男子トークは夜伽の時間に ~ご主人様はTS転生奴隷ちゃんと友達になりたいそうです~
「こういう事を面と向かって言うのも変だと思うけどさ、君とは友達になりたいんだ」
「へ?」
なんて間抜けな声を出してるんだ、あたし。
そもそもご主人様は何を言ってるのだろう? 奴隷と友達だと?
頭湧いてるんじゃないのか。
「だって同性で同じ国から来た奴がいたら、どうせなら色んな話をしたいって思わないか? TS転生者なんだよね」
あー、そうですよね。キミは勇者召喚特典のステータスオープンとか使えて称号なんかもバッチリ見えるんでしたね、何て羨ましい。
異世界召喚転生社会の格差是正を求めたい、わりと切実に。
あたしはそんな凄い能力は一つも貰っていない。チーレム要員補正なのか見た目はわりと良いと思うけど。
「俺も日本から来たんだよ。クラスやネトゲの参加者ごと集団で呼ばれるパターンもあるみたいだけど、俺って一人だけ召喚されたからけっこう心細くてさ。まさか自分が巻き込まれるとは思わなかったんだよね、異世界召喚。君もそうじゃない? 性別まで変わっちゃって大変だったんじゃないか」
知ってます。
最初は皆言うんですよね、まさかの異世界召喚とか何とか。あたしも前世の記憶が蘇った時に経験があります。
それにキミの事は途中まで読んでたんだ。
同じような話が多いから、思い出すのには苦労しましたよ、ホント。
読んだのが前世で死んだ前日の夜じゃなきゃ、思い出せなった自信はある。
だって、どこにでもいるような、テンプレの自称普通のオタ気味でネットスラングや天空の城とか好きな高校生なんだもん。
それでも、奴隷商で売られてたあたしを助け出してくれて、もう大丈夫だからって言ってくれた時は本当に格好良かったのになあ。
本気で惚れちゃってたし。
――ついさっきまでは。
前世は彼女居ない暦が享年の童貞男子高校生だったとしても、こっちの世界でもう十四年も女の子やってますし、恋愛対象はもちろん男の子です。可愛い女の子も大好物だけど、エッチしたいとは思わない。
「奴隷商の所でTS転生者って称号を見つけた時はスゲー嬉しかったんだぜ。男同士で気を使わずに現実世界の話が出来たら良いなって思ってさ」
今のあたしにとっては、こっちの世界が現実ですが何か?
駄目だ、なんか涙が出てきた……今夜は初めての夜伽のお相手だから抱いて貰えるなんて、一人で浮かれてた自分がもの凄く惨めに思えてくる。何で惚れちゃったんだろう?
つり橋効果なんかクソくらえだ!
「いきなり女の子の体になって大変だったんじゃないか? 生理とか来るだろうし。もしかしたら苦労してるんじゃないかって思って、スキルで生理用品作れるようにしといた。欲しかったらいつでも言ってくれよ」
「女の子だと思ってるんならそんな話すんなっ! そもそも何てスキル取ってるのっ?!」
「性別が変わって最初に苦労するのってそこじゃないの? それに慣れてるぜ、よく姉貴の生理用品を買いに行かされたりしてたし。同じ男なんだからさ、気にするなよ」
「女神様、トラック様、今からそのお姉さんをこっちに呼んできてくれませんか。色々と言いたい事があります」
主に教育方針について。重くて動くのが辛いわけじゃなくても行かせてましたよね、お姉さん。
電池さえ切れてなければキミのスマホのブクマも覗いてみたいんですが。いったいどこからTSだの何だのって知識を仕入れてきた?
「姉貴まで死ぬのは、さすがに嫌だな」
「あ……ごめんなさい」
そうだよね。こっちに来るって事は、死ぬか神隠しに合うかだろうし。うなだれるあたしの肩に、ご主人様が手を乗せる。
駄目だこれ。
部屋に招き入れられて肩を抱かれた時は大きな掌に心臓が破裂しそうなほどドキドキしてたのに、もう何も感じない。
てかウゼぇ。理解あるんですよって風なドヤ顔がウゼぇ。――恋ってこんなに簡単に冷めちゃうんだね。
「で、どうする?」
「何が?」
「生理用品。錬金術師スキルで吸水ポリマーも作ったし、自信作なんだぜ」
「欲しい、です……」
チートNAISEI製造スキルを前に、完全に屈服しました。なんかもう死にたい。
今度死んだらまた転生出来るのかな? なんて現実逃避をしながら目尻に涙を浮かべてぼーっとしてると、ご主人様があたしの肩にジャージの上着をかけてくれた。
「ありがと……」
お礼は言っておく。薄着のまままじゃ肌寒かったしね。
「夜伽の当番なんて無理に分担しなくたっていいからな。奴隷って言っても形式だけだし、みんな家族みたいなもんだって思ってるからさ」
「それは……ねえ、やっぱり本当はキモかった? 前世は男だって考えたら抱く気になんてなれなかったんだよね?」
わけのわからないやり取りの応酬ですっかり忘れてたけど、あたしは夜のお相手をしに来たんでした。
あたし達の奴隷チーレムは毎晩交代でご主人様の夜のお相手をしています。以前に何人か同時にお相手した時にご主人様が干上がったそうなので、今までは五人の奴隷達が毎晩交代でお相手をしていました。
あたしは、今夜は初めてのお相手で六人目になる筈で、そりゃもう気合いを入れて来たんだった。前世が男だって知られたらドン引きされるかもって不安は少しはあったけど、前世の事なんて関係無いって思ってた。
恋は盲目てよく言ったものだね。既に過去形だけど。
「今でも押し倒したくなるのを頑張って耐えてる。まだ幼さの残る女の子が、背伸びしてスケスケのエロい服とかご褒美過ぎる。けど、そんな目で見られるのも辛いだろ?」
やっぱりキミは変態という名の紳士だったのかな?
それとも童貞卒業済みの余裕って奴ですか?
そんな鋼の精神力を発揮するくらいなら、部屋に入った時にさくっと押し倒して欲しかった。
そういえば、このチーレムって半分くらいが十代半ばだし、やっぱりそういう趣味なのか。前世じゃロリコンキモいって思ってたかもしれないけど、この世界じゃみんなもうすぐお嫁に行く年齢だから別に良いや。
あれ、おかしいな? たしかweb小説だとチーレム全員と関係を持っていたような。本当に友達になりたいだけなのかな――もしかしたら、あたしが可愛くないからとか……
「そういえばさ、こっちの世界に来てからずっと気になってた事があるんだ」
「うん」
話題を変えてくれるのはありがたい。このままだとライフがゼロの所に死体蹴りを喰らい続ける所だった。
一人だったらそのまま号泣していた自信はある。
「『天使の福音書』の映画の続きって、最後は結局どうなったか知ってる? 結局リメイク前と似た感じのオチ? それともゲーム版みたいな熱い展開?」
アニメの話かいっ!
あー、でもオタク趣味なら当然か。天使の福音書って、昔ヒットしたアニメでこの十年くらいリメイクの映画を延々と作り続けてるやつだったっけ。テレビでやってたの見たっけ。
「あたしが生きてた時は、確かまだ公開されていなかったよ」
「マジ?」
「監督が声優に挑戦したり特撮映画作ったりしていて、続きをやる気配は無かった」
あたしの方がこっちの世界で先に生まれてるんだから、あっちの世界だとあたしの方が先に死んでるんじゃないのかな?
ご主人様は西暦何年に召喚されたんだ? あたしが死んだのは――もう十年以上前だし、正確には覚えてないや。
こっちの世界とあっちの世界の時間の関係がどうなってるのかなんて、さっぱりわかんないけど、もしかして同年代だったりするのかな。
「お、それじゃ俺が現実世界に帰ってもまだ間に合うかもしれないのか」
「帰る気あるんだね」
「そりゃ楽しみにしてたからね。他にも……深夜アニメは姉貴も見てる分は録画してるだろうけど、途中までしか見れてないのあるし、ネトゲは回りに追いつくまでに時間かかるだろうし、web小説は消えちゃう前に保存しとかないと。やべっ、ハードディスクの中身……」
「なんとなくだけど、ご主人様のお姉さんなら弟のパスワードくらいお見通しな気はする……ご愁傷様」
しかしこれ、夜中に若い男女が薄暗い部屋の中でベッドに腰掛けてする話かな? キミの中では男同士なんだろうけどね。あたしのライフはもうマイナスだ。
「前から気になってったけど、他の異世界召喚されてる奴ってよく平気だよな。見てたアニメや漫画の続きとか、スゲー気にならないかな」
「普通は、そこまで余裕無いんじゃないのかな?」
「ああっ、年に一回は滅びの言葉をつぶやいて鯖落としたい、まだオワコンじゃないっ! あれは魂の叫びなんだ!」
「召喚される子って、あれ好きな子多いよね。……早朝にヘタクソなラッパ吹いて鳩に餌あげるのは、近所迷惑だからもうやめようね」
騒音と糞害で、もの凄く怒られたし。
アイテムボックスの中につっこんだままになってる、目玉焼きを乗せたパンの山はいつ食べるんだろうか? 時間の凍結効果のおかげかできたてのままだけど、緊急時に間違って出したらどっかの青いロボットみたいな間抜けな事になりそう。
「コーラ飲みたい。宅配のピザと寿司が食べたい」
「けっ、金持ちめ。……発砲水が湧いてる所があるそうだから、今度汲みに行ってみよっか?」
「ゲームしたい。無双したい……地下迷宮の魔物が相手だと、血生臭すぎてちょっと辛い」
「テレビゲームは無理だけど、将棋やチェスやリバーシなら作れると思うよ」
疲れたのか、ご主人様がぐったりと寄りかかる様に肩におでこを乗せて来る。短い髪がチクチクするけど嫌じゃないし、別に良いかな。
「帰りたい」
「うん、そうだね」
「君も帰りたい?」
「あたしは……」
この姿で帰って、どうしろと? 確かに高校生で死ぬなんて、酷い親不孝をしちゃったもんだとは思うよ。けど、妹よりも年下の金髪の女の子になって戻ってきました、なんて事になったらどんな騒ぎになるやら。
――それに、あたしにとっておとうさんとおかあさんと弟はこっちの世界の人達だから。もう現世で会う事は叶わないけど。
だいたいあっちの世界に行く方法なんてあるのかな。
「淋しかったんだ」
ご主人様が膝の上に顔を埋める。嗚咽を堪えているのか肩が小刻みに震えてる。ずっと不安だったんだろうし、少しくらい甘やかしてあげるのも悪くないかも。
「奴隷だけどみんないるじゃない、家族みたいなものなんでしょ?」
「うん、でも……俺の事、全部は話せてない。異世界から来たなんて話、信じて貰えると思うか?」
「案外、あっさり信じてくれるんじゃないかな。みんなそれなりにご主人様の事は信頼してるから、少しずつでも話してみたら?」
奇行に定評のあるご主人様の事だから、すんなり納得して貰えそう。異世界の勇者を召喚したって伝説も多い世界だし。
「なあ、二人の時はご主人様っての止めないか?」
「ふーん、それは結婚の申し込みかな?」
「……それは」
奴隷は自分を買い取るだけの金額を持ち主に渡す以外にも、ご主人様みたいな身分が上の人と結婚すれば開放される。
その気は無さそうなのはわかってたけど、ちょっとだけ意地悪をしてみた。
「ダメだよ、あたしは奴隷でキミはご主人様なんだから呼び方は変えられない。貰ってるお給金は少しずつ貯めてるし、そのうち自分で身請けするつもりだから、それまで待って」
「ん……」
それから、こっち世界に来てからの事とか、日本での話しとかをしているうちに、いつのまにかご主人様は寝ちゃった。
心細かったのを吐き出せて、安心したのかな? 薄い生地越しにかかる寝息がくすぐったい。
なんだかすっきりした顔しちゃって。無防備で可愛いなあ。
寝てるのに、髪を撫でると気持ち良さそうな顔するし。伸びかけたヒゲがチクチクするのはおとうさんを思い出す。
少しくらいなら付き合ってあげるのも悪くないかもしれない。
ダメだ、これ重い。朝までやってたら、ヒゲが擦れて太腿が真っ赤になっちゃわないかな?
ふぬぬぬぬっ――がっしりと背中に腕を回してやがるから、どかせない。
しかたないか、目が覚めるまでこのままにしてあげよう。
ベッドの上の毛布を手繰り寄せて、二人で包まる。キミの匂いが髪に染み込みそうで、心がゴリゴリ削られる。
あーあ、気持ちはすっかり冷めちゃったと思ったのに。
ご主人様、残念ながらあたしはご希望に応えられそうにもありません。
キミと友達になるのはとても難しそうだから――