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その世界を照らしに  作者: そいるるま
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序章 「アメリカ編」 1

 私はもう歌えない。

 歌うと注目されていろんな人が寄ってくる。


 私を利用しようとする人。

 私に幸せにしてもらおうとする人。

 私を(あが)めようとする人。


 そんなことしなくてもみんな、大丈夫なのに……


 あれ? (しゅん)(ゆう)、何してるの。

 私、もう歌わないから戦わないで……


 やめて! 隼優……!



 その事務所は新宿駅の喧騒から少し外れた場所に建つ雑居ビルの中にあった。職業柄、引きこもりの子供を連れた主婦、個人の学生やら社会人、大企業の取締役、どっかの国の王族までやって来るような場所だが、セキュリティには無頓着、ビルの玄関にはオートロックすらない。それでも責任者である加納聖(かのうせい)はおかまいなしだった。加納が危険にさらされると、なぜか困るような輩が世界中にいるらしく、いつだったか、事務所の前に警備員が勝手に配置され、丁重にお断りしたこともある。当人はあらゆる危機に慣れているようで、何かあっても微動だにしないが、困るのは雇われている弟子達である。誰かが殴りこんで来ても、殴り返すのは禁止されているため、蒼白な顔をしてあらゆる手段で事を収めるように日夜努力しているようだった。

 加納の本業は心理カウンセラーだったが、現在はその能力が多岐に渡り、世界中にクライアントを持つコンサルタントになっている。


「君たちに、しばらくアメリカへ行ってもらいたいんだ」

 年齢は三十代前半ぐらいに見える加納は窓側のソファに座って、そう言った。

「……大先生、俺は大学あるし、こいつは高校生だ。ガッコはどうすんだよ」向かい側のソファの肘掛けに腰かけている都内の大学に通う倉斗隼優(くらとしゅんゆう)は、同じソファに座っている少女を指差して聞いた。隼優だけは皮肉も込めて、加納を『大先生』と呼んでいる。

 加納の向かい側に座っている少女の名は鹿屋明歌(かのやめいか)と言う。隼優は明歌の兄、明人(あきひと)の親友である。明人は先日の事件に巻き込まれ、動けなくなっていた。


「現在、アメリカでは銃の規制が問題になっているのは知っているね。それについて某国から依頼が来ている。だが、僕は他に仕事があるし行けないんだ。大学は一ケ月ぐらいどうってことないだろう。もうすぐ夏休みだし。高校を休む明歌ちゃんには少し酷だけどね」

「だからってなんでバイトに行かせるんだ? そんな難しそうな仕事、そこにいる(せい)に行かせればいいじゃねぇか。アンタの一番弟子だろ」

「え、いいの? 僕が明歌ちゃんと同じ部屋で寝ても」

 誠という名の青年は事務所のデスクから、嬉しそうな顔で隼優に声をかける。彼はフルネームを木野誠(きのせい)と言い、加納と同様、そのふざけているともとられかねない名前は両親が思いついたようだった。

「は? 大先生。ひと部屋しかとらない気か」

「宿泊費は某国が出してくれるから、部屋はそれぞれとれるよ。でも、明歌ちゃんを異国で夜一人にしとくのは歓迎しないな。隼優だったら大丈夫だろう? 誠に行かしたらどうなると思う」

 誠はいつも女性に囲まれていて、いつだったか、この事務所では誠を巡って女性達が痴話げんかを繰り広げた。

「なんだ、そういう事かよ。誠だってこんな色気のないやつに手ェ出さないだろ」

 横に座っている明歌がふくれた。

「ちょっと、その口、どうにかならないの!」

「明歌ちゃんの可愛さがわからないなんて、全く隼優の目は曇りガラスと一緒だな」誠も明歌に続いて言い放った。


 隼優は2人の文句を無視して加納に聞いた。

「俺は格闘技の大会であっちは行き慣れてるが、明歌を連れてく必要があるのか」

「今回は明歌ちゃんを安全に連れて行くことが君の使命だよ。と、言っても君の武術はなしだ」

「なし……って、おいっ、ケンカが必要なぐらいヤバいとこへ送るつもりか」

「どえ~先生、僕イヤですー! そんな危険なとこ行くの」

 誠の隣のデスクで事務作業に追われていた小野海里(おのかいり)が涙目で訴えた。海里は明歌と同じぐらいの身長で成人しているとは思えない童顔のため、まるで小学生が駄々をこねているようにしか見えない。

 俺もこんな奴、連れて行きたくない……と隼優は海里を見てあきれる。

「大丈夫。何かあった時は全員、たくみの言う通りに動くんだ」

風波(かざなみ)たくみという青年はその時、用事で外出していた。加納には世界中から依頼が来るため、たくみは主に五か国語を操って通訳を担当している。ただ、たくみには加納から仕込まれた特殊な能力があり、その能力によるサポートが期待されていた。

「それはかまわない。でも、もしたくみがいない時は? 明歌に何かあったらどうする?」隼優は深刻な顔をして加納に聞いた。

「そんなに心配しなくてもいい。どうしても、という時は君の好きにしたらいいよ。……明歌ちゃん、最近歌の練習はしているかい?」

「してない。だって加納さんがあんまり人前で歌うな、って言うから――」

 明歌が少し気落ちした様子で答えた。それを見た隼優が加納に言う。

「……大先生。こいつ、歌しかとりえがないのに、それを禁じようってのか」

「もうっ、隼優! 私、歌以外だってちゃんとできるんだから」

 加納は何か思いついたように、提案する。

「そうだね、じゃあ、今ここで何か歌ってみようか。練習も兼ねてね」

「え、今?」

 明歌は意表を突かれたのか、ぽかんとしたが、うん、とうなずく。

「歌え、とか歌うな、とか全く大先生も気まぐれだな」

「私もいちおう人間だからね」そう言って加納は苦笑する。


 歌いだした曲はハミングだったが、驚異的な音域だった。しかし、相変わらず音程はたまに外れるし、プロになりそこねた歌唱力と言ったところだ。

 それなのに、彼女が歌いだすと、身体のどこかが活性化するかのような感覚に陥る。


 

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