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その世界を照らしに  作者: そいるるま
24/41

2章 8

「そう言えば……」

「なんだい」

(せい)がこの前来てね、加納(かのう)さんと同じようなこと言ってるの。君がいてくれればいいって。いつも女の子に同じこと言ってるのかなぁって、誠の前で笑っちゃったの。そしたら、不機嫌になっちゃって」

「まぁ……同じことは言ってるね」

 でも本心は全く違うけどね、と加納は誠に同情する。普段から誠がとりまきの女性に囁いている言葉も、いざという時には真実味のない言葉になってしまうのかもしれない。しかし、こんなに憔悴(しょうすい)している明歌(めいか)ちゃんを笑わすとはこましの才能もあなどれない。加納は自分にはない才能を持った誠に感心した。


 

 明歌と話した後、加納はドアを開けて隼優(しゅんゆう)を中へ入れる。

「──君たち、いきなり熟睡中に起こされたらどうする」

「俺は親父を殴ったことがある」

「ボーっとしてへんなことを口走りそう」

「つまり寝ている方から見れば、ろくでもない行為と言うことだ。だが、私が見たところ意識は浅くなっている。だからうまくいくかもしれない」

「──え?」明歌と隼優は加納の言葉にきょとんとした。

 加納は明人(あきひと)の額に手をかざす。

「──明人君、目覚めるか、それとも眠り続けるか、君次第だよ」

 加納が言葉をかけると、明人の(まぶた)が少し動く。

「戻ってきたら、君は軌道を修正するだろう。だから起きても大丈夫だ」


 明人はうっすらと目を開ける。……ここは、どこだろう。見慣れない天井だ。僕、何してたっけ。あれぇ、明歌と隼優の顔が見える……そしてもう一人……

「──加納さん……どうしたんですか……」

「ああ、いや、出張かな」

「……兄さん!!」

 明歌は明人が目を覚ましたのを見て泣き出した。それを見て明人はオロオロする。

「め、めいか……泣かないで」

「おまえがいつまでも寝てるからだ」隼優は嬉しさを隠そうとしてぷいっと横を向く。

「僕、そんなに寝てた?」

「ああ、寝だめでもしてるのかと思ったぞ」

 加納が席を立つ。

「隼優、看護師さんを呼んで。私はご両親に連絡する」


 廊下へ出て階下へ向かう加納に隼優が呼びかけた。

「大先生!」

「ん?」

「明人を助けてくれてありがとう」

「……残念ながら、彼を助けられるのは君だけだよ。私がこれ以上手を出せば世界の均衡が崩れる」

「俺が……?」

「それはまた今度話そう。君たちの絆は想像以上に強いということだ」



 厳重な警戒の下、久しぶりに学校へ登校した明歌には、連日テレビを見て大騒ぎの同級生たちがかわるがわる話しかけていた。高校に上がってからは明歌が歌うことはなく、病気で長期の休みに入っていたこともあり、クラスでは地味な存在だった。今回の事件で明歌の存在は世界中に知られることとなった。


 明人が目を覚ましてから、鹿屋家(かのやけ)の両親はまた働き出した。明乃(あきの)はパートに出ていたので、仕事帰りに必ず明人を見舞った。

 右手の傷がほぼふさがった隼優もバイトを再開し、日によっては明人の病室に泊まりこんだ。

「隼優、大学行きなよ~僕はもう大丈夫だからさぁ」

「俺はずっとおまえが起きるのを待ってたんだ。好きにしたっていいだろ」

「僕といっしょに留年でもする気? 余計金かかるじゃん」

「そうだよなぁ。親父は小金持ちだけど、旅費代がハンパじゃねぇし……」

「ねぇ、小金持ちってどういう意味?」

「大金じゃないけど、動かせる金はあるって意味だよ」

「フフっ、それ隼優の決めた定義だろ」明人は久しぶりに隼優の屁理屈を聞いて笑った。



 その日、約一か月ぶりにたくみを除く事務所のメンバー全員が集まった。

 明歌はコーヒーを入れてから、デスクで作業をしている海里(かいり)と誠、ソファに座っている加納と隼優にそれぞれのマグカップを運んだ。

「ありがとう。明歌ちゃんもそこに座って」

「全員、作業を止めて聞いてほしい。ほぼ欧州音研との交渉は完了している」

「フロランタンはどこへ消えたんですか」誠が加納に聞いた。

「残念ながらそっちは追跡中だ。だが、見つからないだろう。おそらく彼らが隠したと考えるのが妥当だ」

「じゃあ、やつらは明歌をあきらめてないな。スケート場でもおかしなことを言ってたし……」

「そう、あれは気になるよねぇ。明歌ちゃんが自らあっちへ赴くだろう、って」

 誠が隼優に同意する。

「め、めいかちゃーん、どこへも行かないでよ!僕、泣いちゃうからね!」

「海里って兄さんみたいなこと言う」明歌はくすくす笑った。

「明人はこんな女々しくないぞ」隼優が反論する。

 加納は話を進めた。

「フロランタンについては下部組織の者であり、無理に連れていこうとしたのも勝手な判断だったということだ。これは全て嘘だろう。政治家がよく使う手だ」

 加納は欧州音研側の弁護士が用意した資料を開いた。

「あっちは明人君の入院代もこれからの活動資金も全て賠償すると言ってきている」

「じゃあ、せいぜいふんだくってやるんだな」隼優は明人に傷を負わせた怒りを露わにする。

「それが鹿屋さんは受け取らないと言っているんだ。まぁ私が親でもそう言うけどね。とっととそんな怪しげなところとは縁を切りたいし」

「父はちょっと単純なところがあって……そういう交渉とか疎いと思う……」

「不思議な人だな。あれでからくり箪笥の名人なんだから」人志(ひとし)は加納にとって理解しがたい人物の一人でもある。

 隼優が真剣な眼差しを向ける。

「……やつらは何を考えている?」


次回で第2章は終わりの予定です。3章の冒頭へつなぐエピソードがちらっと出てきます。

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