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その世界を照らしに  作者: そいるるま
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番外編 5

「腰が痛くなったのはいつ頃からですか」加納(かのう)は田中に質問しながら過去のカルテを探し出し、棚から取り出した。

「半年ぐらい前だったかしら」

「ご家族がいらっしゃいますね」加納は本若(ほんわか)が記録したカルテを見ながら言った。

「ええ。息子夫婦が東京にね。私は一人暮らしです」

「腰に負担がかかるようなことをしましたか? 何か重い物を持ち上げたとか……」

「いいえぇ。そういうことは二、三か月に一度息子が帰って来た時にやってもらいました。電球をとりかえたりね」

「……? どなたか近所の方とか、もしくは業者に頼むとかはなさらないんですか。息子さんの帰りを待つなんて不便でしょう」

「でも、こんなちょっとしたことをわざわざ他人に頼むのは申し訳なくてねぇ」

 加納はだんだんと田中の状況をつかめてきた。



「その……ご主人はいつ?」

「二年ほど前にね」

「目が悪くなったのはその前ではありませんか?」

「あら、どうしてわかったんですか。さすが本若先生のお弟子さんですね」

 本若がどの程度能力を発揮していたかも予想がついてくる。

「最近、息子さんはわりと以前より帰ってくることが多いのでは?」

「ええ、主人が亡くなった後、遅い子供が生まれてね、あまりこちらへ来なくなっていたんです。でも私は腰が痛いからできないことも多くて、家もちらかってしまったのを見かねてね」



 加納は天宮村へ帰ると、本若を探した。霊能力は使わないようにしているが、加納は普通の人間よりも勘が鋭い。畑でまだ少し青みが残っているトマトを収穫している本若をすぐに見つけた。かがんでいる本若の背後から声をかける。

「──あの田中さんというご婦人がまた来るだろうと予想はついていたんでしょう?」

「おぉ、真面目に働いてきたな。しげさんはどーなっとったかの」

「……腰が痛いそうで」

「そうであろうな。あのご婦人は他人に物を頼むのが苦手じゃ。昔っからお嬢さんらしくおっとりして、夫に頼りっきりだったからのぅ。腰が痛くなっとれば息子が帰ってくるからな」


 加納は少し黙り込む。本若は汗をふきながら立ち上がり、加納を見た。

「……どうした。わしに何かを隠す必要はない」

「あんたが霊能力は使うな、というから観察しかしていませんが……まだ彼女には他に気がかりなことがありますね」

 本若はため息をつく。

「おまえは恐ろしく勘が働くの。だが、首はつっこまないことだ」

「どうしてです?」

「聖がそこまでする必要はないということじゃ」

 加納は本若の意図を図りかねていた。

「……息子の代わりに雑用をやってくれそうな若者は隣村にいるんですか」

「いたらどうする」

「ああいうぽやっとしたご婦人の意識を変えるのはあんたが禁じる力を使わないと時間がかかる。業者の中に若者がいるなら息子の代わりになるよう暗示をかけます。大してもたないが、それで他人にも慣れてくるでしょう」


「──そう、うまくいくかの」本若がつぶやいた。

「……え?」

「全く聖はせっかちじゃ。おまえは時間が必要ないのだろうが、人間には時間の流れが必要なんじゃよ」



 見栄村の役場庁舎では、本若の弟子の噂で持ちきりだった。

「本若の弟子というのが閉鎖した心理相談センターに詰めています」

 総務課長が村長に報告していた。

「なんだと!? あやつにそんな手駒がいたのか」

「──いえ、どうも調べたところつい最近天宮村へ入った若者らしいです。しかも、まるで本若の再来かと思うほど腕がいいらしく、センターは当時を彷彿とさせる賑わいです」

 村長はくやしそうに唇を噛んだ。

「あの心理相談センターは本若の知人が所有している。何とか手をまわして閉鎖させよう」


 総務課長は最近、市から異動してきたために以前の事情をよく知らなかった。

「本若には太陽光パネルの設置でずいぶん迷惑をかけられたそうですが、なぜ中止に追い込まれたんです?」

「……この村にはろくな資金源がない。太陽光パネルを設置すれば村も潤うはずだった。だが、本若が企業に交渉しやめさせたのだ。山を1つ削ればうちの村もただではすまないとな」

「──環境破壊、ということですか」

「わからん。計画の段階ではそれほどひどいことにはならん、と言っていたし」

「確かに一筋縄ではいかないようですが、あんな老人一人に何ができると言うんです」

「……本若には手が出せんのだ」


 村長は眉間に皺を寄せ、当時のことを思い出していた。

「あやつはな、他人の才能を増幅させる力を持っている。客は皆不思議がる。ただ相談に通っただけで、資格をとれただの、ビジネスで成功しただの、枚挙にいとまがない。」


 村長には本若の持つ能力が理解できない。

「そして極め付けは病気だ。現在の治療ではほぼ不可能な病もあやつの手にかかれば良くなってしまう。あれだけは世界中の特権階級の人間が喉から手が出るほど欲しい才能だ。どんな人間も明日をも知れない病にかかれば、金も名誉も何の価値もないからな。だからうかつに手を出せば世界を敵に回すことになるのだ」

 総務課長は疑念を抱いた。

「そんな大げさな。だったらなんであんな小さな村で生活してるんです」

「それがやつの恐ろしいところだ。普通ならどっかの国で豪邸暮らしもできるような身分だが、こんなところに引きこもっている」


 そして、村長にとって一番理解しがたいのは、自分を一番煙たがるはずの本若がまるで旧知の友人のように話しかけてくることだ。本若は冗談で人をからかうことはあっても、本気でバカにするような対応をすることはなかった。


「とにかく、その本若の弟子とやらには出ていってもらおう。私が出向く」



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