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理想と現実


茅﨑(かやさき)しづくは溜息をついた。

ベッドに横になって、手を上に伸ばす。

その手を軽く握ってから肘を曲げて横の机に伸ばすと、ヘッドホンを掴む。慣れた手つきで片手でスマホにジャックを差し込むと、すぐさまアプリを起動、毎日欠かさずに見ている動画を流す。


『盛り上がる準備できてるー??』


照明が落ちて暗くなったところに、すぐさま上がる歓声。


『みんなありがとー!!!!今日も歌わせてもらいまーす!!』


これは、この前お小遣いをはたいて見に行ったライブの映像だ。

画面の中で歌っているのは私の大好きな歌手、mai(マイ)

19歳のときにオーディションで、あるアニメの主題歌に大抜擢、それをきっかけに今も様々なアニメ、CMソングに名を連ねるmai。

彼女の歌声に誰もが魅了された。


透き通った声が紡ぐ美しいメロディ。

まるで一つのドラマを見ているような歌詞。

それを彩るアコースティックギターの音色。

彼女以外誰も音を出そうとしない空間。

ただ歌い始めただけなのに、誰もが耳を傾ける。

彼女の声には、そんな力があった。


気づけば一曲終わっていて、次の曲へ次の曲へと流れていく。


『ありがとうございましたー!!!また来週ー!!!』


各地のライブハウス、ステージに呼ばれ毎週のようにライブを開き、収録も忙しいのに時々テレビに出演。正式デビュー前からSNSのフォロワーは、そこそこテレビに出ているタレントの上を行き、デビューシングルはダウンロード数アニメソング部門で堂々1位を獲得、その後に出た小さなイベントはチケットが数分で売り切れ、などの伝説を生み出した彼女の名を、アニメ界で知らない人はいないと言っても過言ではない。

聞いた人全員の心をつかむその歌は、公式ファンクラブの会員の中で『天使の歌声』と呼ばれているらしい。


しづくは1年前、初めてこの天使の歌声を聴いたとき、感動した。その頃はもう学校の授業なんか忘れて、maiの歌の事しか考えていなかった。

公式youtubeチャンネルは開設その日にチャンネル登録したし、新しい曲が配信されるたびに買って、何度も何度も聞いた。

今までしづくには、ここまで本気で好きになれるものがなかった。


「大好き」はいつしか気づかない間に「夢」へと変わっていった。

いつもはただ聞くだけだった曲も、歌い方、ブレスの位置に気をつけて聞いてみたり、合わせて歌ってみたりもした。


絶対に笑われるだろうと、誰にもその夢を話さなかった。


でも、何かがダメだった。

私は自分の声が嫌いだったからだ。比較的低い自分の声では、アニソンに必須の高音が出せないことはわかりきっていたことなのに。

自分のなかで諦めをつけられないまま一年が経った。

その頃だった。今まで遠くて見に行けなかったライブを、mai がしづくの家の近くでやってくれる、と知ったのは。


運命だ、と思った。

直接歌声を聞けば、何かが変わるんじゃないか、と思った。


頑張って一ヶ月お小遣いを少しづつ貯めて行ったライブで、自分はどうしようもないことを思い知らされた。


歌の出だしを聞いただけで、私には無理だとわかった。あの綺麗な声は、私の汚い声とはかけ離れている、と。

やっと諦めがついた。そういって、喜ぶことにした。


夢を捨てた私は、新たな夢を探して彷徨い続けている。

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