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貴族たちの憂鬱<8>

 激しい水しぶきが上がったと思うと、魚たちが剥がれ落ちた鱗のように、ばらばらと床に落ちていった。

 魚のいなくなった水竜の中に、引きちぎられたかのように破れた服をまとったアンナが一人、手を組んで浮かんでいるかのように漂っている。

 水竜の水が徐々に赤く色づいていくのを見て、リッツは喘ぐ。

「アンナ!」

 生きているのか……あの魚の中に落ちて……。

 いや、生きていてくれ! 

 祈りにも似た想いで水竜を見つめていると、突然水竜の方向が変わった。こちらへと向かってくるのだ。

 怒りに持ち満ちた水竜から逃れる術なんて無い。なすすべもなく、リッツは激しい水に押し流されていた。隣でエドワードが同じように流され、テレンスとフランツも流れていくのが分かった。

 水竜は暴走しているのか?

 術者のアンナはどうしたんだ。

 流されながら必死でそれを見据えようとするリッツだったが、水が唐突に引いていくのを感じた。仲間たちも突然引く水に狐につままれたような顔で座り込んでいる。

 唯一自ら逃れられないのは、ハモンド・バーンスタインの幽霊と、小鬼族だった。まるで粘液のように意識を持った水が、彼らを絡め取っていく。

「何だ、何だこの水は!」

 半ば消えかかったハモンドが、水の中でもがいている。小鬼族は喉を押さえてもがき苦しんでいるのが分かった。

「助けろ! 助けてくれ!」

 水の中で泡を吹き出しながら男たちは苦しげに手を差しのばす。

 だが誰も手出しが出来ないうちに、水竜の名残は、魚たちが元いた水の中に、ハモンドと小鬼族と共に消えていく。

 呆然としていたリッツだったが、目の前に横たわっているアンナに気がついて青ざめた。顔も、腕も足も無数の噛み傷が出来て血にまみれている。服もあちこちが食いちぎられていて、ボロ切れがまとわりついているだけに見える。

 そしてそこからも血が流れているのが分かった。

「アンナ……アンナ!」

 駆け寄ってアンナを抱き上げる。アンナは微動だにしない。脈を取ると、ちゃんと脈はあるし、呼吸もしている。

 体に触れ、顔に触れてみる。ひどい噛み傷だが、幸いにも噛みちぎられたところは、そう多くないようだ。

「テレンス! お前、応急処置の医療品を持ってたよな!?」

 アンナを腕に抱いたままテレンスを振り返ると、テレンスは情けない顔で首を振った。

「すまないリッツ。さっきの水で全部流された」

「そんな……」

「すまない。私は……役立たずだ」

 テレンスは呻くと、拳で床を叩きつけた。自分が何も出来なかったことを、テレンスも悔やんでいるのだ。 

 リッツは血にまみれたアンナを自分の上着でくるんで、抱き上げることしかできない。

 彼女を癒す手立てがない。何しろ治癒魔法を使えるのはアンナだけだ。

「俺は……俺はどうしたら……」

 目の前が真っ白で何をしていいか全く考えられない。アンナを失ったら生きられない。それはリッツの確かな感覚なのだ。まるで地面が無くなってしまったかのように、ふわふわしている。

「しっかりしろ!」

 突然エドワードに顔を殴られて、リッツはハッとした。

「起こってしまったことを悔いてもしかたないだろう! 一刻も早くアンナを、医者がいるところに連れて行くんだ」

「あ……ああ。そうだ、そうだよな!」

 死なせて堪るものか。アンナはリッツのただ一人の大切な伴侶だ。

「リッツ、陛下! ここに階段がある」

 フランツが大声を上げた。振り返るとフランツの横には立派な装飾が施された階段があった。手入れされていないから、装飾品に使われた金属の総ては黒くすすけたようになっている。

「先に行くよ」

 テレンスを促しながら、フランツが槍を構えたまま階段を駆け上っていく。アンナのために一刻も早く先を急いでくれているのだ。

「行くぞ」

 短くそう告げて、エドワードが階段に駆け寄りがてらリッツの肩を叩く。リッツは頷いて立ち上がった。ぼんやりしていたら、それだけ時間の無駄だ。

 階段を駆け上がると、驚いたことに一階の大きな食堂に出た。食堂の大きな暖炉に繋がっていたのだ。

 ハモンド・バーンスタインは、本当に食後の余興として、あの残忍なショーを貴族と共に楽しんでいたようだ。

「あの野郎、本当に気色悪い奴だ」

 ボソッと呟くと、エドワードが苦笑した。

「水竜に飲み込まれたとはいえ、既に死んでいる幽霊は死なない。一刻も早く脱出をするぞ」

「分かってるっ!」

 振り返りもせずに、玄関ホールを通った時だった。

 先ほど戦った鎧を蹴飛ばしてしまったのだ。鎧は派手な音を立てて転がっていく。

「おっと」

 敵に気がつかれるか、と一瞬冷や汗を掻いたが、リッツは次の瞬間に固まっていた。鎧から何かがばらばらとこぼれ落ちていたのだ。

「なんだそれは?」

 エドワードが気がついて拾い上げる。

「頭蓋骨か……やけに小さいな……」

 エドワードの呟きに、リッツは青ざめた。

「小鬼族……じゃねえのか?」

「……私もそう思っていたところだ」

 エドワードは頭蓋骨をそっと床に戻す。

「ってことは……あの小鬼族も……死んでたんだな」

 先ほどまでは何かしらの理由でここに住んでいると思っていた小鬼族の骨が、既に朽ち果てている。ものすごく異様な光景だ。

「思い返せばおかしいことが多々ある。リッツ、小鬼族が鎧の下半身に入っていたとして、あの短い足がどうやって鎧に合わせて動くんだ?」

「……確かに」

 小鬼族は子供ほどの身長しかない。つまり鎧の足に入ったら、どうしても下まで足は届かないし、片足に入り込んだとしても両足を動かすことなんて出来ない。

「……やっぱ空だったんだな」

 小声での会話だったが、フランツとテレンスを怯えさせるには十分だった。

「え……え? でも……ちょっと待ってくださいよ」

 テレンスが片手で顔をなで回している。

「じゃあ、全員死んでたってことですよね?」

「そうなるな」

「ここに生きた人はいなかったって事ですよね?」

 冷静なエドワードに、テレンスは半泣き半笑いの表情を作った。

「じゃあ……誰が私に食事を持ってきていたんでしょう? というか……私は……何を食べてたんでしょうね……」

 リッツは思わずエドワードと、顔を見合わせてしまった。フランツも青ざめている。食料はあの黒くこびりついたものしかなかったのではなかろうか。ということは彼が口にしていた食物は……何だったのだろう。

 リッツは身震いした。考えたくない。いや、考えない方が身のためだ。

「テレンス」

「なんだい?」

「忘れろ」

 この一言しか言葉がない。目に涙を浮かべて半泣きのままテレンスが頷いた。

 それからは誰も口を開くことなく屋敷を脱出し、昼間に繋がれたまま置かれていた馬車を必死に、ランディアの街まで走らせたのである。

 

 そしてその二日後。

 夕方を過ぎたぐらいにアンナが目を覚ました。

 他の三人はいったんリモフィスに様子を見に戻り、村人たちから色々と情報を聞きだしにいったのだが、リッツはアンナの側に一人残って、アンナを介抱していたのだ。

 残ったリッツは宿に戻ってすぐに医者を呼びつけ、アンナの治療を頼んだ。やってきた医者もアンナの惨状に言葉も無かったぐらいだ。

 リッツの背中の傷も、一応治して貰ったのだが、リッツはそれどころではなくて、夜中中熱に浮かされるアンナの手当を続けていた。

 全身包帯で被われた状態で危険な状態だったアンナだが、目を覚ませば話は簡単で、アンナは自分で重傷であると判断した場所から順に、包帯を剥がしては、自分で自分の怪我を癒していく。アンナは治癒魔法の使い手であるし、医者でもある。

 アンナ曰く、水竜がアンナの体を包み込んで、軽く癒してくれていたそうだ。そのせいで死なずに済んだのだという。

 でも水竜はいくらアンナの友といっても人のように治癒魔法を使えるわけではない。結果この状態になったと言うことだった。

 やがてアンナは全身を自力で治癒させ、ベットに身を起こして穏やかに微笑みながらリッツを見た。血にまみれた包帯を巻き取るアンナは、ほぼ全裸状態だ。まだ熱が引かないから、頬とまぶたを赤く染めている。

 服が厚かった部分以外をかなり噛まれたため、白い肌はかなりの惨状で、その痛々しさに言葉も出なかった。だがうっすらと傷の赤みを残しているものの今まで通りの姿に、今までつきまとっていたアンナを失うかも知れない恐怖が、ようやく少しずつ薄らいでいく。

「アンナ、大丈夫か?」

 恐る恐る聞くと、アンナは穏やかに笑った。

「うん。大丈夫だよ」

「本当か?」

「うん。だから触っても平気だよ?」

 アンナを抱きしめたくて、でも遠慮していたリッツに、アンナは気付いていたらしい。

 おずおずと手を伸ばしてアンナを抱きしめると、安堵の思いがこみ上げてきて、思った以上に強くアンナを抱きしめてしまった。勢い余ってアンナと二人でベットに転がる。

「重たいよぉ?」

「少しぐらい我慢しろ」

 抱きしめたままアンナに言うと、アンナはクスクスと笑った。

「寂しかった?」

「……お前が死んじまうかと思ったら、生きた心地がしなかった」

 正直に告げるとアンナは、リッツの髪を優しく撫でてくれた。

「怖い思いさせて、ごめんね」

 その感触が柔らかくて暖かくて、包み込まれているような気がして心底安心する。だけど一応抗議はしておくことにした。

「……俺は子供か」

「違うよぉ。甘えっ子だけどね」

 断言されてしまった。

「否定はしねえけどさ」

 いいながら、アンナの体を撫で、その暖かな感触を確かめる。まだいつもよりも熱く火照った感じがするから、熱が下がったわけではないだろう。

 無言のままアンナの体をなで回していると、アンナに申し訳なさそうに謝られてしまった。 

「ごめんね。完全に治したわけじゃないから、リッツに抱かれるのは無理だよ」

 ひどい誤解だ。一体リッツを何だと思っているのだろう。

「馬鹿。あれだけ重傷だった妻を、状況も考えずに抱く夫がいるもんか」

「そっか。そうだよねぇ」

 楽しげに笑いながら、アンナがリッツの背中に手を回してきた。その腕がやさしく背中をさすってくれる。

 アンナよりもかなり大きなリッツなのだが、こうされるとアンナに抱きしめられている気分になって安堵する。情けないが、アンナの言うとおり自分は甘えっ子なのだ。

 アンナの胸に顔を埋めていると、確かな鼓動を感じだ。あの状況でアンナを失っていたらと考えただけで身の毛がよだつ。

「無茶すんなよ。心臓が止まるかと思ったぜ」

 アンナの腕に抱きしめられたまま囁くと、アンナは微かに笑った。

「無茶じゃないよ」

 あっけらかんとしたアンナの言葉に、リッツは顔を上げて、まじまじとアンナのエメラルド色の瞳を見つめる。

「あのな、あれが無茶以外の何なんだよ?」

「全員が助かる唯一の手段があれだもん。前に言ったでしょう? 私は絶対に死なないって」

「でもなぁ……」

「でも魚に顔をバクバク食べられちゃって、私だって分かんなくなったらどうしようって心配だったんだよ。だからどんな姿になっても愛してって言ったでしょ?」

 アンナのあまりの一言に、リッツは額を抑えた。

「食べられる前提かよ……」

「そりゃそうだよ。あの状況だよ?」

「そりゃあ、まあ……」

「それでもエドさんも、リッツも助けて、私も助かりたいもん。ねぇリッツ、もし私が人相が変わるぐらいの怪我をしても、愛してくれた?」

 いたずらっぽい表情を浮かべてアンナがリッツを見つめる。その瞳には微かに、心配そうな色がある。リッツはそっとアンナに唇を寄せて囁いた。

「愛するに決まってるだろ。例えお前がどんな姿になっても、例えどんなことがあっても、俺は絶対にお前を愛し続けていく。いったろう? お前は俺の総てだって」

 囁きながら唇を塞ぐと、アンナの腕がゆっくりと首筋に絡みついてきた。長いキスの後でそっと唇を離すと、アンナが微笑んだ。

「リッツ。答えが出たでしょう?」

「え?」

「もし、私とエドさんが崖に吊り下がっていたら、どうするか」

 リッツは気がついた。アンナはあの他愛ないリッツの夢の話をずっと覚えていたのだ。そしてその答えを身をもって示してくれた。

「ああ」

「どんな答えになったの?」

 柔らかな笑みを浮かべるアンナに、リッツは微笑み返した。アンナの前でしか表せないリッツの素の表情だ。

「どうしても全員で助かるために、最後の一瞬まであがく。俺の総てをかけてあがいてみせるさ」

 諦めて自ら死ぬなんて、アンナの覚悟を見ていたら子供っぽい我が儘だと分かった。

「正解」

 笑うとアンナはリッツに、包み込むような優しいキスを返してくれた。

「ご褒美はこれだけか?」

 冗談めかしていうと、アンナはにっこりと笑う。

「背中、治してあげる」

 言われて気がついた。アンナが傷を完全に塞がなかった理由はこれだ。リッツを癒すために力を温存したのだ。

「早く出して出して」

 アンナに笑顔で言われて、リッツは素直に従い、上半身裸になる。まったく、アンナにはかなわない。いつもアンナはリッツを、リッツ以上に分かって見てくれている。

 アンナの温かな手が、やがて冷たく心地よい感触に変わっていく。

 そんなアンナの幸せな治癒魔法をじっくりと味わいながら、リッツは言い忘れていたことを思い出した。

「アンナ、いい知らせだ」

「なあに?」

「ヴァインに資金提供者が出来た」

「本当!?」

 はしゃいだ声でアンナがいうと、くるりとリッツの前に回ってきた。ヴァインの資金不足は結構深刻だ。一応は成り立っているとはいえ、今だ信用は隅々まで行き渡ったわけではない。

 そのため、一般の顧客がまだ少なく、売り上げを計上できるほど無いのだ。フランツが官僚を続けていた理由もそこにある。でもフランツは別の理由で、もう官僚を辞めるわけにはいかなくなったようだ。

「テレンスさ。テレンス・フォーサイス宰相参与はかなり金持ちなんだそうだ」

「金持ち……?」

「そ。実はな、バーンスタインの名をかたって手紙を出したのは、あの屋敷を管理してたリモフィスの村人だったんだそうだ」

 三人が仕入れてきた情報によると、以前から幽霊屋敷と恐れられてきたあの屋敷を壊し、新たな屋敷を建てたいと言う話が出た。親族を辿ると生き残っているのはテレンスだけだったらしい。しかもフォーサイス家は、かなりの資産家だ。ならば高値で買い取ってくれるに違いない。

 だが貴族にひどい目にあわされてきた管理人は、テレンスが貴族であることに警戒をして、バーンスタインの名を使ったらしい。

 そのせいでテレンスは手紙の主に会うことなく、バーンスタインの屋敷に行ってしまったのである。

「でな、ジェラルドの即位十周年で、内戦時の貴族に恩赦がでたろ? それでバーンスタイン家の家督を復帰させて、テレンスが引き継ぎ、あの屋敷を相続して取り壊して、あの土地を売りに出すことにしたんだそうだ。あの土地を相続するには肩書きも相続しないとならないからな。テレンスはフォーサイス男爵家の当主でありながら、バーンスタイン公爵家の相続人となるわけだ」

 家督を二つ持つ。これは異例だが、こういう状況だから仕方あるまいとエドワードは笑っていた。エドワードがいいと言えばいいのだろう。なにせエドワードは大公だ。

 それにテレンスは欲が少ない。格が上のバーンスタイン家ではなく、男爵であるフォーサイス家をメインの家督として選択したのだから。

「取り壊されたら幽霊はどうなっちゃうのかな?」

 アンナがポツリとつぶやいた。

「ん。消えるだろうな。ま、この世に恨み辛みだけを残して彷徨ってるより、その方がいいだろ」

「そうだね……。そうだよね!」

「ああ」

「テレンスはどうしてお金を出してくれるの?」

「おう。テレンスがいうにはな、お金がありすぎて使い道に困ってるんだと」

「わぁ……すごいね……」

 テレンスいわく、金儲けは得意だが、使うのが下手なのだそうだ。そのテレンスが、ヴァインに億単位の金を提供してくれるという。

 もちろん無償で。

「これでヴァインが益々軌道に乗るね!」

「おう。これからもっと忙しくなるぞ!」

「いいよ。夢、叶えようね! 総ての人が共に生きられる仕組みを世界に広げる夢を!」

「ああ」

 アンナと一緒なら、きっと夢は叶う。自信に満ちたアンナを抱きしめてベットに転がって、またキスをする。やはりキス止まりとは切ない。

「……やっぱもの足りねえな」

 思わずぼそりと呟くと、アンナが吹き出した。

「重傷だった妻を抱く夫はいないんじゃないの?」

「うっ……」

 そうだった。言った側からこれでは仕方ない。渋々体を起こそうとすると、やんわりとアンナの腕に引き戻されてしまった。

「アンナ?」

「すっごく嬉しかったから、一回だけ許してあげる。その代わりいつもよりも、ずっとずっと優しくしてくれないと嫌だからね? まだ傷が痛いもん」

 甘いアンナの言葉に、顔がにやける。

「優しくする! すっげぇ優しくする!」

「それなら、いいよぉ」

 色気のある潤んだ瞳を見て、たまらず押し倒したアンナを抱きしめる。

「愛してる、アンナ」

 囁いて、再び唇を塞いだ。掌が重なり合い、探るように指を絡め合う。

 その時だった。

「リッツ、アンナは大丈夫?」

「そろそろ食事だが?」

 ノックもなく扉が開かれて、エドワードとフランツが入って来た。リッツは再びアンナの胸に突っ伏した。

 どうしてこうも……タイミングが悪いんだろう。

「え、エドさん、フランツ!」

 アンナが焦って布団を引っ張り上げる。リッツはそのままベットに転がり、恨みがましくエドワードを見上げた。

「おや、邪魔したかな?」

「邪魔だ!」

「だが重傷の妻を襲うのを、年長者として見過ごせないのだが?」

「見た目はお前の方が年上だけど、俺が年長だ!」

「頭の中身はまだまだガキだがな」

「うっ……」

 口でエドワードにかなうわけがない。

「いつから聞いてたんだよ!」

「はて? 今来たんだが?」

 すっとぼけている。きっともっとずっと前から、エドワードは扉を開けて聞いていたに違いない。

「少し前の行動さえ記憶がないのかよ、頭が惚けてきたんじゃねえの?」

 からかいながら舌を出すリッツに、エドワードがつかつかと歩み寄って、頬を抓り上げた。

「ほほう。私がそんなに耄碌したとでも?」

「い、いたひっへ!」

「俺が惚けているのなら、お前はそれ以上だ」

「ご、ごべんなさひ!」

 エドワードにつまみ上げられて謝る。そんなリッツに興味がないかのように、エドワードはアンナに視線を向けた。

「見舞いに、リモフィス特産の栗で作った、渋皮入りマロンクリームケーキをホールで買ってきたんだが、食べるかね?」

 アンナががばっと跳ね起きた。マロンクリームケーキは、アンナの大好物だ。しかも渋皮入りとなれば、黙ってなんていられないだろう。

「食べます、食べます!!」

 ベットで飛び上がったアンナは、ほぼ全裸だ。やっていることは昔のままだが、昔と違って体は柔らかく丸みを帯びた大人の女性の体だ。

 その姿を目の当たりにしたフランツの顔が、みるみる真っ赤になっていく。エドワードも苦笑した。

 当のアンナだけは自分の状態など忘れて、ベットの上でぴょんぴょんと跳ね、エメラルドの瞳をきらきらと輝かせている。

「わ~い。エドさん、ありがとうございます!」

 フランツがおもむろに、くるりと後ろを向いて怒鳴った。

「服着て! はしたない!」

「え? あ……やだっ!!」

「……いくら仲間でも、礼儀とかあると思う……」

「ご、ごめんねフランツ!」

「いいから早く服着て! 人妻だろう!」

 パニック状態で服を着るアンナと、真っ赤な顔で思い切り憮然とするフランツに、エドワードが吹き出した。

「アンナは、変わらないな」

「わ~ん、こういうところは変わりたいですよぉ~」

 ドタバタしている仲間たちを見ながらも、リッツは心底ホッとしていた。今まで通りの日々が目の前にあった。

 不機嫌なフランツがいて、おっちょこちょいなアンナがいて、少し人の悪いエドワードも生きていて、自分も生きている。

 リッツは自分の心に強く言い聞かせた。

 諦めるな、あがけ。

 駄目だと思っても、絶望的だと思っても、最後の最後まで、ひたすら生に執着してあがき続けろ。

 それが最良の結果を招く。

 そう、その結果はここにある。

 目の前にある大切な人々の命を見つめて、リッツは目を細めた。


 テレンス・フォーサイスを資金提供者としたヴァインは、ここから一気に跳躍する事となる。 

呑気な冒険者シリーズ、最後の冒険でした。お楽しみいただけたでしょうか?

幽霊、貴族、人食い魚と、ゴシック要素を取り入れつつも、しっかりラブコメなあたりが、このシリーズの醍醐味です(^^)

初登場のフランツの上司ですが、この人はこのシリーズ以後の『ユリスラ王国シリーズ(仮)』に出てきます。まだ1巻しか書いていませんが、このシリーズが終わったら掲載する予定です。


さあ次はついに呑気な冒険者シリーズ、それから現在同人誌のみで発行している『燎原の覇者シリーズ』の時間軸において最後の物語です。

かなりシリアスで暗めのお話ですが、お読みいただけると幸いです。

では、また数日後に!

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