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キャンプに行こう!<4>

「お疲れさん! 乾杯!」

 キャンプ終了日の夜。クレイトン邸の食堂で、リッツがそう言ってグラスを掲げた。

「乾杯!」

 アンナとアルトマンが楽しそうにリッツに同調し、フランツは疲れた顔で黙ってグラスを掲げた。エドワードは微笑んで軽くグラスを掲げる。

 今現在開かれているのは、個人的なキャンプの打ち上げ会だ。ここには当然軍学校の人間はアルトマン、リッツしかいない。だが何故かケニーや副官のゴードン、そしてエドワードとフランツもいる。

 ジョーは出会わなかったのだが、何処かにケニーとゴードンのコンビもいたらしい。この二人は純粋な剣術の上級者だ。出会うならエドワードたちよりもケニーの方が良かった。もう過ぎた事だから、そんなことを思っても仕方ないのだが。

 それにしても……

「腑に落ちない……」

 テーブルにがっくりと突っ伏して、ジョーはボソッと膨れたまま呟いた。

「どうしたの?」

 テーブル正面のアンナが、首をかしげる。

「だってさぁ……あたし、狩られてる側じゃん。なのになんで狩ってる側の打ち上げでてんのさ」

「やだなぁジョー。私も軍学生だよぉ?」

「……でも襲ってきたじゃん」

「ごめん。あ、このチキンソテーのキノコ添え、半分あげるから」

「え、本当?」

 思わず首を回すと、何故か満面の笑みのエドワードと目があった。

「では私のをあげよう。このキノコは暇にかまけて、私が山で採ってきたものだからな」

 言われてキノコ狩りの老人を装っていた姿を思い出して、ジョーは再びがっくりとテーブルに沈んだ。最初からエドワードとフランツの前に土下座したことを思い出したのだ。

「……いらないっす……」

「そうかね?」

 エドワードはわざとらしく肩をすくめた。絶対にジョーの事をからかっている。思わず恨みがましい目で隣のフランツを見た。

「静かなところで勉強するって言ってたのに……」

「勉強はした。陛下がキノコを採ってる間に」

「あ~」

 確か早く学生を片付けてしまえば課題が出来ると言っていたっけ。思い出してジョーが呻くと、フランツはため息をつきながら頬杖を突いた。

「言っておくけど、僕も被害者だ。苦情はリッツに言ってくれ」

「……だね」

 クレイトン邸常識派の二人がため息をつくと、リッツがテーブルの向こうから、楽しげに笑いかけてきた。

「しかたねえだろ。予算ねえんだから」

「じゃああんな危険なキャンプ、やめたらいいじゃん」

 心からの言葉だったのだが、リッツは苦笑した。

「そういうわけにもいかねえだろ。箱入り軍人じゃいざって時に使えねえし」

「でもきつすぎだよ師匠」

「俺だってきついんだぞ」

 何故か気むずかしげにリッツが言った。思わず眉を寄せてリッツを見つめると、口元が思い切り緩む。

「なんていっても、一週間もアンナにキスできない」

「そこかよ!」

「悪いか?」

 しれっとそういったリッツが、隣のアンナを抱き寄せて頬に唇を寄せる。

「リッツ、くすぐったいよぉ」

「いいだろ、一週間我慢したんだからな」

「もう、甘えっ子だなぁ、リッツは」

 クスクスと笑いながら、くすぐったさに身をよじるアンナに、ジョーはため息をついた。まったくもって、バカップル炸裂だ。見てはいけないものを見たかのような表情で、ケニーとゴードンは見て見ぬふりを決め込み、アルトマンは苦笑している。

 旅が終わった四人が戻ってきてから、二人がこの状況になったことを知って、大人たちはみな一様に仰天していた。

 意識的にアンナと同じぐらいだと感じているジョーはかえって違和感がなかったりする。年上だろうが何だろうが、アンナ同様孤児だったジョーにとっては自分を愛してくれる一番の存在がいることが素晴らしいことだと分かっているからだ。

 そんな相手に出会えるのか、ジョーには全く自信がない。もしかしたら、剣術だけを共に年老いたりしてと思うと、ちょっと怖い。ジョーだって女だから、アンナのようにたった一人に愛されてみたいなぁと思うのだ。

 でもリッツのような男は、ちょっと苦手かもしれない。甘えて来すぎてジョー自身が甘えられない気がする。リッツを支えるアンナのように。

 未だアンナにべったりのリッツを見ながら、ジョーはため息混じりに尋ねた。

「でもさぁ、予算が無いからって前国王陛下を担ぎ出すってのはどうなのさ、師匠」

 リッツは心外だといった表情で肩をすくめた。

「俺はケニーとゴードンには頼んだし、アンナにも頼んだけど、エドには頼んでねえぞ」

「へ?」

「当然、フランツにもだ」

「え?」

「暇をもてあましているから、参加すると言い張ったのは、エドだ」

 思わず楽しげに杯を傾けているエドワードを凝視すると、エドワードは何事もなかったかのように微笑んだ。

「そうだったかな」

「何だよ、しらばっくれやがって。俺だってエドに老体にむち打って手伝えなんて言うわけねえだろ」

「……老体だと?」

「そうだ。俺間違ったこと言ってねえだろ」

「ほほう……」

 そういうとエドワードはゆっくりと立ち上がって、リッツのそばに回った。

「そんなことをいうのはこの口だな」

「いででで、あにすんらよ!」

「老体老体というな。まだお前には負けん」

「いたひっへ!」

 英雄とその片腕のいつも通りの子供の喧嘩を横目で見つつ、ジョーはようやく顔を起こして黙々と食事を取り始めた。付き合うのにも疲れる。まだまだ元気なアンナは、リッツとエドワードの喧嘩に穏やかに介入しているけれど、本気で止める気もないらしい。

 しばらくしてから、深々とため息をついたフランツがポツリとつぶやいた。

「軍学生も大変だね」

「うん……」

「今度は陛下も別の相方を見つけて欲しい」

「アンナもね~。アンナも学生だもんな」

 何気なく口にしてからあることに気がついて、ジョーはフランツを見上げた。

「それってさ、師匠と陛下をコンビにするって事になったりして?」

「……英雄王と片腕相手に誰か生き残れる?」

「いや、無理っしょ」

「そうだろうね」

 二人は大きくため息をつく。

 ジョーは再びチキンソテーに取りかかった。

 どうか来年の夏は地獄のキャンプがありませんように。あったとしても伝説のコンビが復帰したりしませんように。

「そういえば、アンナはどうしてあたしたちの位置が分かったの?」

 ふと思い出して聞くと、アンナは微笑んで自分の水が入ったグラスを軽く叩いた。そこから極小サイズの水の竜が二頭飛び出した。水の竜はアンナの手のひらの上でとぐろを巻く

「うわ~、可愛い!」

「可愛いでしょ? この子にね、人を探してってお願いして探したんだよ」

 アンナは片方の水竜を指さした。指さされた方が小さく鳴く。

「それでこっちの子が先に行った子の位置を感知して、その場所に連れて行ってくれるの。元々一匹の水竜だから呼び合うんだ」

「あ……それは逃げようないや……」

 呻くと、ジョーはため息をついて野菜サラダを口に運ぶ。なるほど、だからあんな風に警戒して進んでいたジョーたちの目の前に唐突にアンナが現れたのだろう。

 逃げようのない追跡者と、最強の剣士。このコンビ本当に最強で、敵にするには最悪だ。やっぱり来年はキャンプがないように、この国の守護をしているという光の精霊王と女神に心から祈ろう。

 そんなジョーの祈りを知ってか知らずか、エドワードから解放されたリッツが陽気にみなに告げた。

「次は冬にでもキャンプをするか? 冬山訓練も重要だしな!」

 満足げなリッツの一言に、ジョーは完全にテーブルに突っ伏した。  

本編から九ヶ月ほど後のお話でした(^^)


シアーズに帰ってきた3人は、あのクレイトン邸で共同生活をしながら自分の道を進み始めます。リッツはエドワードに少佐の階級を与えられて軍学校の教官に、アンナは親友のジョーと共に軍学校一期生として入学し医学専攻に、フランツは王立学院で政治経済を学んでいます。エドワードは相変わらずです。


次は本編から二年半後、リッツとアンナのシリアスな話になるのですが……

次回の前書きを読んで許容できる人はどうぞ(^^;)

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