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旅路の果てに<3>

「隊長……傭兵っていつもこんな役っすか?」

 火に当たりながらスニールが愚痴る。

「たりめえだろ。こんな役、正式な軍人に務まるかっての」

 手にしていた堅い保存食用のパンをかじりながら、リッツは吐き捨てた。

「この程度で文句を言うな。真冬にこれを命じられるよりも天国みてえに楽だぜ」

「はぁ……」

 ため息混じりにスニールもパンをかじった。共に火の周りにいる傭兵部隊の面々が、気楽なスニールを楽しげな笑みを浮かべて見ている。その全員が実戦を積み重ねてきた歴戦の勇士たちだ。強くなければここで生き残ることは出来ない。

 そんな実力優先の彼らだが、リッツがシュジュンに戻るとまた再びリッツを隊長と認めて行動を共にしている。今回の不在は長かったから部隊への復帰を期待してはいなかった。だが意外にも彼らはリッツの放浪を、いつものこととして認めてくれているようだった。

「おいひよっこ! こっち来いよ」

「ええ~、嫌ですよ。おちょくるんでしょう?」

「当然だろ」

 彼らにからかわれながらスニールが愚痴を言い倒している。スニールは元来人に愛される才能があるようで、先輩たちから格好のからかいの的とされながらも可愛がられている。

 シュジュンで再開した時、スニールは一年前と違って数回戦場にかり出されていて、顔つきも鋭くなっていたのだが、それでもまだ部下たちから見てもひよっこに過ぎない。

「ま、いつ襲われるか分からねえのも、味だろう?」

「え~。そうっすかねぇ……」

 不平そうにリッツを見たスニールに、リッツがあっさりと答える。

「このギャンブルっぽさがたまらねえのさ、なあ?」

 そういうと全員がどっと笑った。今も彼らは生と死の狭間にいる。シュジュンを出てから幾度となく敵との攻防を繰り返してきた。

 シュジュンの春も深まり、ここゼウムとの国境線にも、新緑がちらほらと顔を出してきている。現在は五月。ユリスラでは草花の香りが濃い季節に入る時期だが、ここではまだ春が始まったばかりだ。ユリスラを思い出せば同時にアンナを思い出してしまい、小さく頭を振る。彼女のことは考えまい。血の流れるこの戦場で思い浮かべることではない。

「隊長」

 隣で酒を飲んでいた副長のレナードが小声でリッツを呼び、真面目な顔で地図を広げた。シュジュンからゼウムへの海岸線の地図だ。タルニエン軍は、この夏に海からゼウムへと一大攻勢をかけるつもりで動いていた。長年の戦線維持でタルニエン軍は疲弊しているのだ。彼らは有利な条件を持ち込み、休戦協定を持ちかけるようとしているのである。

 そのため、危険を伴う海岸線の偵察任務をリッツの傭兵部隊に打診してきたのである。他の傭兵部隊に比べると、この傭兵部隊はまともな人間が多いといわれている。

 最も一番まともじゃないのは隊長のリッツということになっているらしいが、リッツからすれば心外も心外である。これほど真面目なリッツをつかまえて何を言うんだという心境だ。

 部下たちの前でそう愚痴ったら爆笑されたから、どうやらそう思っているのはリッツ一人であるらしい。

「明日さしかかるのはここですが、地図が正確ならかなり重要な要地になりますね」

 レナードが指さしたのは、緩やかな湾になっている一角だった。

「……なるほど。地形によっちゃここに船をつけて本拠地を構えることも可能か……」

「はい。敵もそれは承知でしょう。ならば敵の守りも堅いかと」

「偵察だけでは済みそうにない、か。明日は見つかっちまったらヤバイ戦いになりそうだ」

「ええ」

「ま、俺らの任務は偵察だ。正面切ってゼウム軍と当たる必要はないさ。正確な情報を得たらさっさと逃げるぞ。何せ俺らは陽気な傭兵部隊だ。軍のために死ぬ義理はねえ」

「ごもっとも」

 レナードはいつもの楽しげな笑みを浮かべた。

「では今晩は飲みますか、隊長」

「ああ、いいな」

 頷いて杯を軽く掲げると、レナードが無言でそれに倣い杯を飲み干した。

 フォルヌ出身のレナードは口数が多い方ではないが、実力、腕前共にリッツの次をいく。リッツがいない時にはレナードが隊長を務めているのである。

 元々レナードは、リッツが育て上げた傭兵である。リッツの戦場経験は、エドワードと別れてからアンナと出会うまでの三十五年だ。現在の傭兵たちの中ではリッツは最古参といってもいいだろう。

 その間に育て上げた傭兵の数は数え切れない。その中でもレナードは一流の傭兵だった。だからリッツは放浪から帰るとレナードに会いに行く。

 別に彼から指揮権を取り戻しに行くわけではない。戦場の状況を聞き、今後どう動くのが有利か考えるために顔を出すのだ。レナードの持つ情報が一番信用できるのを身をもって知っているからだ。

 その際に自由に動ける立場にいた方がいいなら部隊に戻る必要はないと考えている。だがレナードはリッツを気に入ってくれていて、部隊の人間が入れ替わることの多い戦場で、リッツの帰りをいつも歓迎してくれている。リッツに取ってはありがたい存在だ。

 リッツはレナードにこの大剣を託したいのだが、残念なことにレナードは槍使いである。剣の扱いは得意ではない。

 だとしたらこの大剣、いったいどうしたらいいのだろう。

 部下たちにはいえないがリッツの現在の一番の悩みだ。この大剣を託す相手が見つからないと、ユリスラに帰れない。

「何か悩みでも?」

「ん? いやさ、新人だよ」

「ああ。対照的ですな」  

 この部隊で今回新人として加わったのは、前に仲間たちとみんなでスイエンに来た時知り合ったスニールと、珍しくもユリスラ王国出身だという薄い茶色の髪の青年、ロベールだった。二人の歳は同じだ。

 スニールは陽気で明るく愛される存在だが、一方のロベールはいつも一人でじっと何かを考えている青年だった。

 彼は決して大柄で逞しいわけではないその体に似合わぬ、幅広の剣を得物にしている。もっともリッツの大剣ほどではない。傭兵経験もロベールの方が長く、たいてい一人で手が足りないところに入っていたらしいのだが、珍しく今回はこの部隊に加入している。

 時折視線を感じて振り返ると、だいたいはロベールで、その視線は鋭くリッツを見据えている。その瞳に憎しみや恨みの感情はない。ただ単にロベールはいつもリッツをじっと観察しているのだ。

 妙に張り詰めたその視線の理由を、リッツは聞かない。傭兵はみな何らかの事情があってここにいる。推測したり、介入したりするのは御法度だ。話したければそのうち話すだろう。

 小さく息をつくと、リッツは立ち上がった。

「てめえら、明日はちょっと過酷になるぜ。明日死んでも後悔しないように飲んどけ」

 もしもこれが王国軍であったなら、リッツは部下たちに逆のことを言う。明日は過酷になるから飲んでないでゆっくり休んでおけと。だがここは戦場で、自分たちは傭兵だ。明日死んでも今晩の後悔を残さない。それが鉄則だった。

 全員が楽しげに乾杯を重ねる声を聞きながらも、リッツはまたロベールの視線を感じていた。いったいユリスラ出身の彼は何を考えているのか、それが少し気にかかった。


 翌日、偵察部隊は激しい攻撃のただ中にいた。

 船を着けるのに絶好の状況であるこの湾には、やはり軍事基地が存在していた。それが分かったなら、これ以上の滞在は無意味だ。大きめな軍事基地があり、船の出入りがあるなら、ここを攻略するためにタルニエン軍が作戦を練るはずだ。

 傭兵部隊は所詮軍の駒に過ぎない。

 こうなれば部隊には出来ることなどない。そのまま逃げればいいだけの話だった。

 だが霧が漂う中で、新人と若手が突出しすぎたために敵に見つかったのである。これでは偵察任務ではなく、無謀な少人数の奇襲だ。当然そんなつもりはない部隊に、ゼウム軍と戦うだけの戦力はない。

 先頭に立って巨人族と小鬼族、人間の混じったゼウムの兵士と切り結びながら、リッツは部隊を湾の外側まで一時避難させた。防衛を主とするゼウム兵は、逃げ散った少人数の傭兵など相手にしないため、それで終わるはずだった。

 だがそこからがやっかいだった。

 新人二人を含む、数人の傭兵たちがいないのである。

「死にましたかね」

 淡々といったレナードに頷きかけた時、古参の傭兵が口を開いた。

「ロベールのやつ、撤退を聞いたのに焦って敵陣に突っ込んでましたぜ。スニールと若手はそれに引っかかった形で迷ったんじゃねえかな」

「馬鹿が」

 ため息をつくと、リッツは頭を掻いた。

「しかたねえな。絶対に死なねえ自信があって、暴れ足りねえ奴、俺と散歩にいかねえか?」

 声を掛けると、数人の強者が集まった。

「んじゃ、散歩してくるわ。レナード、全体の偵察と状況把握よろしくな。報告書、書くらしいんで、そこんとこもよろしく」

「了解しました」

 そうしてリッツは再び敵地へと侵入した。

 逃げ遅れた部下たちは比較的簡単に見つかった。若手とはいえ幾度も戦場経験を積んでいる者たちは、生き残ることにどん欲だ。どこに逃げれば生き延びられるかよく分かっている。

 他の傭兵にスニールも含めたほぼ全員を回収して下がらせたのだが、そこにロベールの姿がなかった。

 仕方なくリッツは見つけたら帰るから、酒でも飲んでろと部下たちに命じて散歩を続ける。黒髪のリッツはここゼウムでは意外に目立たない。

 物陰に身を隠すように徐々に建物に近づいていく。そこでようやく基地の壁際にうずくまっていたロベールを回収することが出来た。だが二人になると目立つ。たちまち追っ手がかかってしまった。

 逃げた末、湾を囲む断崖の岩陰にロベールと二人で孤立した。軍事基地からは離れ、敵の追っ手が少なくなったものの、日が落ちるまでは動けそうにない場所だ。何しろ岩陰から出ると基地から遮るものが何も無く、敵に精霊部隊がいようなものなら一撃でやられる。

 ため息混じりで岩陰に腰を落ち着けたリッツは、ロベールをじっと見つめた。

「お前、なんで一人で敵地に分け入った。死にたいのか?」

 向かいに腰を下ろしてうなだれるロベールにきつい口調で詰問すると、ロベールは顔を逸らした。言いたくないらしい。だがそれで済まされる状況ではない。彼の勝手な行動で部隊全体が危険にさらされたのだ。

 リッツは腕を伸ばすと、ロベールの襟元を掴み上げた。

「死にたいなら勝手に死にやがれ。部隊を道連れにするなんて、どんな魂胆だ? それともてめえはゼウムの回しもんか?」

「い、いきが……」

「死にてえならこの場で絞め殺してやる。そうすりゃあもう部隊に迷惑がかからねえ」

 淡々といいながら更に締め上げると、青い顔でロベールが喘いだ。

「死にたくねえか?」

 静かに尋ねると、ロベールは必死で頷く。

「じゃあ聞かせて貰おうじゃねえか。俺たちを危険にさらしたその理由をな」

 突き飛ばすとロベールは空気を求めて必死に荒い呼吸を繰り返して、地面に手を突いた。涼しい風が吹いているのに、ロベールの額には玉のような脂汗が額に浮かんでいる。恐怖に震えるロベールを冷たく見下ろしながらじっと待っていると、ようやく呼吸の整ったロベールが口を開いた。

「見たかったんです」

「何を?」

「ゼウムに住む人間を」

「……人間?」

 意外な言葉にリッツは首をかしげる。

「そんなもん、どこにでもいるだろ?」

「そうですけど、違います! 軍の上層部にいる人間にです」

「はぁ?」

 予想外なことを言い出したロベールにリッツは首をかしげた。ロベールは拳を握りしめて何かに迷っているようだったが、やがて吹っ切れたように口を開く。

「俺はこの戦争を……終わらせたいんです」

「なっ……」

 あまりの言葉にリッツは目をむいた。

「何を寝言いってるんだ?」

「本気です。人間の中でも軍の上に上り詰める人もいるってききました。彼らならどうすれば戦争を終えられるのか手がかりを持っていないかと」

「お前……馬鹿か?」

「だって、同じ人間なら話が通じるかも知れないじゃないですか!」

 怒りをこらえてそう呻いたロベールは、奥歯を噛みしめて俯いた。リッツはため息をつく。

「お前に戦争は終わらせられねえよ」

「何故です!?」

「ゼウムは闇の一族の国だ。人間は彼らの領地に住むことを許されている民族だ」

「でもその人間が力を合わせて闇の一族に立ち向かえば……!」

「お前は人間に闇の一族狩りをさせる気か?」

「戦争が終わるなら、それも有りでしょう!?」

「あるわけねえだろ! 人間がそんなに偉いのか!?」

「だって……亜人種じゃ価値観が違って理解できるか分からないじゃないですか!」

 思わぬ言葉にリッツは絶句した。ロベールは純粋にこの戦争を終わらせたいと思っている。それなのに彼は亜人種である闇の一族を倒すことが、この戦争を終わらせることだと思っているのだ。

 リッツは知っている。この戦争を終わらせるために必要なことは、タルニエンが元の通りに国境線を戻すことだけだ。元の国境線を引いたのは、彼らの神であるアーティス・オズマンドなのだから、闇の一族は何も言わずに戦争を終わらせるだろう。

 闇の一族の最高神官であるクチバは、亜人種と世界の未来を守るために人間に戦いを挑むが、ゼウムを広げようなんて思ってもいない。彼らが戦うのは、タルニエンが侵入者だからなのだ。

 タルニエン側にも言い分はある。ゼウムで亜人種たちによって虐げられている人間を救うのが役目だというのである。タルニエンは人間を救うための戦争で亜人種を殺そうとしているのである。

 ほんの数年前までリッツもこの理屈を信じていた。彼らが防衛戦を維持しなければ、タルニエンはゼウムに侵略されるのだと信じ込まされていた。だが今はアーティスに真実を知らされているから、間違いを理解している。だがそれを口にする気もなかった。戦争を終わらせるのは当事者でなければならないからだ。

 一介の傭兵がどうしようと無駄なことだ。だが目の前で攻撃的な言葉を吐くロベールには、言葉をかけたかった。

 亜人種として。

「人間は人間じゃねえと話が通じねえのか? 亜人種はお前らの敵か?」

 低く尋ねると、ロベールは口をつぐんだ。

「闇の一族を倒したら、人間の憎しみは今度は蒼海族に向くか? お前も数年前の蒼海族と人間の海戦を覚えているだろう?」

 それに直接関わったのは、リッツたちだ。今は蒼海族とスイエンの人間はまた上手くやっている。だがそれがいつあの時のような憎しみに変わるのか分からない。獣人族も同じだ。今はお人好しなあの一族は人間と共に岩塩の採掘をしているが、人間が彼らを攻撃したなら、一気に反転に転ずる。

「闇の一族が治めるゼウムだから、人間が攻撃する権利があるのか?」

「……それは……」

「もしゼウムを治めているのが人間なら、お前はゼウムを攻撃しないんだな?」

 リッツの言葉に、ロベールが唇を噛む。

「人間だ亜人種だって差別してるお前の心が戦争を生み出してる。お前に戦争は終わらせられない」

 断じると、リッツは再び岩壁にもたれた。ゼウムの涼しく乾いた夏の風が前髪を揺らす。

「もしも俺が亜人種だったらお前は俺を殺すか?」

「え?」

「お前の理論で行けば俺が亜人種なら殺していい敵ってことになる。もし俺が亜人種ならお前は、何の呵責もなく俺を刺し殺せるのか?」

 ロベールが言葉に詰まり俯いた。しばらく黙ったままいるロベールを、リッツは空を見上げて待った。砲撃を受けて舞っていた砂埃が今は消え、澄んだ青空に鳥が踊っている。亜人種も人間も愚かだ。戦いを繰り返したって、自然は何も変わらないのに。

「隊長」

「何だ?」

「あなたは……あのリッツ・アルスターじゃないんですか?」

 遠慮がちに尋ねられてリッツはまっすぐにロベールを見つめた。

「どの?」

「我が国の英雄、精霊族の……」

「……さあてね」

 リッツはポケットを探って煙草を取り出しマッチで火をつけた。風が強いからこれぐらいの紫煙、風に紛れて敵に気がつかれることもないだろう。

「だとしたら、どうなんだ?」

「あなたを探していました。もうずっと長いこと」

「俺を?」

「はい。あなたに会えれば何かが変わるかも知れないと」

 リッツはロベールを見つめた。俯きつつもロベールは緊張感で張り詰めた表情をしている。

「何が変わるってんだよ」

「あなたは精霊族で、救国の英雄です。あなたに会えば何かが掴めそうな気がしたんです」

 真剣だが勝手な言葉に、リッツはため息と共に紫煙をはき出した。黙ったままのリッツにしびれを切らせたのか、ロベールが口を開く。

「グレイン自治領区のティルスを覚えていますか?」

 思わぬ言葉にリッツは動きを止めた。そこはエドワードとシャスタの出身地で、リッツも内乱まで住んでいた場所だった。今のティルスには、あの頃の名残は全くない。総て戦後に作り直された新しい街があるだけだ。

 内乱の始まりは、ティルスへの焼き討ちという奇襲攻撃だったのだ。エドワードとシャスタはその奇襲で生まれ故郷を失い、シャスタは自分の母親をも失った。

「ティルスであなたは昔、身重の女性と小さな男の子を助けませんでしたか?」

 ロベールの言葉にリッツは何も言えない。身重の女性が夫を斬り殺され、今まさに子供を殺されて連れ去られそうになっていたところを、リッツは確かに助けている。あれが奇襲攻撃へと繋がるそもそもの発端となった事件だった。

「その時助けられた男の子が、俺の父です。父があなたに助けられなかったら、俺は生まれなかった」

 リッツは煙を吹き出した。

「その時助けた命が、今度はお前になって亜人種を差別するか。皮肉だな。お前は俺が亜人種だと知ってるくせにあんな話をしたのか?」

 言いながら再びロベールを見ると、ロベールが俯いていた。

「何で探してた? 俺に恨みがあるからか?」

「違います! 父の望みを叶えるためです。父はずっとあなたの役に立ちたかった。あなたにもう一度会って、感謝の気持ちを伝えたかったんです」

「それが何で闇の一族を倒す話になる?」

「あなたを追って方々を旅した父は、あなたが傭兵になったことを知り、スイエンに移り住み、そこで俺が生まれました。父はあなたと出会うために傭兵になりましたが、あの戦場では巡り会えなかった。あなたはいつも戦場と放浪を繰り返していたから」

 ロベールが俯きながら、握った拳に力を込める。

「結局、父は傭兵の時に負った大怪我が元で、僕が子供の頃に亡くなりましたが、あなたへの感謝をずっと口にしていた。だから俺は大人になってから傭兵になり、あなたと出会うために腕を磨いてきました。だけどあなたに会えなかった」

「それで?」

「あなたの噂を集めて、戦場で沢山の人と会いました。その中にはゼウムからの亡命者も沢山いたんです。ほとんどは人間で、彼らは虐げられていた。ゼウムは闇の一族に支配され、人間は彼らに支配されている。闇の一族には決して逆らえない」

「ああ。あそこは闇の一族の国だもんな」

 あっさりというと、ロベールは歯を食いしばった。

「でも! 俺にはそれが父の昔話に聞く昔のユリスラに見えたんです。闇の一族が、ユリスラの貴族に見えてきた。だから俺は……あなたや英雄王のように戦争を終わらせられないかと考えるようになった」

「……へぇ。お前はエドワード・バルディアにでもなるつもりか?」

「そんなつもりじゃ……」

「てめえの器は、英雄王の器に比べりゃくそみてえなもんだ。小さすぎて話にならねえ」

 ロベールはキッと顔を上げた。

「戦争を終わらせたいと願うことは間違っていますか?」

 真剣な瞳だった。彼は本気でそんな夢みたいな事を願っている。ため息をつきながらリッツは寄りかかっていた岩壁から体を起こした。

「お前に教えといてやる。俺は確かに英雄王エドワードの片腕だ。共に内乱を戦い抜き、ユリスラ王国に新たな時代をもたらした一人だ」

「やっぱり……」

 呻くようにロベールが呟いた。そんなロベールに追い打ちを掛けるように言葉を続ける。

「そして俺は光と闇の一族の合いの子だ。つまり半分はお前の敵、ということになるな」

「闇の!?」

「ああ。お前がさっき、人間たちで協力して倒そうとした一族さ」

「そんな……嘘だ……」

「だから言ったろ? お前は俺を殺すのかってな」

 じりじりと後ずさったロベールが、岩壁に張り付くようにして目を見開き、リッツを凝視する。リッツは軽く肩をすくめた。

「だからお前は器がちいせえ」

 ロベールは悔しそうに唇を噛んだ。そんなロベールを無視して、リッツは腕を頭の上で組んだ。

「英雄王はそれを知りながら俺に言ったんだ。『共に生きよ』ってな。俺は英雄王に一度たりとも種族の違いを蔑まれたこともなかったし、気に掛けられたことすらなかった。英雄王は俺が人間であろうが闇の一族であろうが、光の一族であろうが、そんなことを問題にしない。俺という一人の男を信じて背中を託してくれたんだ」

 リッツは目の前で驚愕し、動きすら止めたロベールを見据えた。

「お前にそれが出来るのか?」

 リッツの強い言葉にロベールが打たれたように、ビクリと体をすくませた。

「戦争を終わらせるために必要なのは、総てをあるがままに認めて、その上で正しい判断を導き出すことが出来る澄んだ目だ。エドワード・バルディアは決して天才ではない。ただ総ての世界を自らの目によって見極め、何が人々の幸福において最上かを厳しく自らに問いかけ続けて判断を下していた信念の男だ」

 エドワードが聞いたら、なんと言うだろう。リッツはエドワードを正面切って褒め称えたことなど一度もないのだ。だがリッツに取って、英雄王として人々の前に立つエドワードはいつも眩しくて、尊敬に値する、たった一人の主君であった。普段は兄貴で、親友だが、こんな時はいつもエドワードが眩しかった。

「既に差別がある時点でお前の目は曇っている。戦争を終わらせたいなら、こんなところにいるな。真実をその目で見るために、自らを磨き上げろ。傭兵では決してこの状況を変えられない。世界を変えるためにはのし上がれ。正しい手段でな」

「正しい手段?」

「……おまえ、本当にユリスラ人か?」

「え?」

「母はタルニエン人で、お前もここで生まれたといっていたな」

「はい」

「それならタルニエン人だな」

 尋ねるとロベールは頷いた。ロベールはユリスラ名だが、この名は亡き父から授かったのだという。

「ならば軍でのし上がれ。今タルニエン軍はスイエンでの問題を教訓に腐敗を無くすべく有用な人材を集めている。のし上がり、真実がどこにあるのかを見極める芽を育て、自分の目を見開いて世界をみるしか道はねえんだ。それが出来たなら、お前の手で戦争を終わらせてみろ」

 リッツの言葉に、ロベールは目を見開いた。

「それって……軍の頂点に立てって言うことでしょうか?」

「さあな。どう解釈するかはお前の勝手だ。だがいっとくが傭兵では切り開く未来はない」

 そういうとリッツは口をつぐみ、短くなった煙草をもみ消して新しい煙草に火をつけた。目の前のロベールはただじっと黙って地面を見つめている。リッツの声はロベールの心にちゃんと伝わったのだろうか。しばらくしてロベールが口を開いた。

「戦争はどうしたら終わると、隊長は思いますか?」

「タルニエンが国境線を下げることだろうな。そもそもタルニエンは闇の一族に虐げられている人間を解放するためにゼウムに攻め入ったわけだし」

「でもそうしたら闇の一族がタルニエンに攻め込みませんか?」

「俺たち亜人種はさ、何千年もの間、特別自治区でひっそり暮らしてんだよ。俺たちを恐れて、常に攻撃的なのは、てめえら人間だろうが」

「あ……」

「俺たちも人間と同じで色々な奴がいるし、中には人間をよく思わない奴だっている。だけど俺たちは人間に決して手を出さない。理由は分かるか?」

 まっすぐにロベールを見ると、ロベールは首を振った。

「亜人種は、おそらく簡単にお前らを滅ぼすことができるからだ。想像したことはねえか? 俺たち精霊族が全員でユリスラを攻めれば、ユリスラはあっという間に陥落する。精霊族はみな強大な精霊使いだ。タルニエン軍も蒼海族には手も足も出なかった」

 リッツの言葉にロベールは黙った。

「潜在的にそれを知っているから、俺たちは自分を守るため以外に人間に手を出さない。ま、俺はその中で例外中の例外だな。俺は自分を人間だと思ってる。攻撃的すぎて手に負えない」

 ロベールを見据えると、リッツは小さく笑った。

「あとはお前が正しい道を考えろ。それでも戦争を終わらせたいのなら、お前は前を向いて立て。父親の感謝の思いは受け取った。お前はもうリッツ・アルスターを探す必要がない。お前はお前の道を探せ」

 そういうとリッツは目を閉じた。ロベールも俯いたまま動こうとしない。何も言葉を交わさないまま時間だけが過ぎゆき、二人が無事に部隊と合流したのは、夜も遅くなってからだった。

 報告を携えてシュジュンの司令部に戻ったリッツは、数週間後に夏から秋にかけて行われることになる大規模作戦を耳にしてため息をついた。どうやら約束の日にユリスラに帰れそうにない。ほんの数ヶ月遅れそうだが、アンナは許してくれるだろうか。

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