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黎明館へようこそ!<7>

 空は快晴、夏の日は眩しく、最高の農業日和だ。

 リッツは大きく伸びをした。

 昨夜は夕飯までアンナに意識不明にされ、謝罪を受け入れてもらえず、一人寂しく枕を抱えて眠りについたが、そのおかげか疲れが微塵も残らず、体中がすっきりとしていい気分だ。

 目の前に広がるトマトの畑には、グレイグ、フランツ、ジョー、アンナがいる。アンナの指導の下、トマトの取り入れをしているようだ。リッツも目の前のトマトを手に取ってみた。

 真っ赤に熟れてみずみずしくて旨そうだ。着ていた作業着のズボンでトマトを磨き、かぶりつくと、青草の香りと酸味が口の中に広がり、甘みが残った。

「う~、旨いっ!」

 やっぱりトマトは採りたてが一番旨い。味わいながら空を見上げると、不意に昔のエドワードを思い出した。こうして一緒に歩きがてらマルヴィルの畑からトマトを採って食べ、マルヴィルに叱られたっけ。懐かしい人の声がよみがえる。

『エド、リッツ! 俺の畑はお前たちの水筒じゃないぞ!』

 それからもたびたびマルヴィルの畑のトマトを盗み食いしたが、内戦が始まってからマルヴィルはエドワードを殿下と呼ぶようになり、エドワードもトマトを盗まなくなった。そしていつの間にかとなりの農家のおじさんは、リッツの副官マルヴィルへと変わっていった。

 時の流れは速い。まるで急流のように問答無用に全てを押し流してゆく。

 リッツはもう一口トマトを頬張る。採りたてのトマトはやはりエドワードの思い出に繋がる。あの時に麦わら帽子に作業シャツという、農家の次男坊と言った風貌のエドワードは満面の笑顔で言ったのだ。

「採りたてのトマトは、太陽みたいな味がするよな」

 突然記憶の中の言葉と、現実の言葉が重なった。声の主へと目を遣ると、そこにエドワードが立って、トマトを囓っていた。

「どうかしたか、リッツ?」

 麦わら帽子、作業シャツ姿のエドワードだった。目の前で六十八歳のエドワードと、二十五歳のエドワードが重なった。それと同時にあまりに酷かった昨日のパトリシアの筋書きを思い出した。

 今のエドと昔のエド。俺にはどっちもエドだ。

 俺の大事な、たった一人の無二の親友。愛する俺の友。

 過去がどうとか現在がどうなんて、計れるわけがない。

 だって……エドワード・バルディアは未来も過去もたった一人だ。

「今年もいいできだな。豊作になりそうだ」

 満足げにそう呟いたエドワードに手を伸ばして、力を込めて抱きしめる。

「……? リッツ?」

「エドだ。エドがいる」

「?」

「何だろう、エドにやっと会えた気がする」

 妙な物言いになったのは自分でも分かったが、そうとしか言えない。自分でもよく分からないのだ。

 エドワードに再会し、エドワードと一緒に四年を過ごしてきた。それだって嬉しくて仕方ない。今のエドワードももちろんとても大切な存在だ。

 でもリッツは国王になる前の、ただの友として一緒に時を過ごした、ティルスでのエドワードを、とっても大切に思っていた。国王であるエドワードよりも、セロシア家の離れで頬杖を付きながら本を捲るエドワードが、一緒に畑のトマトを盗み食いしてマルヴィルに追いかけられ、二人で笑い合うエドワードが、リッツの中では親友のエドワードなのだ。

 その頃のエドワードが今のエドワードの中にいるのが分かって、何だかとても嬉しかった。やっぱり時が過ぎても、何があっても立場がどう変わろうと、エドワードはエドワードなのだ。大切な思いは変わらずにずっとこの胸の中にある。

 一緒に長い時間を過ごせなかったけれど、エドワードをちゃんと感じることが出来たことが嬉しかった。

 言葉に出来ない思いだが、エドワードは分かってくれたようで、抱きしめ返してくれた。

「俺も、久しぶりにお前に会った気がする。お帰り、リッツ」

 言われて気がついた。

 そうか。帰ってきたのか。

 遠慮無く馬鹿みたいに笑って転がり回ってた、あの頃の俺たちに。

 帰ってこれたはずだったんだ。いつだってちゃんと大切な場所に、大切な人の所に。

 何を怯えて、何に遠慮していたんだろう。

「また浮気してる~」

 アンナが畑の中から声を掛けてきた。慌ててそちらを見ると、アンナは怒っておらず笑っている。

「アンナが構ってくれないから浮気してやる」

 満面に笑みを浮かべてエドワードを腕に抱きしめたまま舌を出すと、アンナは楽しそうに笑った。

「そんなことしたら、私もジョーと浮気しちゃうからね~だ」

 アンナも負けじと隣にジョーを抱き寄せる。ジョーの方は迷惑そうに、でも振り払うでもなく文句を言っている。

「やめてよアンナ。私は師匠に睨まれるのやだ~」

 じゃれ合う二人に、リッツは吹き出してエドワードから離れ、エドワードも楽しそうに笑った。

「リッツ、エドさん、トマト収穫しちゃいましょうよ! ケニーさんがこれで美味しいトマトソースを作ってくれるんだって!」

「それは旨そうだな。よし、任せろ!」

 アンナの方へ向かって歩き出したリッツに、エドワードが呼びかけてきた。

「リッツ」

「ん?」

「シュジュンから、無事に帰ってこいよ。もう二度と、行方知らずになんかなるんじゃないぞ」

 その声で分かる。そうか、エドワードを三十五年間そんな顔で心配させていたのだ。エドワードを怒らせていたんじゃない、不安にさせてきたんだとようやく気がついた。

 お互いにお互いが必要なくせに、そのことに気がつくのがリッツは遅すぎる。

「あったりまえ。帰ってきたらアンナと結婚できるんだ、帰ってくるに決まってる」

「それはよかった。さあ、俺もトマトを採るかな」

 言いながらエドワードがリッツの肩を叩き、振り返りもせずに先に畑に降りていった。

 リッツは再び空を見上げる。

 ああ、俺って、幸せだな。最愛の女がいて、大切な親友がいる。

 俺はいつも一人じゃなかった。

「リッツー!」

「おう、今行く!」

 空は蒼く輝き、風は夏の濃い草いきれの香りを載せて髪をもてあそぶ。

 今ここに静かで平穏な時間が流れていく。

 静かだから幸せ。そんなことを実感して、リッツは一人大きく伸びをした。 

……いかがでしたか(おそるおそる)

読み終わってみれば、ちゃんと呑気者シリーズでしたよね?

……いや、ほんと済みませんm(_ _)m

今書いている『燎原の覇者』シリーズが、四十年前のリッツとエドの話なもので、二人の距離が妙に近いです(^^;)

もし、いや万が一、いやいやどうしてもと聞かれたら、私は絶対にエド×リッツだと思ってます。リッツ×エドはないな~(こらこら)

……すみません、次回からまた普通に戻りますので心配しないでください(^^;)

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