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その世界を照らしに  作者: そいるるま
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1章 6

 明歌が歌っている途中、玄関に誠が現われ、怒ったようにも見える表情で立ち尽くしていた。その後、海里が誠の後ろから顔を出した。

 「なんですかぁ~これは。ひどい! 先生、一体何やってたんですかぁっ?」


 海里が怒るのも無理はない。床はコーヒーがこぼれたままになっているし、玄関の横にある植木鉢は粉々にくだけて土が散乱。客用のスリッパは山川名があわてて出て行った時に、めちゃくちゃになっていた。

「ああ~、これは、その、事情があって……」加納が言い訳をしようとした時、誠がつかつかと明歌へと駆け寄ってきた。

「──君! 今、歌ってたの、君だよね? 一体なんなんだあれは」

「あの、すみません。私、最近歌の練習をしていなくて、聴き苦しい歌をお聴かせしてしまい……」明歌は誠が自分の歌の下手さ加減に怒っているのでは、と勘違いして頭を下げた。

「──え?」誠は一瞬、混乱したが、明歌が勘違いしていることに気づき、自分が驚きのあまり言葉を選ぶことすら忘れていたことを恥ずかしく思った。

「ち、違うんだ。ごめん。だって加納さん、この子の声……」

 誠はあわてふためく。加納は勘のいい誠を気の毒そうに見た。

「そうなんだけど、誠。ちょっと黙っといて。明歌ちゃん、身体の調子どう?」

「なんか、とても軽い。重くて重くて、ここまで来るのもけっこう大変だったのに。」

 熱も一気に下がったな。まったく、すごい威力だ。加納は明歌の力に仰天する。自分で自分を治してしまうとは。



 誠は珍しく初対面の少女の魅力にまいっているようだった。

「あの、とにかく僕は君の歌がとても気に入った! だから今度カラオケへ行こう」

「誠。気持ちはわかるが、職場で未成年をくどかないでくれ。さぁ、明歌ちゃん、今日はこれで終了だ。私はクライアントに通うようには要求しないが、君は治るまでにまだもう少しかかるだろう。」

 明歌は加納自身が治療をしない、と言った意味が少しだけわかった。

「加納さん。私、また来ます。今日の代金はおいくらですか?」

「──明歌ちゃん、一か月のおこずかい、いくら?」

「三千円です。でも、治療代は出してもらえます。」

「じゃあ、一回、五百円でどう? 学生価格ってことでね。」

 ご、五百円!?それじゃあ、まるでボランティアと同じじゃない、と明歌は驚いた。一体、加納はどうやって生計を立てているのか。こんなに弟子もいるのに。


 加納は明歌の表情がくるくる変わるのが可笑しいようで、しばらく観察していたが、彼女の心中を察し口を開く。

「私は普段、あまり個人のクライアントさんは診ないんだ。まぁ、あのサイトではいかにも怪しげで誰も来ないっていうのもあるんだけどね。だから、君はずいぶん勇敢だ。対人恐怖の気があるわりにはね。私たちは主に企業の相談にのっている。国内だけではなく、海外からもね」

「それなのに、個人の人も診ているのはどうして?」

「そんなに大層な理由はないんだ。僕は元々個人のカウンセラーだったから。今もその延長線上でね。苦しんでいる方には申し訳ないんだが、そもそもご縁がなければこの事務所にはやってこないから。誠も君と同じように、私が作った怪しいサイトを見つけて来てくれたんだ。それで出会えた」

「本当に驚きましたよ。あんな先生のインチキくさいホームページ見て、誰が来るもんですかって、この前も僕が文句を言いまくったんですけど、まさかこんなかわいらしいお嬢さんが来るなんてなぁ」海里は加納のデザインセンスのなさにはほとほとあきれ返っていた。そのため、企業向けのサイトは海里が作成している。


「え? あの……誠さん? もご病気だったんですか。とても健康そうですけど」

「いや、僕は病気じゃなくて、家族のことを相談しに来たんだ。あっという間に解決したから信じられなくてさ。加納さんの側にいれば、わかるかもと思ったけど、いまだによくわからないよ」

 明歌は海里や誠と話しているうちに、彼らがごく普通の人間であることに気づいた。加納は自分が一番凡人だと言っていたが、やはり加納の力は尋常ではない。

 小さい頃から、隼優の怪力を見て育った明歌にとって、格闘技とは違う力を使う加納に、明歌は新鮮な驚きを感じた。事務手続きを担当している海里と次の予約をして、事務所を後にする。



「明歌。治療はどうだった?」

 雑居ビルの1階へ降りると入口に明歌の兄が迎えに来ていた。明歌は一瞬とまどう。治療の内容を兄には言えない……

「に、兄さん、今日はサークルの飲み会じゃなかったの?」明歌は自分の動揺を悟られないよう明人に聞く。

「ああ、うん、でも明歌が途中で倒れたら僕やだから」

 明歌は困った顔をする。

「兄さんは過保護なんだから。私がそのへんで野垂れ死にすると思ってるんでしょ」

「都会で野垂れ死にしたら、だいぶニュースだよね~」

 二人は雑居ビルを出て、新宿駅へ向かった。


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