伝聞怪談 ありえない電話
「バイトの先輩から聞いた話なんですけどね」
と、彼女は話し始めた。
「その先輩の友達が元気なさそうだったんで、なんかあったの?ってきいたそうなんですよ。そしたらね、最近ずっとイタ電かかってきてめっちゃ困ってるらしくって」
「イタ電ってまた懐かしい響きだね」
「そうそう、今時通話ってアプリじゃないですか。電話ってなんか他人行儀な感じして。で、ですよ。その人のケータイに毎日夜中に電話がかかってくるんですって。めっちゃうざくないですか?」
「うわぁ……それはうざいね。その人には、かけてくる人に心当たりとかあるの?」
「いやー、なんか全然わかんないみたいで。最初なんか寝ぼけて電話出たらしいんですけど、ずっと風の音?みたいな?なんかわけわかんない音がずっと聞こえてきたんだそうです。で、『もしもし?どちら様ですか?』ってめっちゃ丁寧に対応してたみたいなんですけど、ずーっとゴーゴー、バサバサーって感じの音がするんですって。流石にうざくなって『どちら様か存じませんが、この時間の電話は非常識です。もうかけてこないでください』って切ったらしいんですよ」
「ちゃんとしてる人なんだね」
「でしょ?マジ尊敬するわー、って感じですよ。私なら速攻で切りますもん。ていうか出ないし」
「あはは、キミはそういう子だよね」
「え、なんですかそれ。なんか引っかかるんですけど。まぁ、それはいいとして。とりあえずそんな感じで毎日毎日何度も何度もかかってくるらしくて。マジ滅入るわーって感じなんですって。なんか可哀想で、なんとかしてあげたいなって」
「そうだねぇ、やっぱり警察に相談ってところが妥当だよね」
「そうなんですよ、で、警察に相談したら、電源切って寝ろって言われたらしくて。それって全然解決してないじゃん!って感じですよね。で、で、こっからですよ、ヤベェーって感じになるのは!」
「警察の対応、すっごい塩対応だね」
「そこはもういいんですってば。聞いてくださいよ、この先がこの話のヤバイとこなんですから!」
「わかったよ、それでどうなったんだい?」
「あのですね、その人とりあえず警察の助言通り、電話の電源切って寝たんですって。そしたらね、かかってきたんですって」
「え?」
「かかってきたんですよ、電話!電源切ってるのに!」
「それは……どういうことだろうね」
「マジヤバイでしょ?で、流石にこれはヤベェって感じで、その人ガチで震え上がったらしくって。で、速攻でケータイ放置して近くの交番へダッシュですよ」
「そりゃ怖い。」
「でしょでしょ?で、交番着いたはいいんだけど、交番に警官がいなかったらしくて。もうパニックですよね。で、その交番には受付に電話が置いてあって、『不在の際はこちらの電話をお使いください。近隣の警察署に繋がります』って書いてあったらしくって、もう藁にもすがる思いで電話に手を掛けようとしたらね……かかってきたんですって。その、交番の電話に。
あっ、ヤバイって思ったらしいんですけど、もう勢いは止まんなくって、とっちゃったんです、受話器を。しょうがないから『も、もしもし…?』って、震えながら受話器を耳にあてたらまたあの音がゴーゴー、バサバサーって……。その人、その場で気を失って倒れちゃって」
「それで、その人はどうなったの?」
「そのあと交番に警察官が駆けつけてきたらしくて。警察の人はふつうに交番から通報がきたから対応したけど、呼びかけに応えないっていうんですぐに駆けつけたらしいんですよ。そしたらそこに倒れてる人がいるっていうんで大騒ぎになって。慌てて救急車を呼んでその人を搬送したんだそうです。で、目を覚ましたその人に警察もいろいろ聞くじゃないですか。詳しく話を聞いてみたらようやく警察もただ事じゃないってわかったらしくって、しっかり調べてくれたんですって」
「そうなんだ……で、電話の主の正体がわかったってわけ?」
「はい……そうなんですけど、なんかわけわかんない感じで……」
「どういうこと?」
「着信履歴を警察が辿ったら、発信者の番号が判明したらしいんですけど、その発信番号……もう使われてなかったんですって」
「もう?」
「そうなんです。何年か前に台風で倒壊して、今はもう存在しない公民館に置いてあった電話からだったんですって。で、その時避難所に指定されていた公民館にたくさんの人が避難したらしいんですけど、公民館が土砂崩れに巻き込まれて……何人か亡くなられたそうなんです」
「そうなんだ……」
「電話がかかってくる時間、その公民館が土砂崩れに巻き込まれて倒壊した時間なんだそうです。やっぱり助けて欲しいっていうアレを伝えたいんですかね……」
「なんだか遣る瀬無い話だね……」
「はい。ほんと、なんとも言えない気分にされますよ」
「で、その人、今はどうしているの?」
「先輩によると毎日毎日夜中に電話がかかってくるのがずーっと続いてもう耐えられないって、電話を全部手放して引っ越すんだそうです。ケータイを手放しても外泊しても全然意味なくて、その人に一番近い電話が鳴るんだそうですよ。たとえそれが壊れていようと、電話である限り必ず同じ時間にかかってくるんですって!迷惑ですよね。……あっと、そろそろバイトの時間だし、私行きますね。それじゃ、またなんか変な話を聞いたら教えに来ますね」
「うん、いつもありがとう。はい、これ、いつもの」
机の引き出しから封筒を取り出し、彼女に手渡してやる。
「ありがとうございます!えへへ!」
とびっきりの笑顔を見せ、彼女はいそいそと封筒をしまい、帰り支度を整えていく。
「気をつけてね、くれぐれも夜中の変な電話、でちゃダメだよ?」
「あはは!私夜中爆睡なんで、電話なんか気づかないです!」
「そうだね、キミはそういう子だ」
「あれ?なんか引っかかるぞ!うーん、まぁ、先生はそういう人ですよね。深くは考えません。じゃ、失礼しますね。さようなら、先生!」
「はい、さようなら」
彼女が帰ってしまうと、BGMがわりにつけたままにしていたラジオの声がよく聞こえてくる。私は深く椅子に腰掛け、背もたれに体を預けるとラジオに耳を傾けた。午後の番組のパーソナリティは穏やかに最近起こった出来事を語っている。
「さて、次はどんな話が聞けるだろうか」