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20XX年2月14日
日本全国的にバレンタインデー日和である。
「さらには雪まで降ってきている。グラウンドの茶色い土に白い粉雪がちりばめられている様子は、なさがらシュガーパウダーをたっぷり奮ったショコラのようじゃないか。」
その少女は座っているベッドから足をプラプラさせながら、グラウンドに降り積もる雪を楽しそうに眺めている。四月一日依代は生まれてはじめて見る雪に興奮していた。
ここらの地域で雪が珍しいというわけではない。一週間前は、道が白く染まるくらい積もったこともある。
ただ、それでも彼女が雪を見る機会が得られなかったというのも訳がある。
何せ、冬は彼女にとって病気になりやすい季節なのだ。先週は死にそうなくらい完全に寝込んでいた。
今日も今日とて登校したものの一日中学校の保健室で暇をつぶすくらいしか体力がなく。
「気まぐれに訪れる不良少年との逢瀬を楽しむくらいしかやることはなかった、と。それで、今年はどんなチョコレートをお見舞いしてくれるんだい?ワトソン君。」
「やらねぇし、あげたこともねぇよ。むしろ貰う側だ。それに俺はワトソン君じゃないし、そもそもお前じゃホームズにはなれねぇよ。」
「つれないねぇ。」
悪態を付きつつ、この変わった友人の真後ろに腰掛ける。
当たり前のような背中合わせ。この場所だけは誰にも譲れない。
「くひひ、全く。君はホントにツンデレだねぇ。…ところでホームズにはなれない。とはどういう意味だい?自分で言うのもなんだけれど、そこそこに共通点はあると思っているつもりなのだが。」
「ホームズって結構アグレッシブな探偵じゃねぇか。あちこち巡ってたり時には戦ってたり。お前みたいに万年出不精とは真反対だろう。」
「いやいや。確かにそこは認めるよ。だけれど私が主張したいのは、彼の考え方と私の考え方は非常に近いものがあるということなのだよ。」
「へぇ。例えば?」
「まず趣味嗜好が似ている。彼は、音楽愛好家でね。バイオリンを嗜んでいる。」
「お前は弾けるのかよ。」
「まさか。私は聴くのが専門さ!」
「・・・・・・」
「あとはそうだね。彼と一緒で化学には強いよ。化学式や公表されている薬品の化学式は大体暗記している。あと、医者を目指している友人がいる点かな。」
「こじつけじゃねぇか。というかお前、ホームズをちゃんと読んだことあるのか?」
「もちろんないさ。情報はWakipediaを見て知っただけで正直全然全く興味はない。君が言うように彼とは真反対の性質だからね。」
「何だったんだよ、さっきまでの会話は。」
「本題前の枕会話さ。」
新しい言葉を作るな。
「真面目な話。枕会話って、行為後のピロートークのようで、興奮する。」
「真面目な顔でふざけたことを言うなよ。」
とんっと。背中に軽い背中がぴったりくっついた感覚。
やや、催促されている気分になる。いや、実際されているのだろう。
こいつが本来楽しみにしているのは俺の来訪というわけではないのだから。
「今日起きた事件のことを話そう。」
「うひひ。」
彼女は謎解きを望んでいる。
ーーー
「いつもありがとね、番長。はい、義理チョコ〜。」
「義理チョコなのに手作りハートマークなのな。ホワイトチョコって普通ホワイトデーに男が贈るものに入るんじゃねぇの?」
背中から差し出される透明な袋で簡易なラッピングを施されたチョコを、俺は無造作に受け取る。
一口サイズで全体が真っ白のシンプルなホワイトチョコ。
どうやら、クラスメイト、清水ヶ岡氷麗の手作りらしい。
「そうなの?いいじゃんホワイトチョコもチョコだしさ。それに今日は降ってないけど最近雪降ってるし、ホワイトバレンタインデーって素敵じゃん。。おっと、ハートマークは当たりだよ。私、今年のテーマトランプの柄にしてるんだ。で、ハートはほんの数枚だけなの。」
にへら、といたずらっぽく笑う氷麗は、次々に義理チョコを配っていく。
毎年彼女が行う慈善事業みたいなもので、おかげで一枚も貰えない人はクラスには存在しない。
元気発剌で男女問わず人気が高いから、彼女と同じクラスに居られるのは非常に幸せなことなのかもしれない。美人だし。
「待ちたまえ」
ーーー
「なんだよ。人がせっかく今日あったことを話そうってのに。」
「君はあれか。私にただの自慢話をしに来たのかい?美人のクラスメイトからのチョコ。はん!君はさぞかし嬉しかったんだろうね。」
ぷんぷんと漫画みたいな効果音がしそうなほど、依代は怒っていた。
俺の肩甲骨あたりにぐりぐりと押し付けられる頭がその不機嫌さを表しているようだ。地味に痛い。
「いや、一応事件の内容にも関係のある場面だから、話したことなんだけどな。」
「・・・ハートのチョコはもう食べたのかい。」
「まだ鞄の中だ。」
「捨てるか私に食べさせてくれるなら許すよ。」
嫉妬なのか食い意地が張ってるのかはっきりしろよ。
「分かった。帰るまでには捨てるとするよ。清水ヶ岡に悪いから隠れてな。」
「ふむ。それならいい。ところで提案なのだが。やはり、君は私のものだということを全校生徒に通知する必要があるのではないだほうか。」
「ねぇよ。」
別に、彼氏彼女の関係ではないし、俺はまだ囚われるつもりはない。
「ちぇ。さて、事件の内容の続きを話してくれるかな。ただし、まず事件の結果から話してほしい。君は最初から最後まで時系列順に話そうとしていたけれど、謎を解くに当たってそれは時間の無駄以外の何者でもない。君だって、話した後に何度も聞き返されるのは面倒だろう?」
結果から話す。というのはネタバレを先にするようなものな気もしなくはないが、今回の事件は問題ないだろう。
まだ、事件は解決していないのだから。
「なら、そうするよ。じゃあ。どんな事件が起きたか、なんだが。」
ーーー
清水ヶ岡 氷麗は自殺した。