四章 フローリア
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王都サークの城門をくぐった騎士と歩兵の列が、整然と街道を西へと出発した。
目的地は、十九年前にサーキス王国が併呑した旧フローリア公国領である。
サーキス王国の王都サークから、旧フローリア公国領での演習に進発した一個軍は、現地に駐屯する騎士団を加えて八〇〇〇名に達する予定であった。
現在は合流前の六〇〇〇名が行軍している。正騎士、従騎士、従者を含めた歩兵、輜重などの荷駄が整然と列を成して街道を進むのは威容であった。街道を行く人々や、通過する村や町の人々が、珍しげに手を振ったり見物したりした。
実戦ではなく、演習であることが噂で広まっている様子で、人々が不安に陥ることはなかった。
また、実戦でないことは行軍する側の精神も少し気楽にさせた。人々に手を振り返し、笑顔で表情をほころばせ、上官も隊列さえ乱さなければあまりそれをとがめだてなかった。
そんな気の緩みがちな列のなか、馬上で気のない表情をシースティアはしていた。
『先日の質問を繰り返すのだけど……』
昨晩、帰宅した彼女は父の私室に赴くなり、ジョゼフに心に決めたように訊ねたのだ。
『ワーズ・ワスマイルとは何者なの?』
『言ったはずだ、仕事の協力者だと』
『そう……では、こないだはルセカーになんの使いをさせたの?』
『ただのお使いだよ』
『うそ』
『嘘ではない』
シースの脳裏には、ある疑惑が渦巻いていた。
リシャール王子の部下が殺された。ちょうどルセカーが『ルセカーの剣』を持って、父ジョゼフの使いに出かけた頃だ。ルセカーは重傷を負い、生死を彷徨った。だが、一方で彼の剣も人を斬っているという。
なぜ、少年はなにも言わないのか。きっとジョゼフの言い付けを守っているのだろう。それはわかる。
そして、あの怪しげなワーズ・ワスマイルという男の口から出る、ルセカーの名。それにギゼとはなに?
ジョゼフは優しい父親であるが、伯爵としての立場もあり、政治的な駆け引きから無縁ではいられない。それがまさか、自分と愛し合う人の障害となる事であったとしたら?
嘘ではない、そいう父親の顔は、聞き分けのないことを言う子供を叱る目をしていて、従順であることを強要する。その裏に、いつも自分への優しさがあったことをシースは知っているし、今も変わりないと信じたい。
「わかった……明日から、演習でしばらく帰れないから」
「ああ、気をつけて行きなさい」
そういう父に背を向ける。ジョゼフがどんな表情なのか
「……シースティア」
呼び止めたジョゼフの気持ちはわからない。ただ、どこかで苛々が抑えられなくて、呼びかけに応じはしたけれど、立ち止まっても振り返りはしなかった。
父から言葉が続かないのを見計らって、シースは後ろ手に扉を閉じた。