああ、い、痛い……離してください」
加納の目が光る。
「──全く人の選択を尊重できない村長だ」
「若いくせにダジャレを言うな!」
その瞬間、田中をつかんでいた村長の手が硬直する。
「うっっ、手……手が動かん。ど、どうしたんだ、一体……」




