ひさしぶり、だよ?
一生一大のその時に、俺は誘拐された。
一年間も片思いしてきたサークルのアイドル、
葵にようやく告白した、その時だった。
「道祖土さまですね」
サイドという珍しい名前など、俺しかいない。
俺にそう呼びかけたのは、屈強な体格の西洋人。
すぐ後ろに威圧感のある黒人が控えている。
民間人の俺はあっさりと両腕を封じられ、黒い車に担ぎ込まれた。
告白された葵は答えを俺に渡すことなく、震えながら見送っていた。
最悪だ。ていうか生殺しだよ。
そのまま車でどこかに行くのかと思いきや、今度はヘリに乗せられる。
初めてのヘリ、加えて緊張と困惑で吐きまくって、意識を失う。
気がつくと、知らない床に寝かされていた。
起き上がり、まだむかむかする胃を左手でさすりながら、一つしかない出入り口のドアを開ける。
そこは海だった。
プライベートビーチさながらの海と朝焼け。
今までいた部屋を振り返ると、どうやらコンテナだったらしい。
…つーか朝になってる!
叫ぶが応えるのは波の音のみ。
コンテナから出て、すぐ後ろにあった廃病院のようなところに駈けこむ。
残念ながら中には看板も何もない、文字もない。
こうなると日本かどうかも分からない。
引き戸は開いていて、俺は中に入った。
入口の窓口は無人で、埃だらけ。
人がいた形跡は、過去のもののようだ。
そのまま通り過ぎ、廊下の突き当りにあるドアノブをひねる。
そこには、女の子がいた。
すらりと伸びた足、白いうなじ。
後ろ姿からでもかなりの美人で、中学生の体躯だが、そそられるところがあった。
彼女が血の海の中に立っていなければの話だが。
細い指先は血で赤く染まり、ゆるりとしたシャツもハーフパンツも真っ赤だった。
彼女の足元には二人の死体が転がっていた。
どうやって死んだかなんて想像したくもない、一見して酷い有り様だと分かる。
できることなら、Bダッシュ並みの速さで逃げたい。
でもそれも叶いそうもない、
彼女が俺に気づいて、後ろを振り返ったのだ。
赤い瞳。
俺は叫んだ、幽霊にでもあったかのように。
こわい、なんで血の海で、赤い瞳なんだよ。
思考も支離滅裂、俺はそのまま腰を抜かす。
と、後ろに誰か立っていた。
そこにいたのは、黒い着物の老人。
着物をスーツに変えたら、セバスチャン並の執事になりそうな老人。
人の良さそうな笑みを浮かべて、彼は言う。
「お迎えが遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
これまでの部下の非礼をお許しください」
良い人だ。ふっと冷静さが戻る。
その老人は放心状態の俺に微笑みかけ、血まみれの女の子に歩み寄る。
彼は片手に持っていた重厚そうな手錠を、慣れた手つきで、女の子の細い手首にかける。
「まひる様、道祖土様がお着きですよ」
彼の言葉に、女の子はぴくりと痙攣し、
一点を見つめて動かなかった赤い瞳が宝石のように潤う。
「さい君!」
俺をとらえた瞳は、いっそう輝く。
そして血まみれのまま歓喜の声をあげて、腰を抜かしたままの俺に飛びついて来た。
怖くて逃げだしたいはずなのに、俺はなぜか嬉しくて目が潤んでいた。
「やばい、まひる、嬉しくて殺しちゃいそう!!」
「それはやめて」