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その世界を照らしに  作者: そいるるま
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番外編 2

 ロイクはホテルのスイートルームに住んでいたが、最近はほとんど加納(かのう)の部屋に入り浸っている。彼にとって、親友の部屋に連日泊まり込むなどという体験はほぼ皆無だったためか、毎日楽しくて仕方がない。とはいえ、加納は平日、土日を問わずオフィスへ詰めていたため、二人がゆっくり話をするのはもっぱら夜だけだった。


「おいっ、この中で酒の入ってないのはどれだ」

 ロイクはマカロンの詰め合わせを加納に渡す。

「君はお子様か! これとこれだ。後はウィスキーが入ってる」

 ロイクが持ってきたマカロンはクリームにウィスキーが混ざっているタイプだった。

「おまえはこういう時、ホント役に立つな」

「ウィスキーが飲めるのに、なんで菓子に入ってるのはダメなんだ」

「セイはそういう嗜好がないのか?」

「俺は……たぶん他の人間より食に対する興味が薄い」

「だから老けないのか。いまだに容姿が大学生みたいだしな。もっとも日本人はみんないくつなんだかわからないが」

「……その菓子、俺にもくれ」

「あれっ、食に興味がないんじゃないのか」

「そうやって誰かが目の前で美味しそうに食べていると人間は食べたくなるものなんだよ」

「セイはそういうからくりにはひっかからないだろ」

「ロイク……君、俺のこと人間だと思ってないだろ」

 そういって加納はマカロンを口に放り投げた。



 以前治療をしたポールが親友のアレックスを連れてきたのは、ロイクと知り合ってから二、三か月後のことだった。アレックスはすっかりギャンブル依存に陥っている。

「ルーレットは楽しいかい?」加納が聞いた。

「ああ、先生。あれは難しくないから、すぐはまったよ。」

「ふぅん。簡単だから楽しいのか。」

 加納は少し考え込んだ。

「アレックス。君が普段、難しいと思うことは何だい」

「えっ……?」

 アレックスはまるでクイズでも出されたようにきょとんとする。

「そうだな、俺は人と暮らすのが苦手かもしれねぇよ」

「そうか」加納はアレックスの言葉から何かに気がつき、少し微笑んだ。

「俺は、家でいつも妻に怒られるんだ。どうしてかわかんねぇ」

「そう。じゃあ、家に居づらいんだね。いつも小言を言われるから」

「ああ、そうなんだよ」

「じゃあ、君は? 君は奥さんに不満はないかい」

「ねぇよ。あいつはいつだって正しいんだ。俺がいつも間違っているみてぇだ」

「アレックス。君、奥さんに自分が間違っていると言われたことがあるかい」

「それは、ないな」

「じゃあ、誰が君を間違っている、と言ったの」

「そりゃあ──」ハッと気がついた。何十年も言われ続けた言葉……


 アレックスは他人にこんな事を指摘されたことが一度もなかった。依存症の治療で来ているのに、なんでこいつはこんな関係ないことを話すんだ。こいつはアタマがぱぁなんじゃねぇか!?と訝しんでいたのだ。

「君の奥さんは君が間違っているから怒っているんじゃないんだ。間違っている自分は怒られて当然なんだ、と君が思っているから、それが奥さんの意識に通じているんだよ」

 アレックスは頭が混乱していて、全てを飲みこめない。


「さて、アレックス。これから目をつぶって。私が言うことをただ聴いていればいい。かなり難しいことも言うが、わからなくていい」

 そして、加納はルーレットがいかに難しい代物であるかをひたすら説明し続けた。それはそれは難解な言葉を織り交ぜながら……



 それから数日後、加納の勤めるカジノに警察が駆け付けた。なんと、加納がカウンセリングをしたアレックスが「ルーレットが余計わからなくなった」と言って暴れ出したのだ。

「……セイ、アレックスは君が面倒をみていたクライアントだな」

 オーナーはどうしてくれるんだ、と言わんばかりの形相だ。しかし、加納は痛くもかゆくもない。

「全て計算済みです。暴れたということは次の段階へ移っている。彼はすぐ釈放されます。」



 加納が予想した通り、アレックスは翌日に釈放された。元々穏やかな性格なので、怒りも早々におさまってしまったのだ。


「先生、俺はもうここでは遊べねぇよ。全然楽しくないんだ」

 アレックスはすっかり意気消沈している。

「ふぅん、そう。じゃあ、何して遊ぼうか。そもそも君、なんで遊びたいの」

「……?」アレックスはまた混乱し出した。

「私は遊ばなくてもいいんだ。この仕事は意外性があって楽しいからね。でも、君は遊びたいんだろう?」

「俺は家でテレビが見たいんだ。外なんか出なくたっていいんだ」

「じゃあ、テレビを見たらいい」

「テレビなんか見たら頭がバカになるって言うんだ」

「──君のママがね」

「先生、なんで……」

「アレックス。君を間違っていると言って育てた親御さんも、君の祖父母からそのように言われたはずなんだ。でも、それは君の代で終わりにするんだ。君は自分が間違っていると思って育つことがどんなに悲しいことかわかっている。だからそれができるはずだ」

 アレックスは加納の言葉を聞きながら泣いていた。


「さぁ、アレックス。家に帰って大好きなテレビを見るんだ。アタマがバカになろうがなるまいが、どっちだっていい。ただし、それは君の責任でするんだ。親御さんのせいにしてはいけないよ。もし奥さんが反対したら、きちんとひとつずつ、丁寧に自分の気持ちを説明するんだ。コミュニケーションをおろそかにしてはいけない。人はちゃんと言わないとわからない生き物なんだよ」

「だけど、先生は気持ちを察するじゃねぇか。それは普通の人間にはできないのか?」

「そうだよ。これは訓練が必要なマジックだからね」 



 それから数週間後、加納にカジノのオーナーから呼び出しがあった。

「セイ。君のカウンセリングの腕は大したものだ。」

「恐れ入ります」

「君のおかげでうちの顧客はおよそ二十パーセントが店から離れた」

 加納はオーナーの次の言葉を予測していた。視線を落とし、オーナーへ伝える。

「──残念です。私はあなた方に協力したつもりだったんですがね」


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