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3.ことわざをもって毒を制す

「ど、どうしたのユウちゃん!? ケンちゃんもそんなに慌てて!?」

「ごめん琴葉、ちょっとそこどいて!」


 僕と雄也の奇行に驚いたのか、台所では琴葉が目を丸くしている。

 しかし今はあえて無視。先にシンクに向かってえずく雄也の背をさすり、小声で確認をとる。


「雄也……ま、まさか」

「いや……蓋を一瞬開けただけで食ってはいない。臭いにやられただけだ」


 その言葉に内心ホッとする。「一体何が……」と混乱する雄也に対し、僕はスマホの画面を突きつけた。

 途端、雄也の顔から血の気が引く。


「なんてことだ……っ! 道理でゲロ以下の臭いがプンプンすると思ったぜ……」

「かの名台詞をまさかそのまんまの意味で使うことになるとはねぇ……」 


 でもそれは決して誇張表現などではなく、廊下全体が鼻で息もできないほど強烈な汚物臭にまみれていた。たったいま換気扇をつけたけど、これもどれほど効果があるか。壁に染みついた臭いなんか今後数週間は取れない気がする。


 この様子だと、鍋の中はさぞ凄惨な状態だろう。

「ねえ雄也……その、鍋の中身ってどんな感じだった?」

「そうだな……控えめに言って、」

「う、うん」

「『げ』で始まって『り』で終わる二文字のアレな感じだった」

「最悪だぁっ!」


 聞かなきゃよかったと本気で後悔した。これで僕がこの台所に立つことは卒業までないだろう。というかもう二度と使いたくない。

 この土鍋も、使い勝手が良くて気に入ってたのに……うぅ……。


「おい健斗、嘆いている暇があったらさっさとこの鍋処分するぞ。……この分じゃ鍋パーティ自体も中止だな」

「……そうだね。仕方ないけど、琴葉もそれでいいよね?」


 空腹時だっただけに辛い決断だけど、この部屋で物を食べる気にもならない。ここは気持ちを切り替えて、早いとこ後始末を済ませよう。


 本日何度目か分からないため息をつくと、僕は琴葉にもその旨を伝えた。

 だがその反応は、


「しょぶん? なんで?」

「……へ?」

 キョトンとする琴葉に、僕だけでなく雄也まで唖然とする。

 そして衝撃の言葉が続いた。



「こんなにおいしそうな匂いなのになんで食べないの? もしかしてお腹いっぱい?」

「「なっ!?」」



 聞き間違いかと思うほど、狂気に満ちた発言だった。

 雄也も慌てた様子で僕に説明を求めてくる。


「おいどういうことだ健斗! 何で琴葉ちゃんは平気なんだよ!?」

「しっ、知らないよ! あのことわざは確かに発動しているはずなのに」


 ……いや、そうか。

『味噌も糞も一緒』。あのことわざは、てっきり味噌と糞が一緒くたに混ざる現象だと思い込んでいたが、それだけじゃない。

 むしろこう解釈もできないだろうか。


「琴葉にとっては味噌も糞も一緒の物……つまり同一物として認識されるんじゃないのか?」

「だ、ダブルミーニングだと!? おいそれじゃまさか……」


 そう、糞が味噌とみなされる以上、琴葉視点では土鍋の中はとってもおいしい味噌鍋になっている。つまり彼女の中だと鍋パーティは継続中。この流れでは確実に鍋を食べ始めるだろう。

 そうなると僕らが理由なく鍋を拒絶するのはおかしい。しかもこの鍋を調理したのは主に琴葉だ。その料理を捨てるとなると当然彼女の心は傷つくことになるが、そんな非道を女の子にするわけにもいかず。

 結果導き出される最善の行動は、


「僕ら三人、仲良く糞鍋を完食することだね」

「絶・対・に、嫌じゃあっ!」


 僕だって嫌だ。考えただけでもゾッとする。第一、仮に僕らが箸を動かさなくても、女の子が笑顔で液状の便をすする様も見たくない。

 何か……。何か方法はないのかっ。


「そんじゃ、そろそろ食べよっか~♪ ふたりとも移動するよ~」

 そうこうしているうちに琴葉が土鍋を持って動き出した。


 こたつまでの距離は約四メートル。

 地獄の糞鍋パーティ開幕まであと数秒もない。


「琴葉を足止めしてくれ雄也! その間に打開策を考える!」

「わ、わかった!」


 僕の指示に雄也は迅速に対応した。

 自然な動きで琴葉に近づき、彼女のもつ土鍋に手を伸ばす。


「えーと、琴葉ちゃんその鍋重いでしょ? 俺が代わりに運んでやるよ」

「大丈夫だよ~。それよりほら、はやく席ついてついて」


 土鍋を回収しようとした雄也だったが、あえなく失敗したようだ。だがそこですぐには身を引かず、何とか食らいつこうと粘りを見せる。


「いやでも、力仕事は男がやるべきだろ?」

「力仕事なんて大げさだよ~。こんなのどうってことないって」


 その間にも一歩、また一歩と琴葉はこたつに近づいていく。雄也も必死で話しかけているが、時間稼ぎは事実上の失敗といえた。


 残された時間はもうほとんどない。

 あと二メートル、あと一メートルと琴葉とこたつの間が縮まる。


 それでも、諦めるわけにはいかない。

 僕は脳をフル回転させ、思いつく限りのことわざを頭に並べた。


 目には目を、ことわざにはことわざを。琴葉が生み出したトラブルを解決するには、やはりことわざしかない。


 何かあるはずだ! 思いつけ! この汚染鍋を浄化する一発逆転のことわざを――!



「あ」


 突如、その言葉は天啓のように降りてきた。

 それにつられて次々と、芋づる式に浮かんでくることわざの数々。

 そこから最適な語句だけが選び抜かれ、まるでパズルのように平和な食卓奪還への道筋を構築していく。


 もちろん言葉はあやふやだから、このアイディアがうまくいくとは限らない。

 でも今の僕には迷うほどの選択肢がないことも、また事実だった。


「待ってくれ琴葉!」

「ほへ?」


 僕が声を荒げたとき、土鍋はすでに卓上コンロに置かれ、琴葉はまさにこたつに入る直前だった。


 つまり、まだ琴葉は()()()()()()()()()

 間一髪、間に合ったようだ。


「おまえに、聞いてほしいことがある」


 そう厳かに告げると、琴葉はぱちくりと瞬きを繰り返した。

 その奥では雄也が、ごくりと唾を飲み下す。

 二人に見守られる中、僕は声を張って告白した。




















「実は雄也って中学の頃までホモだったんだぜぇっ!」



「「……え?」」


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