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その世界を照らしに  作者: そいるるま
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2章 2

 隼優が帰ったあと、明歌は少し横になる。

 そう言えば隼優は昔から風邪ひとつひかなかった。格闘技をしていたせいか、かすり傷はそこらじゅうにあったが、ツテで紛争地域での子供たちの護衛に借りだされたときも、周囲は爆撃だらけの中、ケガひとつ負わずに帰ってきた。

 なぜなの……? 人はすぐそれを運だと言うが、本当にそうなのだろうか。何か違う力学のようなものが働いてはいないか。

 それが分かれば、自分の病気も治るのではないか……


 明歌はいつのまにか眠っていた。目が覚めると枕元で明人も寝ている。

「兄さん……」

 明歌は、この年で自分の環境がとても恵まれていることに気づいていた。他の兄妹を見るたびに、うちは何か違う、と感じていたのだ。

 それはひとえに明人の人柄だった。他の兄妹はちょっとしたことでもケンカをするが、明人が明歌に怒るのは何か危険がある時だけだった。明人は生まれながらに愛情深く、兄妹に対して嫉妬という感情がない。それは、明歌の両親のあきれるような仲の良さに影響されてのことかもしれない。


 その兄に、しばらくは人前で歌ってはいけない、と言われた時、明歌は生きがいとも言える歌をやめることにあまり躊躇も落胆もなかった。それ自体、自分でも驚きだった。

 それだけ兄を信頼していたし、もうひとつは隼優への思いがあった。

 隼優はなぜか明歌のことになると、自分の身を守ることすら忘れてしまうような危うさがある。病気になる前、隼優は明歌に寄ってくる興味本位の人間たちを場合によってはその護身術でねじ伏せたこともあった。


「しゅ……隼優、腕から血が出てる」明歌は鞄からハンカチを取り出した。

「あれっいつのまに……ん?」隼優は明歌の顔を見て困り果てている。

「……何だよ、あんな連中、大したことないって。──そんなに怖かったのか?」

「──え?」

 明歌は自分の目から涙が流れていることに気づかなかった。ケンカをふっかけてきた連中はそんなに怖くなかったが、隼優が自分を守って倒れることが何よりも一番の恐怖だったことに気づく。

「ち……ちがうもん。これは、あの、ちょっと急におなかが痛くなって……」

 隼優はハハッと笑う。

「お前たちは言い訳までそっくりだ。一緒に育つとそうなるもんかな」

「兄さんも私と同じようなこと言った?」

「ああ、いつも言い訳は腹が痛いとか、寝不足だとか、そんな感じだ。おおかた親父さんたちにいつもそういう嘘をついてるんだろ」

 


 明歌はくすっと思い出し笑いをする。隼優は私たち兄妹をよく見ていた。

「兄さんとおんなじ言い訳するなんて……なんかヤダなぁ」

 う~ん、と明人が目を覚ます。

「あれれ、ごめん。僕も寝ちゃってたんだ」

「兄さん……プログラミングの勉強で寝てないんでしょ。ムリしないで」

「そうだね……でも、僕がやりたいことに必要な気がするから、学生のうちにある程度は習得しておかないと」

 自分は忙しい兄の活動を妨げているのではないか。明歌は一人で病院へ行ったりすることはできるが、疲労のあまり河原の近くで立ち往生し、明人を心配させたこともある。

「──兄さん、私、病気になってごめんね」

 明人は明歌の言葉に動揺する。

「な、何言ってんの、明歌。明歌が悪いわけじゃ……」

「私、動けなくなっていろいろ考えたの。若い時に病気になるって何か理由があるのかなって」

「それは、僕も考えたよ。どうして明歌なのかな……ってさ」

「隼優は風邪ひとつひかない。でも私は……」

「あ、その理由はわかるよ。バカは風邪ひかないって言うだろ」

 明人と明歌は思わず笑った。

「──隼優はあれでもいろいろ考えてる、そうでしょ?」

「明歌……隼優に遠回しなことはしないようにね、隼優が大事ならね」

 明人は常日頃、隼優の超ド級のニブさに呆れ果てている。おまけに明歌が素直じゃないから余計こんがらがっているのが頭痛の種だ。

「兄さん、隼優は大事な人だけど、隼優に好きな人がいるなら邪魔したくない」

「──好きな人? っていつもとりあえずつきあっちゃう彼女たちのこと?この前ふられてたよ。いつもすぐふられてるけど」

「え、もう? 隼優ったらなんか意地悪なことでも言ったんでしょ」

「それがね、隼優って彼女の前だと人が違ったみたいに優しいんだ」

「えっ? ウソ……」

「ホントだよ~まぁ、隼優に告白してくる女の子ってみんな真面目系だからさ。大人しめっていうか。そういう子の好意は断れないから、とりあえずつきあっちゃうんだよね」

「……じゃあ、途中でやっぱり無理ってなるの?」

「隼優はね、相手に気を許してくると明歌の話をしちゃうんだよ」

「──え?」



「あの……倉斗くん、これ、この前の経済学のノート」

 隼優は明人にノートを借りることが多かったが、その日は珍しく彼女に借りることになった。

「ああ、助かるよ。……って、ええっ!? なんだ、この綺麗すぎる字は」

 隼優の元カノの字は綺麗な上に、講義の内容がわかりやすくノートにまとめられていた。

「え? 私の字ってそんなに綺麗かなぁ」彼女は少し照れている。

「明歌も書道やってるから字は綺麗だけど、こりゃあ、かなわないな」

 元カノの表情が少しこわばる。

「明歌──さん? て誰」

「ああ、明人の妹だよ。あいつがこの字を見たらくやしがるだろうなぁ」隼優はそう言って、微笑む。

「あの……仲がいいのね、その妹さんと」

「いや、俺が仲がいいのは明人の方で……明歌は昔から遊びに行くって言うとくっついてきたりとか、まぁ俺にとっても妹みたいなものかな」

 しかし、女の勘は鋭い。隼優が明歌の話をするとき、そこに特別な絆が存在することがすっかりバレてしまう。


「で、まぁ、その直後に彼女たちは去っていく……っていういつもおんなじパターンなんだ」

「隼優ってバカなの?」明歌の顔は真っ赤に染まる。

「うん、そうかも」



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