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その世界を照らしに  作者: そいるるま
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1章 8

 稽古が終わると、弟子たちは廊下に出て話し出す。すぐに更衣室へ行く者もいる。誠は大勢の弟子が廊下で話している間、軽く目を閉じ耳をすます。廊下にはざっと見積もっても二十人ほどいたが、全ての会話に集中した。気になる会話が聞こえてくる。

「おい、明日二限の経済学休むからノート貸してくれ」

「え? 俺も休みなんだ。明人に言えば」

「そうするかな……明歌の様子も聞きたいし」

「明歌ちゃんかぁ、難しい病気だもんなぁ。じゃ、隼優、またな!」誠が目で追っていた端正な顔立ちの青年が隼優だった。

──ビンゴ! なんだ、やっぱこいつか。僕って耳だけでなく、勘もいいのかも!容姿端麗だし、と誠は自分に酔い痴れつつ、隼優の後ろから声をかける。


「やぁ、隼優? くん」

 隼優は後ろを振り返った。

「誰? あんた。見学してたけど、ここに入るのか」隼優は誠の一般人とは思えないモデルのような出で立ちを見て訝しむ。

 誠は普段、華美な服装を加納に禁じられている。その日も上下とも無地で、地味な黒いジャケットを羽織っていた。それでも容姿の華やかさは隠しきれなかった。顔立ちも先祖がえりかと思うほど洋風だ。

「来るとこ間違えてるような気もするけどな」

「僕、君に興味があるんだ。この道場では強そうだね。お茶でもどう?」

「いや、俺あんたに興味ないから」

「ふーん、でも明歌ちゃんは気になるんだ」

 隼優の表情が緊張した。

「──あんた。何者だ」



 隼優と誠は道場に近い公園のベンチに座った。

「今、明歌ちゃんはうちに通って治療している。明人くんから聞いてるかい?」

「ああ……あのうさんくさいホームページの治療に行くか行かないか、さんざん迷ったあげく、行ってみたら予約の時間にぐーすか寝てたっていう不届きな先生があんた?」

 ひどい言われようだな……誠は加納をあわれんだ。

「いや、それは僕の上司なんだけどね。うちの事務所、男ばかりでたまに女性の手を借りたいと思っていたんだ。君、明歌ちゃんと一緒にうちでバイトしない?」

「俺はただでさえバイト掛け持ちで忙しいんだ。あんたたちの怪しげなビジネスにつきあっているヒマはない」

「でもさ、うちがたぶん一番時給いいよ。そのうちの一つのバイトを辞めてうちに来るってのはどう?」

「──なんで俺なんだ」

 誠は少し迷ったが、単刀直入に聞く。

「君、明歌ちゃんの変わった力を知ってる?」

 隼優の顔に再び緊張が走った。

「……知らないな」

「なんだ、知ってたのか」誠は隼優の声からわずかな動揺を感じとる。

「知らないって言ってるだろ!」

「悪いけど、僕の耳はちょっと変わっててさ、そういう嘘はわかっちゃうんだよね」

 隼優は誠の肩をつかみ、ものすごい形相で力を入れる。

「おまえら……明歌をどうするつもりだ」

 誠は隼優から後ずさる。

「ま、待て、待て! 君が本気出したら僕なんかひとたまりもないんだから」

 隼優はむっとしたまま誠の肩から手を離した。


「──明歌ちゃんに歌うの禁止したのって君?」

「禁止できるかよ。あれしかとりえがないのに」

「じゃあ、誰が──」

「明人だよ。明歌が歌えば歌うほど周囲は騒々しくなる。あいつは俺と違って寄ってくるやつらを威嚇できない。でも、明歌を危険な目に合わせたくない。だから仕方なかった」

 誠には気になることがあった。

「でもさ、歌が上手い子なんて今時そのへんにわらわらいるだろう? よく癒しにもなるなんて言う倍音だって訓練すればある程度出せるしさ。明歌ちゃんって歌手っていう華やかな感じでもないよね。それなのになんであの力がバレたの?」



「あの……なんか佐竹さんって元気ないですね」

 明歌がまだ病気を発症してなかった頃、同級生や先輩たちとカラオケへ遊びに行くことがあった。佐竹(さたけ)(みつぐ)とは明歌が入っている書道部のOBで、当時、高等部の二年生だった。

「ああ、佐竹くんね、プチ鬱なんだって」

 明歌の先輩である女性は声を落とす。

「あんまり大きい声で言えないんだけど、心療内科とかにも通ってるらしいよ」

「──え? そんなにひどいんですか。ただ落ち込んでる感じじゃないんだ……」

「次、明歌が入れた歌じゃない?」

「あ、ホントだ」

 明歌があるミュージカルナンバーを歌い出した。

「ひょえ~やっぱ明歌の音域って広すぎだよね~」

 みんなが聞き惚れていたが、中でも佐竹の興奮の仕方は異常だった。

「鹿屋さんっ! な、なんかわからないけど、スゴイ!もう一度歌って!」

「さ、佐竹さん、順番だから。また後で歌いますから、ねっ?」

 明歌は佐竹が急にテンションを上げたのを見て驚き、若干ひいた……


次回で第1章は終わりの予定です。


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