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2.勃発! 鍋騒動

 さて、もうすでにお気づきのことかと思うが、彦根琴葉にはとある特殊能力が備わっている。

 その能力とは"ことわざの現実化"。彼女の周囲ではことわざが"文字通りの意味で"実現する、という非常に傍迷惑なパッシブスキルである。


 とはいえ"特殊能力"と言うからには多少有用な面もある。事実使い方さえ気をつければ、ちょっと小腹が空いたときに『棚からぼた餅』を召喚する程度には、役立つことだってなくはない。

 しかしそんな利便的な一面は全体からすれば極わずかだ。むしろその大半は災いしか引き起こさないことを、僕は経験上知っている。


 例えば小学生のとき『前門の虎、後門の狼』で二人そろって家に軟禁状態となったこともあるし、買い物中彼女の『喉から手が出』たときなんかは化け物が現れたと街中が大パニックに。危うく警察や研究機関が動き出すところだった。

 節分のときなんか、琴葉に頼まれて僕が鬼役のお面をつけた途端『鬼の目にも涙』効果で部屋中水浸しになり、挙句『泣きっ面に蜂』効果でスズメバチの大群が押し寄せてきたりと……ホント最悪だった。あんな必殺スキルコンボは二度とごめんである。



 しかも厄介なことに、琴葉は昔から勉強が恐ろしく苦手で、あろうことかことわざという()()()()()()()()。だから自分が能力者である自覚は当然なく、周りへの配慮どころか自分が悪いという認識すら皆無なのだ。

 ならば、と彼女にことわざの勉強をさせたこともあったが、何度やっても無駄だった。

 彼女にとってことわざとはもはや"自然法則"であり、普通の現象とことわざの区別がつけられないのだ。そんなやつに「おまえは能力者だ」と告げても、「そんな大げさだよ~」と一蹴されるだけだし、ことわざを教えても単なるあるあるネタとしか認識されない。

 まさに暖簾(のれん)に腕押し。馬の耳に念仏。手ごたえも効果もゼロなのである。


 そんなわけで僕は教育係を早々にあきらめ、最近では「自分の身は自分で守る」戦法に切り替えたのだけど……。



「……どうすんのさ、このカモ。見たことない羽色だけど、これ勝手に野生に還しちゃって大丈夫なの?」

「え、逃がしちゃうの? せっかく捕まえたのに~」

「迷い込んできただけでしょ。もしくは琴葉が生み出したか」

「やっぱりキャッチ&イートが基本だよ。カモ鍋食べたーい!」

「そんな釣り堀感覚で言われても……」


 琴葉が嬉しそうに掲げた鴨は、僕らが食べるにはちょっと生きが良すぎる。猟師でもなければ丁寧に(さば)いて食す、なんて芸当は到底できないだろう。

 と、僕と琴葉がカモの扱いで揉めていると、玄関から声が聞こえてきた。


「だめだぁ。一応肉は全部剥がしたけど、ボロボロでとても食える状態じゃねぇ。また新しく買ってこねえと……って」

 雄也は豚肉の入った小さな袋をゴミ箱に捨てると、その場で固まった。

 視線の先には、琴葉が抱える一羽のカモ。

 そして一言。


「捌くか」

「はぁ!? 正気か雄也!?」

「ちょうどメインの肉が無くなって困ってたしな。買い物の手間も省けていいじゃねえか」

「よくない! だいたい生きた鳥を調理する技術なんて誰が」

「大丈夫だって。俺ボーイスカウトやってたから」

「ボーイスカウトすげえなぁっ!」

 そのクラブ活動はボーイスカウトじゃなくて、もはやサバイバル教室だと思う。


「ともかく、今日は鴨鍋に予定変更だな。味噌に合うかはわからんが、多分いけるだろ」

「やったー! さすがユウちゃん! やろやろー!」

「え、ウソでしょ!? ちょっと二人とも!」


 コートを脱いだ雄也は腕まくりをし、意気揚々と台所の前に立った。

 その後ろを琴葉がカモを抱え、嬉しそうについて行く。

 二対一。流れは完全に食べる派側の勝利だった。


「健斗、スーパーの袋持ってきてくれ。あと食卓の準備もよろしく」

「……ああもうわかったよ! 勝手にしてくれ」


 ……面倒なことになったな。

 僕はため息を一つ。食材入りのスーパーの袋を雄也に渡すと、そそくさと部屋に戻り、こたつに食器の準備を始めた。


 ちなみにこの部屋は1Kルームなので台所は廊下を出てすぐ右にある。つまりここからちょっと視線を向けるだけで調理場の様子は丸見えなのだが。


「……うわぁ、本当に捌いてるよ」

 ちらり、と廊下を覗いたのち、すぐさま視線を逸らす。一瞬だったため雄也の手元は見えなかったけど……グロ耐性のない僕的にはあまり想像はしたくない。何というか、二人とも狩猟民族みたいにたくましいよなぁ……なんて、別の思考で誤魔化しておく。


 でも、ここまでされてはもう後戻りはできない。コンロと食器を並べ終えた僕は腹を括ると、こたつに入ってスマホを取り出した。


 今僕がやるべきは落胆じゃない。今後起こるであろう琴葉の能力を予習し、予防線を張ることだ。


『鴨 ことわざ』でネット検索。すると『鴨』と付くことわざの辞典サイトがいくつか表示された。そのうちの一つを開き、ざっと目を通す。

 でも幸い、『鴨』と付くことわざに危険性の高いものは見つからなかった。

 よし、これで心配事は一つ減――


「ゆ、ユウちゃん大変! おとうふの中から"コ"の形した鉄のかたまりが出てきた!」

「え、何これ……(かすがい)? ……何で?」

 台所から戸惑う二人の声が聞こえてきた。


 ……『豆腐に鎹』って、別に食品の異物混入事故みたいな意味じゃないだろ!

 いやまあ、確かに琴葉の能力って「ことわざを"文字通りで"現実化する」けどさ。せめて本来の意味に沿った発現をしてほしいよ……。危うく言葉の取り違えで胃に穴があくところだったじゃないか。


 イレギュラーな鴨だけ注視していたら、まさか豆腐に足元をすくわれるとは……。となると他の食材についても下調べが必要か。


「だとすると厄介だな」

 なんせ鍋の具材は種類が多い。すべての食材を調べるのは相当骨が折れそうだ。

 でも……やるしかない。一つ一つしらみ潰しで当たろう。

 まずは『白菜 ことわざ』で検索。……大丈夫そうだ。

 次にきのこ類……セーフ。

 油揚げ……『(とんび)に油揚げをさらわれる』か……。これは対策の必要がありそ――


「あわわユウちゃん! なんかおっきい鳥が玄関からはいってきたよぅ!」

「なんで台所に猛禽類が!? っておい油揚げくわえて逃げやがったぞ!」


 ……遅かったか。

 ほんの少し廊下の様子が見えたけど、まさか鳶自ら玄関を開けて侵入してくるとは……。あの天才盗人(盗鳥?)は将来、爪を隠すような能ある鷹を産むに違いない。


「って、感心してる場合じゃないか」

 後で散らばった羽根を片付けなきゃなぁ、とげんなりしつつ。気を取り直して検索を再開。


 ねぎ、しらたき、うどん。その他の具材も思いつく限り調べてみた。

 その結果……特に対処すべきことわざはなさそうだった。


「とりあえず食卓への被害はなさそうかな」

 念のため『鍋』のことわざも調べてみたが、それも問題なし。どうやら食事自体は普通に楽しめそうだ。


 ふぅ、と息をつく。なんだか安心したらお腹が空いてきた。

 台所からは二人の談笑と、味噌鍋のいい匂いが漂ってきた。そろそろ向こうの準備もできたみたいだ。僕も何か手伝おうかと腰を上げる。


「……ん?」


 と、何故かそのとき鼻に違和感を覚えた。

 正確には、におい。味噌の香りだけでなく、何か汚物のような異臭が混ざっているような感じがする。


「……なあ琴葉ちゃん、この鍋何か変な臭いしないか?」

「? そうかなぁ、気のせいじゃない?」

「ならいいんだが……」

 キッチンに立つ雄也も違和感に気づいたようだ。

 だが一方の琴葉は何も感じていない様子。


 ……何か嫌な予感がする。

 こたつに座り直し、スマホを手に取る。そういえば『味噌』についてはまだ調べていない。原因があるとしたらそこだろう。『味噌 ことわざ』で検索を試みる。


 結果はすぐに表れた。サイトの一つを開けば、多彩なことわざの数々。画面を縦にスクロールし、それらを一気に確認。

 その途中、とある語句を見つけた僕は指を止め、


「っ!!?」


 そして戦慄した。

 何故ならそのことわざが、あまりに悪逆無道だったから。

 現実化することを一切考慮していない、無責任で卑劣な比喩表現。

 その言葉の破壊力はあまりに残酷で、まるで僕らに対する嫌がらせのためだけに存在しているような言い回しだった。







味噌(みそ)(くそ)も一緒』

 意味:性質の異なるものをごた混ぜにして扱うこと。







「…………」

 尋常じゃない量の冷や汗が背中を伝う。

 ……えーと、つまり、もしこのことわざが"文字通り"に発動しているなら、


 現在鍋の中は"味噌"と一緒に"糞"も混ざっているわけで。


「…………」

 ……………………まずい。

 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!



「何だこの「男子小学生が味噌を舐めている友達を馬鹿にするときに使いそうなことわざランキング」でぶっちぎり一位になりそうなことわざはぁっ!」


 動揺のあまり全く意味不明なツッコミを叫んでしまった。

 でもそこを気にする余裕は一切ない。だって僕らは今まさに未曾有の食卓テロに遭遇しているのだから。


「よーし、お鍋かんせーい! ユウちゃんちょっと味見してみて」

「うーん何かさっきより臭いがキツいんだが……ホントに大丈夫か?」

「おいしいものしか入れてないし、大丈夫だよ。それよりほら味見味見~」

「ま、それもそうだな。んじゃ試しに一口、っと」


「!!?」

 台所から聞こえるやりとりに、僕は思わずこたつから飛び出した。


 ダメだ雄也、その鍋を食べてはいけない!

 早く彼を止めなければ!


 廊下へと続く扉を突き飛ばすように開ける。途端、排便を煮詰めたような生暖かい異臭で吐き気を誘われた。

 それと同時、



「おげぇェエッ! ゲっホごほっがほっ!」

「ゆ、雄也ぁぁぁぁああああっ!」

 雄也の咳こむ声が廊下に大きく響いた。


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