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その世界を照らしに  作者: そいるるま
22/41

2章 6

「何も今すぐ私たちに協力してほしいわけではありません。あなたはまだ学生だし、卒業してからでもいい。我々に協力してくれればあなたは就職活動する必要もありません」

「……私はそこで何をするんですか」明歌(めいか)は慎重に尋ねる。

「特に難しい仕事はありません。あなたはただ、用意した部屋で歌っていただければいい。我々はそれを録音し分析します。あなたの声の一体何が人体に効果的に働いているのかがわかれば、さまざまな分野で開発ができるんですよ」

「じゃあ、私はあなたたちのビジネスのお手伝いをするってことですか」

「あなたは若いわりに呑み込みがいい。このプロジェクトはあなたがいなければ立ち行きません。ですから、あなたには最高級の環境をご用意しますよ」

 明歌はフロランタンの言葉を聞きながら、加納(かのう)と初めて会った日のことを思い出した。加納は「歌はきみに希望をもたらすから」と言っていた。そして、私は自分のために歌を歌った。自分を治すために……


「私は……行きません。そこは私が歌う場所ではありません」

「明歌……」明人(あきひと)は明歌の意を決した表情に目を奪われる。

「もし、あなたが大きなステージで歌いたいとおっしゃるのなら、将来的にはプロモーションをしますよ」

「違います。私はあなたたちに協力はできないから」

 フロランタンの顔が一瞬ゆがむ。

「やはりあなたはまだお若い。我々に協力すれば同世代の誰よりもいい暮らしができるというのに」フロランタンは皮肉めいた眼差しを明歌へ向ける。

「──それはあんたの観念だろう。明歌におしつけるな」黙って話を聞いていた隼優(しゅんゆう)が反論する。

「明歌さん。どちらにしろこんなところにいたのでは、あなたの気が変わらないことはわかっていました。あなたはどうも他の女性とは違い、一筋縄ではいかないようだ──ただ、覚えておいてください。あなたは必ず我々の元に来る」

「どういうこと?」

「しかし今は、無理にでもお連れするしかない」

 フロランタンの背後に控えていた四人の男性が身構える。

「俺を倒してからにするんだな」隼優が明歌と明人の前に立ちふさがる。

「フフッ。──ミスタークラト。おまえもこの場所じゃ力を発揮できないだろう」

 そのリーダーは隼優のことをよく調べていた。スケート靴をはいていれば本来の力を発揮できないだろうと思い、少しは()があると考えていたのだ。

「さぁ、どうかな」


 (せい)は俺の着信に気づいただろう。加納と警察のどちらが早く到着するかはわからないが、それまで時間を稼げばいい。せいぜい大暴れしてやるさ。

「──明人、明歌、下がっていろ」

 リーダー以外の男性のうち二人が隼優めがけて突進してきた。隼優は一瞬下にかがみこみ、リンクの特性を活かして二人の背後に滑り込んだ。隼優が消えたために前のめりによろけた一人の腕をつかみ、もう一人へ向かって投げ飛ばす。床が滑るせいで、二人とも遠くへ向かってボーリングの玉のように転がっていった。

 さすがにここまで来るともうリンクでは客が騒然と逃げていく。

 その間に、残りの二人が明歌の腕をつかみ、連れていこうとする。

「やめろ!頼むから明歌を連れていかないでくれ!」明人は屈強な体格をした男性に後ろからしがみつく。

「兄さん、私は大丈夫だから離れて!」

「明人!そいつらから離れろ!」

 明歌の腕をつかんでいた一人の男性がスケート靴のブレードで明人の右足を蹴りつけた。

「ぐぁっ!!」

「兄さん!」

 しゃがみこんだ明人の腕をつかみリンクの壁に叩きつける。明人はショックで気絶した。

 それを見て隼優は正気を失ってしまう。

「きさまら……生きて返さねぇ」隼優は明人を気絶させた男性に体当たりする。

「隼優!だめ!!」


「──そこまでだ」

「加納さん……」明歌は加納がこんなに早く到着したことに驚く。

「うっ、動けない。なんだこれは」加納は明歌をつかんでいた男性の動きを催眠で止める。

 明歌は男性の腕からするっと抜けると隼優に向かって走る。倒れた男性は隼優に殴られて重傷だ。

「隼優、しっかりして。」隼優は目が虚ろで明人に向かってふらふらと歩いている。


 加納は明人にかけよって抱きおこす。気を失ってはいるが、重傷ではないことが救いだ。

「──なんで私の忠告を聞かない。いや、今の君じゃ無理か……」

 海里が駆け寄った。

「先生。警察が到着しました。救急車も来ましたから」

「そうか……」加納の顔に苦悩の表情が浮かんだ。



 明人は都内の総合病院に担ぎ込まれた。意識が回復せず、さまざまな検査が行われたが異常は見つからない。

「どうして起きないの!?脳に異常がないのに。先生、兄さんを助けてください……」明歌は泣きながら医者に懇願する。

「明歌……」隼優は時間が経つにつれ正気を取り戻し、食事もろくにとらない明歌に寄り添っていた。


 明人が病院へ担ぎ込まれた日、鹿屋人志(かのやひとし)明乃(あきの)はすぐに病院へ駆けつけた。医者や警察から事情を一通り聞き終わると父の人志は「おのれ菓子屋め。菓子だけ売ってればいいものを余計な事に手を出しおって」と怒り心頭だ。結局、フロランタンがあれだけ説明したというのに、人志の中では魚屋から菓子屋へイメージが変換されただけのようだった。

 フロランタンは早々に姿を消していた。加納が到着した時にはもう姿が見えなかったため、監視員や近くで滑っていた客、あとは隼優と明歌の証言からしか追跡する方法がない。


 隼優は人志に頭を下げた。

「親父さん……俺がついていながらこんなことになってすみません」

 人志は隼優の右手をとった。隼優の右手は包帯でぐるぐる巻きになっている。

「ひどいケガをしたな。殴りすぎだ」

「はい。でも……」

「──隼優。おまえが無事で本当によかった。そんなに心配するな。明人は大丈夫だ」


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