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ふわふわと舞い上がるあぶくを、やっぱり目が追ってしまう。
少女はルセカーに、仕事を徹底指導して行ってしまったが、聞くことを聞いてしまうと物思いの種はつきない。
つまり、ソール・デレフ家はなにものかに脅かされていて、今もそれは続いているのだ。
なんとかしなければと思う。とんでもないところに来てしまったな、とも思ったが、放りだしてゆけるほど、自分は恩知らずではないはずだ。
すくっと、ルセカーは何かを決めて立ち上がった。これ以上考え込んでも埒が明かないので、シースティアに問い質すことに決めたのだ。
と、そういえば、ルセカーは少女の名前を聞き忘れたことも気づいた。
日も暮れる頃、ようやく雑用から解放されたルセカーは、騎士団棟にあるシースティアの仕事部屋へ引き上げる途中だった。
廊下の先で、可笑しそうに笑う女性の声がするので、どこかの貴婦人が騎士を訪ねて来ているのかと思った。
夕日が差す窓辺に人影が二人分。少し赤みを帯びた亜麻色の髪が、夕日を浴びていっそう赤い。
ルセカーは立ち尽くした。
白金の髪を夕日にさらして颯爽と立つ貴公子と談笑をしているのは、何処の貴婦人でもなく、シースティアだった。
明るく笑い、優しげに微笑み、物憂げに口を閉ざす。二人の間で交わされる言葉の端々に浮かべる彼女の表情は、いつもルセカーが見るものとは違っていた。
やがて、娘はいとおしげに青年の胸に手をおいた。それを青年はにぎり返す。
ふと、貴公子がこちらを向いた。シースティアがそれにつられる。
「ルセカー」
彼女の唇が自分の名を紡いだとき、鼓動が高鳴るのを彼は感じた。
「君の従者かい?」
「はい。ルセカー、仕事は片付いた?」
シースティアは青年に頷くと、ルセカーに訊ねた。二人の仲を隠すように、二人はいつしか握りあった手を離していた。
「あ、ああ」
何だか、疎外感を感じる。
「そう、じゃあ、馬の用意をしておいて。すぐにいくから」
言葉が喉につっかえて言い付けに返事もできず、ルセカーはただ厩舎へと踵を返すしかなかった。
背中の恋人たちの行為に、腹立たしさを感じながら。
ルセカーは黙々と馬を引いた。頭のなかは苛立ったり考え込んだり、その波に合わせて歩調が変わるものだから、引かれる馬が不機嫌に嘶いた。
「ちょっと、ルセカー。もう少しましに歩けないの? 馬脚が乱れるじゃない」
馬が人間の不規則な足並みに合わせようとするものだから、止まったり動いたり、背中の上で揺すられるお尻が痛い。
「……わかった」
さしもの彼女も、今日のルセカーの頭のなかは読めなかった。
「そこ、右よ」
シースティアが声を掛けた。いつもは通り過ぎる角だ。
「なんでだ?」
ルセカーの顔は仏頂面だ。何のせいかは知らないが不機嫌だ。自分でもどうしてだか分からないというのも、彼の歳ならままあることだ。
「なんだか知らないけど、そんな顔しないの。今日はご褒美に、いい所へ連れてってあげるから」
ちょっと膨れたルセカーの顔を笑って、彼女は言った。
シースティアは機嫌がよかった。その理由を知っているルセカーが、だから不機嫌なのだと、シースティアは気づかなかった。実をいえばルセカー自身も。
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