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貴族たちの憂鬱<3>

「じゃあね~、蛇」

「……体をくねらせて進む方が早いから足が無くなった。理屈に合う」

「それじゃあ、ミミズは?」

「土の中では抵抗力が無く進む方が早く前に進める。合理的だ」

「ふ~ん。じゃあ、悪霊玉は?」

「やめてくれ。理屈に合わない。何で死んでなお顔だけ玉になる? しかも単体だと向こうが透けて見えるじゃないか。いるのにいないなんて不合理だ」

 嫌悪感むき出して、フランツが首をぶるっと振った。アンナはそんなフランツを見ていると、何だか面白くて、ますますいろいろと話を振ってしまう。

 スーパー官僚に変身してしまってからのフランツは、生真面目一本にみえるけれど、こうして話していると、本当に昔とは変わらない。そんな小さな事に、たまにとても癒される。

 みんな見た目がどんどん大人になっていって、それに連れて何となく心まで先に行ってしまう。それはずっと分かっていたことだし、覚悟も出来ていたけれど、やはり目の当たりにすると少し戸惑うし寂しい。

 先ほどから幾度も掻きむしったせいで、フランツの金の髪は乱れに乱れている。エドワードやリッツのからかいなんてすんなり流せばいいのに、そうできないところが、昔通りでホッとする。

 フランツの印象が一番変わった原因は、銀縁眼鏡だ。旅から帰っていよいよ、フランツは遠くがぶれて見えないと言う状況に陥った。

 町歩きをしまくっているグレイグに相談すると、グレイグは何の迷いもなく一軒の眼鏡屋をフランツに紹介した。その店は、職人街の外れにある古びた店だったそうだ。

 最初フランツはこんなところにまで平気で出入りしているグレイグの警戒心のなさに、少々心配になったそうだ。

 でもその店の商品が気に入ったらしいフランツは、以後、その店で買った物しかかけないようになったとのことだった。

 アンナはフランツが眼鏡をつくってきた時、おもしろ半分にフランツにかけさせて貰ったのだが、そのまま転倒して暖炉の出っ張りにしこたまおしりを打ち付けた。

 目のよすぎるアンナには、その眼鏡は危険以外の何者でもないのである。

 そのくせフランツは精霊魔法を使うときに眼鏡を外してしまう。眼鏡をかけているとよく見えすぎて、炎の球を打つことを躊躇ってしまうというのだけれど、アンナからすれば目標が見えていない方がよっぽど危険だと思う。

「おーい、着いたぞー」

 馬車を操縦していたリッツの声に、アンナは馭者台へと歩み寄った。

「どこどこ?」

「あそこだ。おお、高原だけあって綺麗な紅葉だなぁ……」

「本当。綺麗だねぇ」

 リッツの隣に腰掛けて、アンナはしみじみと目の前の光景を眺めた。山が黄色や赤、緑に彩られて、美しいグラデーションを描いている。

 その山の麓にある湖は、高い秋の空を移して真っ青な光を放つ。

「二人っきりだったら、最高の観光旅行だよなぁ」

 ため息混じりにリッツが呟くと、いつの間にか顔を出していたエドワードが平然と笑う。

「二人で観光を楽しめばいいだろう?」

「……依頼持って追っかけてきたくせに」

「私とフランツは、特に気にしないぞ」

「俺が気にするんだよ!」

 むくれながら言い返したリッツとからかいながら笑うエドワードの間に、フランツが割って入った。

「……僕も気にしますよ、陛下。フォーサイス参与を助けてください」

 そういえばそうだった。これから行方不明の人物を捜すのに全く緊張感がないのは、久しぶりに四人揃って旅をしていると言う懐かしさ故だろう。

 男三人のやりとりを、ほほえましく眺めていたアンナだったが、目の前に美しい白亜の城が見えてきて、思わず声を上げた。

「見て見て! お城がある!」

 近づくにつれて、山の陰からその巨大な姿が現れてきた。アンナはその城を呆然と眺めた。

「わぁ……お姫様が出てきそう……」

 もちろん、童話の中のお姫様である。華麗なドレスにダンスパーティ、そして白馬の王子様。そんな物語の主人公たちが、颯爽と現れても不思議はないほど、大きい城なのだ。

「……へぇ……王宮ぐらいはあるんじゃねえの?」

 初めて来たリッツも、城の姿を見上げながらそう呟く。リッツが来たことのない場所というのは、本当に珍しい。いつもリッツはアンナに、街を説明してくれたり、案内してくれたりするのだ。

「そうだな。王城にはかなわないが、王族の住む王宮と同程度の豪華さではある」

 ここで貴族軍と戦ったエドワードが感慨深げに呟いた。だがその後が一言多い。

「まあ、血まみれだったから豪華と言うよりも陰惨だった記憶しかないが。豪華な金細工が施されたティーセットを抱えたまま、大量に血を吐いて倒れている婦人や、お互いに剣で突き合った老人などの死体がごろごろと転がっていてな」

「わぁ……」

 想像すると、気分が滅入ってしまう。内戦の話はちゃんと歴史で学んだし、リッツとエドワードからも聞いた。戦場の話をする時、リッツがアンナの目を意識して一瞬萎縮する事にも気がついた。それでも人を大量に斬り殺してきた戦いの話を、リッツは隠すことなく総てを話してくれたのだ。

 だけどそれはいつも歴史の向こうにあって、実際にその現場を見る事なんて無い。だけどここはもしかするとそのまま残っているのかも知れない。

「あれだけの惨状だ。恨み辛みを重ねた幽霊たちが夜な夜な出歩くかもしれん」

「陛下!」

 フランツが震え上がった。普段は何にも動じない鉄面皮も、本当に幽霊には弱いのだ。きっとこれを政務部の人に知られたりしたら、フランツのイメージはがらっと変わるんだろうなと、アンナは密かに思う。

 何しろ政務部どころか、軍務部、はてはゴシップ新聞にまで、鉄面皮と書かれているフランツなのだから。アンナから見れば表情豊かなフランツだが、やはり仲間以外には、彼の表情を読み取ることは出来ないらしかった。

「大公の職も引退しているんだ。陛下は無いだろう、フランツ。エドワードでいいというのに」

「無理です」

「フランツ……」

「こうなれば陛下というのは、ニックネームみたいな物だと諦めてください」

「ニックネームか……」

 今度はエドワードの方が苦笑している。

 そんなやりとりをしている間にも、馬車はどんどんと城に近づいていた。近づけば近づくほど、その姿は圧倒的だ。

 そしてその周りに、大量に廃墟があることにも気がついた。みなクレイトン邸並に大きな建物だというのに全く人気が無く、ガラス窓は無残に割れたままになり、庭には雑草が多い茂っている。

「これが貴族の別荘?」

 リッツを見上げて尋ねたアンナに、リッツが頷いた。

「そうだろうな……」

「何だか前に見た、ラリアの廃墟みたい」

 あの時のアンナは何も出来なかった。ラリアを救うことも、止めることも。まかり間違えば自分の命を落とすところだったのだ。でも今は違う。

 アンナは自分の手を見た。あの頃は自分の手で掴める物のなんと少なかったことだろう。でも今は少し多くなった。

 不意に頭を撫でられて我に返った。頭の上に、リッツの大きな掌が乗せられていたのだ。

「リッツ」

「深刻な顔してるぞ。昔のことを思い出したか?」

 笑みを浮かべてリッツはそう言いながら、アンナの頭をやさしく撫でる。

「うん。ちょっとだけ」

 リッツを見上げて微笑むと、リッツは柔らかな笑顔を浮かべて、アンナの唇を塞いだ。アンナは目を閉じてその甘い感触を味わう。それだけで何だか心が落ち着いてしまう。リッツとつきあい始めたばかりの頃は、キスをする度にドキドキしてしまったのに、今はすごく癒される。

「仲がいいのはいいが、そろそろ城に入る道だぞ。見落とすなよ、マイヤース夫妻」

 エドワードに言われたリッツは、渋々アンナから唇を放して前を向いた。マイヤース夫妻とは、ヴァインの通り名の一つだ。最近のリッツはアルスターという姓を伏せるようになっている。やはり目立ちすぎるからみたいだ。

「どこだ、エド?」

「……道が見えないな」

「だよな」

 一度来た場所は絶対に間違えない自信があるリッツだけど、やはり初めての場所では迷うみたいだ。その時、アンナは森に目を凝らす二人を、森の木陰から見ている男の人がいることに気がついた。

 この辺の農家の男なのか、静かにこちらに視線を向けている。観察されているような気分だ。人が来るのは珍しいのだろうか?

「リッツ、エドさん、人がいるよ」

 二人に指さすと、アンナは佇む男に大声で呼びかけた。

「すみませ~ん! バーンスタインさんのお屋敷へいく道、どこですか?」

 男はゆっくりと振り返ってこちらにやってきた。

「珍しい。城へ行くのかい?」

 男は静かに笑っている。地元の人だろうか。その男にリッツが声をかけた。

「ああ。ちょっと野暮用でね。あんたはここの人?」

「そうさ。長いことここに住んでる」

「じゃあ、ここ数ヶ月の間に人がその城へ行くのをみたことあるか?」

「さあてねぇ……?」

 男は首をかしげてにんまりと笑った。

「何しろ豪華な廃墟だ。この先の裕福な商人たちの子息なんかが、若い女の子を連れ込んで楽しんでいるのはたまに見るがね」

「楽しんでる? 遊べるようなところなんですか?」

 廃墟なのに不思議だと思って聞いたのに、男は曖昧な笑みを浮かべ、リッツはため息をついた。

「え? 何? 何か変なこと聞いた?」

 全員の苦笑気味の視線を浴びてみんなを見渡すと、リッツが苦笑した。

「もう少し言葉の意味の裏を読めるようになってくれ。若い男が若い女を連れ込めば、廃墟に何も無くたって楽しめるだろ。少なくとも俺は、お前を廃墟に連れ込めば十二分に楽しめるぞ」

「……あ……」

 ようやくその意味に気がついて、頭に血が上る。確かにリッツと二人、何も無い場所にいたって、

アンナも十分に楽しめる自信があった。

「ご、ごめんなさい!」 

「本当に、面白い奴」

 苦笑いでため息混じりに、リッツが頭を掻いた。

「んでおじさん、入り口は?」

「あそこさ。森の中に入っていく道だ」

 男が示したのは、うっそうとした木々に覆われた道だった。使われることが無くなってずいぶんたつせいか、旅人の街道とは違って、道がよく見えない。

「うわぁ……ずいぶん狭い道」

 思わず呟くと、エドワードが微笑んだ。

「それはそうだろう。内戦以後誰も整備していないんだからな」

「そっかぁ……」

 ということはこの道は六十年近く放置されていることになる。それで残っている方が奇跡かも知れない。

「おじさん、ありがとう!」

 アンナが声をかけると、男は微笑みを浮かべながら、森の中に消えてしまった。この季節だからキノコ狩りに来ているのかも知れない。仲間を振り返ると、エドワードが一人、妙な顔をしていた。

「エドさん、どうかしたんですか?」

「……いや、何処かで見たことがあるような気がしてな……」

 そう言いながらエドワードは微かに眉間を揉んだ。

「どうもはっきりと思い出せん。気のせいか……」

 後の方は呟きのようだった。アンナの視線に気がついたのか、エドワードが軽く肩をすくめて笑ったから、安心してアンナも前を向く。

 枝葉を伸ばした木々を払いながら、馬車は城への道を走っていく。木々の緑は深く、周りは薄暗い。

「悪い精霊使いのおばあさんとか出てきそう」

 子供の頃に絵本で読んだ、黒いローブに鼻の曲がったおばあさんを思い出して呟く。一人ごとのつもりだったのに、リッツに吹き出された。

「笑わなくてもいいでしょ?」

「だってよ、お前もフランツも精霊使いだろ。何で精霊使いの老女が怖いんだよ?」

「だって昔から悪い精霊使いのおばあさんは、子供を森で迷わせるって言うもん」

「ばーか。そりゃお前、シーデナに入る子供がいねえようにって、ヴィシヌで親たちが作った話さ。ここには迷い森なんてねえよ」

 言いながらリッツは鼻で笑った。

「っとに、お前は面白いな。王城で火球をぶっ飛ばすフランツだって、十分悪い精霊使いだろ。悪い精霊使いなんてこんなもんさ」

 完全に馬鹿にされてる。さっきもちょっと笑われたけど、エドワードやフランツがいる時の旅路でのリッツはこんなのばっかだ。アンナはむくれてそっぽを向く。

「ふーんだ。馬鹿にして」

「お前が面白い事言うからさ。それにアンナ、お前のどこが子供だよ。心はそりゃまだ幼いところもあるかもしんねえけど、体は完全に大人だろ」

 ニヤニヤ笑いながらの言葉に、アンナは更にむくれて両膝に頬杖をつく。何だか一矢報いたい気分になってきた。リッツと出会ってからもう十二年。いつまでも言われっぱなしの子供じゃない。

「そうだよね~。リッツが体を大人にしてくれたもんね~」

 ちょっぴり嫌味を聞かせて横目でリッツを見る。

「うっ……」

 リッツが口ごもった。

「大人になるのって、結構、痛かったんだよなぁ~」

「ううっ……」

 リッツが情けない顔で呻く。

 リッツが未だ、初めてアンナを抱いた夜の、ものすごい罪悪感を忘れられずにいるのをアンナは知っている。もうあれから八年になって、数え切れないぐらいに体を重ねてきたにもかかわらずだ。

「それに、もう世間一般的には、私っておばさんですよ~だ」

 何しろもうアンナは実年齢で四十二歳になる。実年齢が同じ年の女性は、もう大きな子供がいる年なのだ。

 顔をぷいっと横に背けると、リッツが完全に萎れてアンナにそっとすり寄ってきた。

「……ごめん。俺が悪かったです。悪ふざけが過ぎました」

「別に怒ってないもん」

 頬杖をついたままリッツに言うと、リッツがアンナの膝に手を滑らせてきた。そしてそこに置かれたアンナの掌をそっと握り、甘えるように指を絡ませてくる。寂しくなったリッツの、本気の謝罪だ。

「ごめんって」

 リッツが絡めた指でアンナの掌を包み込んだ時、森の中じゅうに扉が大きく開閉する重々しい音が響き渡った。どこに潜んでいたのか、鴉たちが一斉に舞い上がって、騒がしく鳴き立てる。

「何だ!?」

 夫婦の喧嘩を肩をすくめて見ていたエドワードが周りを見渡す。フランツもいつでも技を使えるよう、短くしたままの槍を手にしている。アンナも傍らの白銀の杖を構えた。

 しばらくしても、もう何の音も聞こえない。

「何の音だったんだ?」

 警戒心を解くことなくフランツが呟いた。それに答えたのは、前を向いたまま周囲に注意を払っていた馭者のリッツだった。

「はは。今の音が何だか分かったぜ」

 その言葉にリッツを見ると、リッツは前を見るようにあごをしゃくって見せた。そちらを見たアンナは、思わず唾を飲み込んだ。

 巨大な城が目の前に迫り、城を閉じ込めていただろう、錆びて緑青の浮いた巨大な銅の扉が、これ見よがしに口を開けていたのである。

「……親切な門番がいるんだな」

 エドワードが小さく呟いた。

「廃墟なのにな……」

 リッツも呟く。

「侵入者大歓迎って感じだな」

「待ってくれ! これってクレイトン邸の時と同じパターンじゃないか!」

 普段は無表情のフランツが叫んだ。

「そうだっけ?」

 アンナは首をかしげる。何しろクレイトン邸に入る前から微妙にアニーに乗っ取られていたから、よく覚えていない。

「そうだよ! やめた方がいい!」

「でもフランツ、この中にその……フォーサイスさんがいるんでしょ?」

「……ぐっ……」

 フランツが呻いた。

「だったら入るしかないよね?」

 アンナの言葉にフランツは完全に青ざめた顔で城を見上げている。硬直してしまったフランツの肩を叩いたのはエドワードだった。

「アンナの言うとおりだ。蛇が出るのか大蛇が出るか。いずれにしろ次期宰相の命がかかっているからな。行くしかなかろう」

「で、ですが……」

「それとも君はもう、宰相になるかね?」

 エドワードの少しいじわるな言葉に、フランツは激しくかぶりを振った。

「絶対に、嫌です!」

「では行くしかあるまい」

 笑顔でそう言いきったエドワードに、リッツがため息をついた。

「……容赦ないな、エド」

「そうか? 自分の行く末は自分で切り開くのが、最も後悔しない道だろう?」

「ごもっとも」

 頷いたリッツは、再び馬に鞭を入れる。再び走り出した馬車の目の前に、荒廃した庭が広がっていた。かつては素晴らしい庭園だっただろう庭は、既に周辺に広がる森と同化してしまっている。

 うっそうと被い茂った木々に見え隠れしながら城が迫ってきていた。大きな城だ。一体何階建てなのだろう。

 聞こえるのは木々が風に揺れる音だけで、他に生命の気配はしない。ただ馬の息づかいと車輪の回る音だけが静寂の庭を支配している。

 門を入って数分馬車を進めたところに、城の入り口があった。巨大なエントランスに、シアーズの王宮ほどある大きな両開きの扉。

 まさに大貴族の邸宅にふさわしい大きさだろう。でもその両開きの扉は、固く閉ざされたままだ。

 馬車を馬が草を食める場所に止めて、四人はその城に降り立った。

「おっきい。王様が住んでいる城みたい」

 思わず呟くと、エドワードが苦笑した。

「王様が住んでいる城はシアーズにあるぞ、アンナ」

「あ……」

 この国の今の王様は、言わずと知れた、エドワードの息子ジェラルドだ。

「そうでした。ごめんなさい」

 照れ笑いをすると、エドワードも微笑み返してから、説明してくれた。

「ここに住んでいたのは、バーンスタイン公爵といって、ユリスラ王家に連なる血脈の人物だった。もし王家が絶えるようなことになれば、かなり薄くなってしまった血であっても、バーンスタイン家が王家を継ぐことになっただろう」

「え? じゃあエドさんは親戚と戦ったんですか?」

 うっかりと尋ねて、リッツに頭をはたかれた。見上げたリッツの怖いぐらい澄んだダークブラウンの瞳を見て、ハッとする。

 そうだった。内戦でエドワードは自分の兄たちを倒して、王位を手に入れたのだった。

「ごめんなさい」

 ぼんやりしていたとはいえ、とんでもないことを言ってしまった。小声で謝ると、エドワードは笑って無かったことにし、話を続けてくれた。

「バーンスタイン公は、私のような庶民の血が入った人間が王位を継ぐことが許せなかった。だから内戦の後、生き残った貴族たちの口車に乗り、再び内戦を起こしてこの国をひっくり返そうとしたのさ」

 淡々と語るエドワードを、アンナはじっと見あげて尋ねた。

「平和になってみんな幸せに暮らしているのに、ですか?」

「そうだ。それに気がつけなかった時点で、彼らはこの戦いに負けていた。国民は再びの内戦を望まなかった。そこで彼らが内戦を起こす前に通報され、私がコネルと共に戦いに赴いた。仮にも王家に連なる方だ。私が出なければ収まらないだろう?」

 エドワードの視線を辿ると、そこにはリッツがいた。リッツはエドワードをじっと見ていた。

「……もし俺がいたら……」

 リッツがポツリと呟いた。

「お前が出なくても済んだんだな……」

「まあそうだ。お前とコネルに任せた。お前は英雄として俺に次ぐ存在に祭り上げられていたからな」

 リッツの拳が握りしめられるのを、アンナは見逃さなかった。今になってリッツは自分が四十六年前に仲間から逃げるように旅立ってしまったのを後悔していることを、アンナは知っている。

 フランツと二人、顔を見合わせながら二人のやりとりに動けずにいたが、その重苦しい雰囲気を破ったのは、エドワードだった。エドワードは立ち尽くすリッツの背中を勢いよく叩いたのだ。

「いってーっ! 何すんだよエド!」

「もしあの時にお前が旅立たねば、お前は本当に王宮の怪物になっていたかもしれん。私はお前があの時に旅だったのが最良だと思っているさ」

 笑みを含んだエドワードの言葉だったが、リッツは困ったように俯いて、微かに笑っただけだった。

 王宮の怪物……。それって何のことだろう。

「さてさて、過去の話はこれで終わりだ。未来の宰相を助け出そうではないか」

 明るくそう言って、いつものような自信に満ちた笑みを浮かべて、エドワードが城の大扉に手をかけた。

「リッツ、力仕事はお前の担当だろう?」

 呼びかけられたリッツは肩をすくめて、ようやく本来の表情を取り戻す。

「おう。力仕事は若いもんに任せときな」

「ほほう。私が年寄りだと馬鹿にしているのはこの口か?」

 エドワードの水色の瞳がギラリと光って、リッツの頬を抓り上げた。  

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