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その世界を照らしに  作者: そいるるま
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番外編 4

 本若(ほんわか)は常々、自分には加納(かのう)のような能力はないと話していたが、洞察力と経験値にかけては加納など全く歯が立たなかった。おまけに加納がしゃべれる言語は英語程度だが、本若は五か国語以上を操れるマルチリンガルでもあった。

 加納は若くしてほぼどの人間にも残っているある種の依存がほとんどないにも関わらず、本若が人生で見ている景色を部分的にしか見ることができていないことに気づく。

 本若は寛容で、注意はしても怒ることはほとんどなかった。細かいことはどうでもよく、いつもおどけているような雰囲気を漂わせている。



 加納は熱が下がってくると、村の者たちとよく話すようになった。本若がとりしきっているせいか、天国かと思うほど皆が穏やかだった。この村の名もなんと天宮村(てんぐうそん)と言う。


 ある時、加納は水が飲みたいと思って井戸へ行くと、自分の世話をしてくれた子供がいた。年齢は五、六歳か。名を泰林(たいりん)と言い、本若がつけたらしい。

「泰林、その井戸ポンプもないんだな」

 泰林は水が入っている桶を底から引き上げようとしたが落としてしまう。

「あ……」

「気にするな。一緒に引き上げよう」

 加納が引き上げてもよかったが、泰林はなるべく自分でやろうと努力していた。

「ああ、原始的すぎて気が滅入るな」加納は額の汗をぬぐった。

「兄ちゃんは使ったことないの?」

「都会の井戸はポンプで汲めるからね」

 もっとも井戸自体、ほとんど見かけないが。

「へぇ……見てみたいな」

「泰林はここから出たことがないのかい」

「うん。三歳の時、ここへ来たから覚えてないんだ」

「そうか。じゃあいつか私が連れていってあげるよ」

 泰林は桶から水筒へ水を移すと自分の部屋へ戻っていった。


「なんだか妬けるわぁ」

「な、何がです?」後ろから急に声をかけられ、加納はギョッとした。この村で暮らしている真紀(まき)という中年の女性だ。

「だってぇ、泰ちゃんがあんなに嬉しそうな顔したの、あんまり見たことないもの」

「……でしょうね。かなり年季の入った鬱ですから」

「子供なのに鬱なの? なにかの間違いじゃないの」

「いえ、あの緩慢な動作は鬱特有の症状です。私は以前、何度も同じような子を見たことがあります」

「私、てっきり何か重い病気なんじゃないかと」

「軽いとは言えないですね。真紀さんが考えている症状の重さとは違うかもしれませんが」

 

 そこへ収穫した野菜を運んでいた本若が通りがかる。真紀は本若に挨拶をして温泉の掃除へ向かった。

「珍しく余計な手出しはしとらんようじゃな」

「まるで今までは余計な手出しばかりしていたような言いようですね」

 本若は加納の恨み言を聞き流す。

「いやしかし、助かった。あの子は(せい)を気に入ったようだからの」

「……じいさんのことだって慕っているんでしょう?」

「さぁな。人間というのは意識が違いすぎると、相手にもされないんじゃよ」

 その言葉の意味は加納にもわかっていた。

「あの症状が消えたときには、あんたの有難みに気づきますよ」

「それまでわしが生きとるかの」

 加納はあいた口がふさがらない。本若は加納よりもしぶとく長生きしそうに見えるからだ。


「この村はずいぶん時代錯誤だが、この辺はみんなこんな感じなのか」

「いや、この村だけじゃ。これでもいちおう最低限の電気は引いとる。だが携帯は使えん」

 まずいな……ロイクからの連絡はここではとれない。

「海外と連絡をとりたいのなら隣村へ行け」

「何も言ってないでしょう。──どうしてそう察しがいいのか」

 本若は加納に頼みごとを持ちかけた。

「実はな、この村では金がちーっと足らんでの、おまえさん、ちょっと稼いできてくれんか」

「──は!? こんな人気(ひとけ)のない場所でどーやって稼げって言うんです」

「そりゃあ、聖の得意な相談室じゃ」

 このじいさん……まさか。

「じいさん、それはあんたが得意な分野だろう。なぜ私にやらせる?」

「わしはな、怪しげなジジイとして近隣から追い出されとる」

「堂々と言わないでください。私が行ったって同じでしょう」

「いや、聖が行った方がいいのだ。ワシの知り合いが話をつけとる。ただし、聖のその……妖しげな能力は使ってはいかん。無意識のコントロールにその力は必要ない。聖もわかっとるじゃろ」

 力を使わずに自分と同じ能力を発揮しろ、というのか。まったく、食わせ者だ。



「こんにちは。今日はどうされましたか」

 そこはショッピングセンター、と言えば聞こえはいいが、かなりさびれた外観の複数の店が集まった施設だった。加納は本若の指示で隣村の見栄村(みえむら)へ出向き、かつて本若が開いていた心理相談センターの一室に通うようになった。

 田舎の口コミは都会と違って超高速だ。本若が戻ってきたという噂があっという間に広まり、人気がない施設の一画は子供からお年寄りまで行き交うようになった。なぜか主に女性だったが……


 その初老の婦人は名を田中しげと言い、前かがみで歩き、加納の前の椅子に座った。

「腰が痛いんですよねぇ」

 腰……だったら普通、二軒隣にあるマッサージ屋に行きそうなものだが。

「あの……なぜこちらに? この並びにマッサージ屋がありますが」

「先日、行ったんですけど治らないんですよ。それで以前、本若先生がこちらで目を良くしてくださったのを思い出して」

「あのじい……いや、本若さんが? ──その、こちらに何回通われましたか」

「二、三回でしたよ。本当はね、手術が決まってたんです。でも、その前に治りましたからね」

 やはり……回数を操作しているな。普通のカウンセラーなら二、三回ではとうてい治せないし、おそらくは一発で治せるところを引き延ばしている。


「それにしても本若先生にこんな若いお弟子さんがいらしたなんてねぇ……」

 弟子……いつのまに俺はじいさんの弟子になったんだっ。

「村の者たちは内心喜んでいるんですよ」

 内心?大っぴらには喜べないと言うことか。一体あのじいさんは何をしでかしたんだか……


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